第6話【問題用務員と女性客】
今度は問題児男子組が共同バザーを回る番であった。
「すいません、そこの洋服を見てもいいですか?」
「いいっすよ。アイゼ、お客さんだ。丁重にもてなしてやってくれ」
「分かったワ♪」
「あの、ここの魔導書は見ても大丈夫ですか? 一応、資格は持ってるんですけど」
「準1級以上の資格保有者なら好きに読んでもいいぞ。上級魔導書ばかりだから気をつけろよ」
意外や意外、ユフィーリアたち問題児のテントは盛況だった。
問題児の男子組が買い物に出かけてしまった瞬間にこれである。まさかとは思うが、共同バザーの買い物客は揃いも揃って問題児の男子組を警戒していたとしか考えられない状況だった。
とはいえ、厄介な客は寄ってきていないので問題はないだろう。いざとなればユフィーリアが魔法でドーンと対処すればいいだけの話だ。
上級魔導書の1冊が見事に売れ、ユフィーリアは売上金を財布にしまう。減給されて痛手を負った財布が潤ってきた。
「来月発売の新刊が買えるぜ」
「問題行動をしなければお金に困らずに済んだのヨ♪」
「聞こえなーい」
アイゼルネからの正論を受け、ユフィーリアは両耳を塞ぐ。正論なんて今更聞きたくないのだ。
「それより、洋服の売れ行きはどうよ」
「上々ヨ♪」
アイゼルネは弾んだ声で返す。持ってきた衣服を木箱から取り出して、次々とハンガーにかけて陳列していた。
購入していくのは大半が女性客である。お洒落が分からずアイゼルネがコーディネートをしたり、服装に関する助言を求めたりなど様々だ。大事に着てくれそうなお客様の手に渡って、アイゼルネも嬉しそうである。
すると、
「すみませぇん」
何やら鼻につくような甘ったるい声が耳朶に触れ、ユフィーリアは嫌な予感を察知した。
「はい、どうも。いらっしゃいませ」
「いらっしゃイ♪」
ユフィーリアとアイゼルネが愛想笑いで応じた次なるお客様は、全体的に丸っこくてフリルやレースなどがふんだんにあしらわれたメルヘンチックなドレスに身を包んでいた。実に可愛らしい格好である。まるで童話から出てきたお姫様のようだ。
ただし、顔面はゴリラだった。ゴリラの獣人がご来店でもされたのかと思うぐらいに彫りの深いゴリラだった。ゴリラが金髪縦ロールのカツラを被っているのではないかと見紛うぐらいに立派なゴリラであった。おそらく人間のメスだろうが。
固まるユフィーリアとアイゼルネをよそに、メスゴリラは妙に毛深くて太い指先でテントの奥にある洋服の群れを示した。
「あれぇ、見てもいいですかぁ?」
「おっと……」
「あらマ♪」
ユフィーリアとアイゼルネは2人揃って口元を押さえると、
「ちょっと待ってろ、準備するから」
「少々お待ちくださいまセ♪」
ユフィーリアとアイゼルネは慌ててテントの奥に引っ込んだ。そして頭を抱えた。
「正気か?」
「改造でもするのかしラ♪」
「どうだろうな……」
テントの奥に引っ込んだユフィーリアとアイゼルネは、声を潜めて言葉を交わす。
あのゴリラがどのような意図で「洋服を見せてほしい」と申し出たのか分からないが、どこからどう見てもあの体型でアイゼルネが持ってきた古着は無理だろう。色々な箇所が弾け飛ぶどころか、もはや着ることすらままならない。
彼女の体型と用意されている服の形が合わないのだ。もう火を見るよりも明らかである。どうしても着たいと申し出るのならば、生地をバラバラにして彼女の体型に合わせて仕立て直すしかない。多分、お金も時間もかかるだろうが。
互いの顔を見合わせたユフィーリアとアイゼルネは、
「とりあえず、あのお嬢さんに目的を聞こう。もしかしたら改造を加えるだけかもしれないし」
「そうネ♪ もしかしたらストールとかマフラーをお求めかもしれないワ♪」
「その考えもあったか」
洋服目的ではなくストールやマフラーなどの装飾品が目当てであることを祈りながら、ユフィーリアとアイゼルネは再びメスゴリラの元まで戻ってきた。
「あの、一応だけど確認な。何の為に買うのか聞いていいか?」
「決まってるじゃない、着る為よぉ?」
メスゴリラはフリフリのスカートを揺らし、身体をくねくねだるだると揺らしながら正気を疑いたくなるようなことを答える。
「あー、えっと、改造するとか? それとも自分で仕立て直す?」
「そのままに決まってるじゃない。何を馬鹿なことを言ってるのぉ?」
メスゴリラは不機嫌な調子でユフィーリアの質問に答えていった。
どうやらこのメスゴリラ、自分のことをアイゼルネに匹敵するスタイル抜群の美女だとでも思い込んでいる様子である。自分自身を客観視できていないようだった。もしかして、痩せたら着るという目標に使いたいのかと思ったが、この自信たっぷりの回答から判断して「自分はあのドレスや衣服を着ることが出来る」と思っているようだ。
さすがに体型のことを話題に出して購入を拒むのは憚られた。ここは平和に行きたいところである。穏便に物事を進めた方が余計な争いを招かなくて済むのだ。
「『これを着る為に痩せるんだ』っていう目標に使うんだったらまだしも、今の状態で着るんだったら服が可哀想だ。よって売らんし見せない、以上。お帰りはあちらだ、どーぞ」
「お痩せになってから出直してちょうだイ♪」
――しかし、問題児には関係なかった。相手が傷つこうが怒ろうが知ったことではないとばかりに、まあズケズケと物申した訳であった。
「何よぉ、ブスのくせにぃ!? 客に商品も見せないって訳ぇ!?」
「お、メスゴリラが威嚇してらァ。悪いな、動物園までの座標は分からないから獣王国でいいか?」
「何する気ぃ!?」
「転移魔法でお帰り願おうかとな」
ユフィーリアは「あはははは」と笑い飛ばしながら言う。
いつだかのゴリラの呪いがかけられた謙虚で美しいお姫様ゴリラならまだ色々と提案してやったが、天上天下唯我独尊で我こそが世界で1番のお姫様と思い込んでいる脳内ピンクゴリラは早々に現実を見せた方がいいと判断したまでである。
ユフィーリアだって質問をした時に、相手が謙虚に受け答えをしてくれたらまだ売る気でいた。「あの服を着ることが出来るように痩せたいんです」なんて言われれば生活習慣から食事・運動まで相談に乗る気でいたし、「仕立て直してほしいです」と言われれば時間はかかるがそうしてやるつもりでいた。『あれらの服は私も着れて当然』と思っているのが問題児の喧嘩スイッチを押してしまったのだ。
メスゴリラは奇声を発すると、
「表に出なさいよぉ、ふざけやがって!!」
などと申されたので、ユフィーリアは表に出ることにした。
「よっしゃあ!! 冥府の法廷に立つか終焉か選べやメスゴリラァ!!」
嬉々として商品を陳列した机を乗り越えたユフィーリアは、礼装『面隠しの薄布』を使用して全身を真っ黒なコートに覆い隠す。
その姿は世界を終焉に導く顔のない死神――第七席【世界終焉】である。その手には身の丈をゆうに超す巨大な銀製の鋏が握られており、メスゴリラの太い首でさえあっという間に切断しそうな凶悪極まる空気が漂っていた。
さしものメスゴリラも喧嘩を売ったらまずい相手に喧嘩を売ったと判断したようで、顔を青褪めさせていた。
「お前がアタシに出来ることは3つだ」
鋏をメスゴリラに突きつけ、ユフィーリアは言う。
「1つ目はダイエットの相談、2つ目は洋服の仕立て直しや改造の相談、最後の3つ目はそのまま喧嘩を売って冥府の法廷に立つかだ」
丁寧に丁寧かな指折り選択肢を提示したユフィーリアは、
「さあどれか選べやゴラァ!!」
「ダイエットの相談でお願いします!!」
「よぉし分かった!! こっち来い、丁重にもてなしてやろう。アイゼ、老廃物を出す紅茶を入れてやってくれ」
「ご案内♪」
脅迫されてダイエットを決意させられたメスゴリラは、丁寧に案内された先で意外にもユフィーリアの助言をしっかりと聞いてから、古着のワンピースを1着だけ買って帰っていった。
2ヶ月後、嬉しそうな様子で「痩せました!!」とアイゼルネの古着を身につけた綺麗な女の子の写真が送られてくるのを、問題児はまだ知らない。
《登場人物》
【ユフィーリア】体力育成、肉体改造、ダイエットの相談など何でもござれ。
【アイゼルネ】体型維持と化粧品の鬼。自分に合うお化粧を熟知している。