第5話【異世界少年とカスハラ】
「アタシとアイゼ、ちょっと他の商品を見て回ってくるから留守番頼むわ。あと軽食も適当に買ってくる」
「飲み物も買ってくるわネ♪」
そんな言葉を残して、問題児の女性陣は買い物に出かけてしまった。
出かける際、問題児の女性陣は口を揃えて「商品を勝手に売るな」と忠告した。理由は単純で、ユフィーリアが出品している魔導書は有資格者でなければ購入できない代物なので取扱責任者がいないと販売できない。アイゼルネの洋服はどこぞの変態の手に渡ると大変な目に遭うから、せめて売る人は選定したいとのことだった。色々と苦労している。
まあそんな訳で、販売できるものはエドワードが持ち込んだ装飾品の類とハルアの持ち込んだ運動靴たちである。どちらもちらほらと興味を持ってくれるお客様がいたので対応し、ご縁があって購入されたお客様は笑顔でお見送りした。
だが、やはりたまにこんなお客様もいるもので。
「すみません、この魔導書って見てもいいですか?」
「ああ、すみません。取扱責任者が不在なので今はお触り厳禁なんです。またあとでお越しいただけますか?」
「そうなんですね。分かりました、あとで来ます」
真面目な見た目をした青年に魔導書の閲覧を求められ、ショウがそれをやんわりとお断りするとあっさり引き下がった。魔導書の危険性を十分に理解している。もしかしたら魔導書解読学関係の有資格者なのかもしれない。
このように、たまに魔導書の閲覧を求められるお客様がお越しになることがあるのだ。その時は申し訳ないが「責任者がいないからお触り厳禁」と言うと、あっさりと引き下がってくれる。魔導書が触れたら呪詛を振り撒くものもあると、きちんと学んでいるのだ。
立ち去っていく青年の背中に申し訳なさそうに頭を下げるショウは、
「俺にも資格があればなぁ……」
「魔導書解読学関係は魔法を使えることが絶対だもんねぇ。元気出しなぁ、ユーリが戻ってくればちゃんと売ってくれるよぉ」
しょんぼりと肩を落とすショウの背中を、エドワードが慰めるようにポンポンと撫でる。
魔導書解読学の分野は魔法の使用が必須となってくるので、少なくとも上級魔導書を売り渡す時はちゃんとした魔法使いや魔女がいなければ売れないのだ。もし売り渡してしまった場合は犯罪になりかねない訳である。
せめてショウにも魔法が使えればよかったのだが、残念ながら異世界出身のショウは魔法を使うことが出来ない。出来ることと言えば空を自由に飛ぶことと炎腕で相手を拘束・拷問するぐらいで、魔法とは呼び難い。
魔導書が詰まった木箱を覗き込むハルアは、
「どうする!? 引っ込めとく!?」
「売れる人がいるかもしれないって勘違いする人がいるからねぇ。ユーリが戻ってきたら店頭に戻した方がいいねぇ」
ハルアの提案にエドワードが同意を示す。
売れる人がいない魔導書の類をいつまでも店頭に出しておく訳にはいかない。勘違いするお客様がこれ以上増えない為にも、魔導書の木箱はテントの奥にしまっておく必要がある。
せめてユフィーリアが戻ってきてから売ろうと、エドワードが木箱をヒョイと抱え上げる。その直後で「すみませーん」と、どこか軽薄さが滲む声がショウたち3人の耳朶に触れた。
声の方に視線をやると、
「それって魔導書ですよねぇ」
「ちょっと見せてくれませんかぁ?」
若い男性の2人組がいた。
見た目は20代前半ぐらいだろうか。黒い髪を短く整え、冬用のコートと厚手のマフラーというお洒落な装いである。人通りの多い場所に突っ立っていれば異世界からの声かけは絶えない、そんな妙に男として腹の立つイケメン様のご来店である。
エドワードが何かを言うより先に、ショウが「すみません」と口を開く。
「取扱責任者がいないのでお見せすることが出来ないんです。申し訳ありませんが、後ほどいらしてください」
そう当たり前のことを告げたはずなのだが、
「何でですかぁ?」
「え、だから取扱責任者が不在で」
「何で見せることも出来ないんですかぁ?」
「いやだから責任者が不在でして」
「何でぇ?」
「あの」
何を言っても「何でぇ?」「どうしてぇ?」と間延びしたような口調で言う2人組に、ショウは困惑した。
おそらくこの2人組は、ショウたち3人のうち誰かが取扱責任者であると勘違いしているのだ。だから「貴方たちも取扱責任者なのに、どうして売ることも見ることも出来ないのか」と訴えているのだろう。
残念ながらショウたちは魔導書を取り扱う責任者ではない。魔導書解読学の有資格者でもないので、責任を取ることが出来かねないのだ。
そう自分の中で納得して、ショウは改めて「申し訳ございません」と謝罪する。
「我々の中に取扱責任者がいないんです。魔導書の取扱責任者は別にいますので、戻ってくるまでお待ちいただく形になります」
丁寧に、それはもう問題児ではあまり見られないぐらい懇切丁寧に説明をしたのだが、なおも2人組は言う。
「何でですかぁ?」
「どうしてですかぁ?」
「…………」
ショウは改めて2人組の顔を見やった。
彼らは笑っていた。笑顔を崩さなかった。
なるほど、店員であるショウたちを揶揄っていたのだ。これは店員を困らせることを目的とした、いわゆるカスタマーハラスメントに該当するだろう。異世界でもこんな底維持の悪い連中に遭遇するとは思わなかった。
固まるショウを押し除け、今度はエドワードとハルアが出てくる。厄介客の気配を察知したようだ。
「別に今は売れないってだけでぇ、あとで来ればいいだけの話じゃんねぇ」
「どうして売ってほしいの!? 見せられないし売れないよって言ったよ!!」
これ以上は暴力も辞さないとばかりの強気な姿勢で挑む問題児の先輩たちだったが、
「え、うざ」
「店員がお客様に暴力を振る気ですか?」
生意気なことに、客の立場を利用して店員を脅しかけてきた。
相手はただ『なぜなぜ攻撃』をしただけであって、暴力を振るった訳ではない。言葉に屈して問題児が暴力を振るえば、犯罪者はこちらである。
エドワードもハルアもそれを理解しているのか、へらへらと笑う男たちをただ睨むことしか出来なかった。緊張した空気がテントの立ち並ぶ通り道に漂い始める。
すると、
――ぴりりりりり、ぴりりりりり!!
エドワードの尻から甲高い音が鳴り響く。通信魔法専用端末『魔フォーン』が通信魔法を受信した証拠だ。
「エドさん、俺が出ますよ」
「あ、ごめんねぇ」
エドワードの尻ポケットに入れた魔フォーンの端末を引っ張り出したショウは、端末の表面に触れて通信魔法に応じる。
「エドさんの魔フォーンです」
『あれ、ショウ坊? エドは今、手が離せないのか?』
「ユフィーリア!!」
ショウは心の底から安堵した。あのふざけたお客様を退治できるのは、もう問題児筆頭しかいないからだ。
「助けてくれ、ユフィーリア。実は魔導書を売れないし見せられないと言ったのに、どうして見せられないんだって主張するお客様が」
『ああ、じゃあ殺せ。綺麗に殺せよ、死者蘇生魔法が適用できなくなるから』
とんでもねーことを言い出した、この魔女。
『取扱責任者がいないから売れないし見せられないって言ってもなお食い下がってくる奴は、魔導書の瘴気に当てられやすい奴だろうな。そういう奴は大体正気を失ってるから、殺して死者蘇生魔法を適用させるかボコボコにするかっていう法律が最近施行されたばかりでな。うちにはハルがいるし、ハルなら綺麗に殺してくれるさ』
どうやらちゃんとした理由があり、法律に基づいた言動だったようである。
ショウがパッと顔を上げると、どうやら通信魔法の内容を聞いていたらしい2人組が途端に顔を青褪めさせる。有利な立場から一転して不利な立場に立たされ、さらに命の危機まで迫っているという状況に陥ってしまったのだ。当然の反応と言えよう。
一方で問題児の表情も変わった。先程まで無意味ななぜなぜ攻撃を受けて苛立っていたエドワードとハルアは、法律に基づく大義名分を受けたことで獲物を狙い定めるような目つきを彼らに投げかけていた。「どうやって殺してくれよう」と考えている表情だ。
「ありがとう、ユフィーリア。5分後、通信魔法をかけ直すようにエドさんに伝えておく」
『? おう、分かった。待ってるよ』
魔フォーンの向こうにいるユフィーリアは、特に疑問を持つことなく通信魔法を終了させた。
さて、問題は彼らの処理である。
顔を青褪めさせ、ジリジリと距離を取っていくカスハラ2人組に問題児の先輩たちがゆっくりと迫っていく。今にも飛びかかりそうな雰囲気だった。
「お、おい、嘘だよな。冗談だよな?」
「おい、本気で暴力を振るうってのか? け、警察に通報するぞ?」
顔を引き攣らせてなおも第三勢力に通報を目論む阿呆どもに、問題児は事もなげに告げた。
「この魔法が主流となった世界でユフィーリア以上に正しい魔女はいないですが」
「我らが上司が常に正しいんだよぉ」
「大丈夫だよ!! 上司のお墨付きで綺麗に殺してあげられるからね!!」
それから問題児は店番そっちのけでカスハラ野郎どもに飛びかかったのだった。
それから数分後。
ユフィーリアたち問題児の女性陣がテントに帰還を果たした際に目撃したものは、袋叩きにされた上に『性悪』と書かれた紙が額に張られたカスハラ野郎どもの姿だった。
《登場人物》
【ショウ】問題児のおかげで精神が鍛えられ、並大抵のカスハラにはめげなくなった。
【エドワード】このお客さん、この顔面に恐れないとは感情あるなぁ。
【ハルア】魔法を使えたとしても彼らを殺すのは10秒も要らん。
【ユフィーリア】肉巻きおにぎりの屋台を発見したからエドワードに買っていくかどうか聞こうと思ったら、何やらテントが楽しそうになっている予感。
【アイゼルネ】あの人たち、何してるのかしら。




