第4話【問題用務員とイチャモン】
さて、盗人の子供たちを説教である。
「両手を出しなさい。鞭で打つ訳だが」
「ひいッ」
「親父さん、子供らが泣いてるんで説教だけで勘弁してもらえないっすかね」
アイゼルネの衣装が詰まっていた木箱を椅子の代わりにし、その長いおみ足を組んで正座させた子供たちを静かに威圧するキクガに、さすがにユフィーリアは待ったをかけた。かけざるを得なかった。
子供たちはすっかり怯えてしまっていた。ユフィーリアたちのテントから魔導書を盗んだことを後悔もしていることだろう。それほどにキクガの今回の説教は威圧感が凄まじかった。
正座をする子供たちは涙で瞳を潤ませて、ガタガタと小刻みに震えている。「手を出せ」と言われて素直に従い、その小さな手のひらをキクガに向けて差し出していた。このまろい手のひらに今から鞭を打たれることとなると考えただけで痛みを感じる。
キクガはキョトンとした表情で、
「子供だから罪の重さをしっかり自覚させ、今後は発生させないようにしないといけない訳だが。その為にはまず恐怖心を植え込むのが最適だ」
「いやだからって、鞭打ちまではさすがに」
「革製の鞭で1回な訳だが。なに、痛みはすぐに治まるとも」
「それ大人がやったらどうなったんすか」
「革製の鞭に棘がついてくる訳だが」
またしてもキョトンとした表情で言ってのけるキクガ。冥王第一補佐官様は今日も絶好調のようである。
「まあただ、ここまで反省しているのであれば再犯はしないと見てもいい訳だが」
妙に長いおみ足を組むのを止め、キクガはスッと音もなく立ち上がる。それから正座をする子供たちと目線を合わせる為に膝を折ると、
「さて、そこの銀髪のお姉さんに何か言うことはないかね?」
「…………えと、あの」
「言い訳をしようものなら鞭打ちだけでは済まなくなる訳だが」
スッとキクガの真っ赤な瞳に、冷たい光が宿されていく。底冷えのするような、絶対零度の眼差しが子供たちを容赦なく射抜いた。
「死んで冥府にやってきた罪人と同じような、痛くて辛い拷問を幼いうちから体験するかね?」
その脅しに突き動かされ、子供たちはくるりと正座をしたままユフィーリアへと身体を反転させる。それから両手を地面につき、額を地面に擦り付けて、必死の形相で「ごめんなさい!!」と口を揃えて謝った。
キクガの脅し文句に屈した形である。ここまで心的外傷を植え付けられれば、今後、盗みを働く時にはキクガの姿や言動が頭に思い浮かぶことだろう。
ユフィーリアは子供たちのボサボサになった頭をそれぞれ撫でてやり、
「ちゃんと反省してるなら、アタシからは何も言うことはねえ。もうするなよ」
「ッ、はいぃ……!!」
「もうしませんん……!!」
子供たちは涙声でそう言うと、ユフィーリアに送り出されてそそくさとテントの立ち並ぶ通り道に消えていった。
あとでリリアンティアに保護を依頼しておいた方がいいだろう。近年では数がめっきり減ってきたものだが、まだエリオット教管轄ではない孤児院にいるのかもしれない。盗みを働かなければ明日のご飯さえも食べられないような生活を送っているのだろう。
人混みの中に姿を消していく子供たちを絶死の魔眼で個人情報を抜き取り、名前などを記憶していく。今日中に対処をしなければ、また盗みをやりかねないだろう。
「父さん、わざわざ来てくれてありがとう」
「ショウ、ちゃんと店番をしていて偉い訳だが」
「うにゃにゃごろごろごろごろ」
一方で、父親を呼び出したショウは大きな手のひらで頭を撫でられてご満悦の表情を浮かべていた。猫のようにキクガの手のひらに甘えている。
子供たちには容赦のない応対を見せていたキクガも、実の息子とその先輩には甘々だった。表情も穏やかで口元には笑みすら浮かべている。よその子供には割と厳しいが、実の息子とその周辺の人間にはしこたま優しいので頭の中がおかしくなりそうだ。
ユフィーリアは困惑気味に、
「わざわざご足労いただいてすんません、親父さん。その格好ということは仕事か?」
「仕事もある訳だが、実は共同バザーに用事がある」
キクガは息子の頭を撫でる作業を中断すると、1枚のメモ用紙を懐から引っ張り出す。
「同僚からお使いを頼まれてしまった訳だが。『仕事で手が離せんからお前が代わりに行ってこい』とお使いに出されてしまった」
「親父さんも仕事があるんじゃねえのか」
「まあ仕事はあるが」
キクガはユフィーリアの言葉に遠い目をすると、
「冥王様がまた疲れただの何だのと駄々を捏ね始めたから、放置してきた訳だが。自分で回せ、現場を」
「ああ…………」
ユフィーリアも遠い目をせざるを得なかった。
キクガはどうやら、上司である冥王に嫌気がさして家出中ということらしかった。そしてついでに同僚とやらからお使いを頼まれたから、それに乗じて現世にやってきたようだった。
冥王第一補佐官様も苦労が絶えない様子である。何だか可哀想になってきた。冥王が駄々を捏ねるたびに彼は愛想を尽かして家出というか、職場を出奔している気がする。
キクガはユフィーリアにメモ用紙を見せると、
「この魔導書がほしいらしいのだが」
「あ、1冊はアタシがこっちに持ってきてるわ。持っていってくれよ」
「何と。では代金を支払わなければ」
キクガが懐から革製の財布を出した、その時だった。
「すんませーん」
パッと顔を上げると、何やら柄の悪そうな男たちがユフィーリアたちのテント内を覗き込んでいた。エドワードよりも人相の悪い男たちである。明らかに「僕たち悪いことで生きてます」と言わんばかりの態度と形相であった。
「さっき、うちのガキどもが世話になったと思うんすけど。なにうちの子供を怖がらせてんすか」
「慰謝料モノじゃないんすか?」
「どういう教育を受けりゃ子供に暴力を振るえるようになるんすかねぇ、おたく。ええ?」
明らかにチンピラみたいな態度でそんなことを言ってきた。
なるほど、先程の説教で散々怖がらせられた子供たちのリーダーか、もしくは騒ぎを見ていた破落戸どもが無謀にもイチャモンをつけてきたという訳か。全く、破落戸どもは今日も大忙しの様子である。
相手は大人なので口先よりも暴力がいいだろう。ユフィーリアがスッと音もなく拳を握ると、キクガが「問題ない訳だが」と小声で言う。
そしてキクガがやった行動は、
「先程の子供に対する説教をしたのは私だ。文句があるなら聞く訳だが」
「ああ? テメェがうちのゴッ」
チンピラどもがユフィーリアたちのテントからキクガに狙いが逸れた瞬間、キクガはチンピラ2人の喉を締め上げた。流れるような喉輪だった。
容赦のない力で喉を掴まれて締め上げられるチンピラは、顔を真っ赤にしてジタバタと暴れている。残り1人のチンピラもいたのだが、キクガの慣れ切った暴力を前に腰を抜かしていた。「喧嘩を売っちゃいけねえ相手に喧嘩を売った」と慄いていた。
キクガはそんなチンピラたちに向けて、穏やかな声で自己紹介。
「初めまして、冥王第一補佐官のアズマ・キクガな訳だが」
「め、おッ」
「うぞッ、だろ……」
「本当だとも。君たちの過去など参照し放題、罪も暴き放題な訳だが」
キクガはほわほわと笑いながらチンピラどもの首を締め続け、
「ところで先程の子供たちと何か関係が? 彼らの教育をすべき大人だったら、子供のやったことは親が責任を取らなければならない訳だが」
「かはッ」
「ご、ぼッ」
「ちょうどいい。大人ならば子供よりも罪悪感はない訳だが。たっぷりとお説教が出来る」
締め上げていたチンピラどもの喉を解放すると、キクガは純白の鎖――冥府天縛でチンピラどもの全身をまとめて縛り上げると荷物の如く引き摺り出す。
「ではショウ、また様子を見に来る訳だが」
「ああ。父さんも頑張って」
チンピラをずるずると引き摺って人混みの中に姿を消していく父の背中を、ショウが笑顔で手を振って見送った。
一連の流れを見ていた隣のテントの若夫婦は、どこか泣きそうな表情でユフィーリアたちを見ていた。
何も知らない彼らからすれば、一方的に暴力を振るった暴力神父と笑顔で会話をしているユフィーリアたちが異常者に見えたことだろう。何も知らないとは恐ろしいものだ。
「あ、えーと、一応ね七魔法王ってのをやらせてもらってて……はい、同僚でして……」
「え、サインとかいただけます……?」
「え、あの、第七席でよければなんですけども」
何か知らんが、隣の若夫婦の着ていたシャツにサインをする羽目になり、ユフィーリアはますます困惑するのだった。何だこれ。
《登場人物》
【ユフィーリア】キクガのお求めの魔導書はあとでまとめて探してこよう。
【エドワード】チンピラって懲りないねぇ、キクガが怖くないのか。
【ハルア】ショウちゃんパパ怖い怖い。
【アイゼルネ】これでお客さんの足が途絶えなければいいけれド♪
【ショウ】嫌な予感がしたので父親を召喚。軽率に召喚するが、ちゃんと仕事であることは考慮する。
【キクガ】たびたび冥府を出奔する冥王第一補佐官。このあと冥王に泣き付かれるが「ははッ」と棒読みで笑うだけに留める。