第1話【問題用務員と共同バザー】
その日、用務員室に赤い悪魔が現れた。
「奴隷を買うのに付き合ってほしいんですの」
「ぶん殴ってもよろしくて?」
「高貴な破落戸ですの?」
真っ赤な悪魔こと魔導書図書館司書のルージュ・ロックハートのトンデモ発言に、さしもの問題児も引かざるを得なかった。
問題児筆頭と名高い主任用務員、ユフィーリア・エイクトベルは訝しげな表情で雪の結晶が刻まれた煙管を咥える。いきなり禁止されている品である『奴隷』の名称が出たところで嫌な予感しかしなかった。
現在の法律では奴隷の所持や販売は禁止されているが、アーリフ連合国などの一部地域に於いては販売が禁止されていない。当然ながらヴァラール魔法学院は販売も所持も禁止だ。
またこの悪魔は校則違反と法律違反の両方を犯そうとしているのかと怪しむが、ルージュには至って健全な理由があったらしい。
「実は今度の共同バザーで出品される奴隷の中に、レティシア王国で連続殺人を犯した罪人が混ざり込んでいることが判明しましたの。こちらとしましては何としても捕まえて牢屋にぶち込みたいところですの、ですので落札して奴隷解放と共に裁判所へ直行ですの」
「あー、そういうのか……」
ルージュの事情を聞き、ユフィーリアは納得したように頷いた。
奴隷の仕入れは基本的に2つの方法がある。奴隷商人に人間を売り渡すか、奴隷商人が捕まえるかだ。奴隷商人に人間を売り渡した場合は赤子や女児が多いらしいが、奴隷商人自ら捕まえるのが近年問題になっているらしい。
おそらく今回のパターンはレティシア王国で罪を犯した罪人が、警察組織に捕まることを恐れて国外逃亡したと思ったら奴隷商人に捕まったのだろう。肉体労働を主体とする奴隷は、奴隷商人が自ら捕まえて確保する方法が多い。
ユフィーリアは事務椅子の背もたれに背中を預け、
「難儀なものだな、犯人が逃げたと思ったら奴隷に身を落としてるって」
「ごく稀にあるんですの。珍しくも何ともないんですの」
ルージュは呆れたようにため息を吐いて、
「普通の犯罪者ならわたくしも1人でどうにか出来たんですの。でも相手は連続殺人鬼で屈強な殿方ですの、暴れられたら拘束するのも難しいんですの」
「なるほどな。まともに戦えるアタシが最適ってところか」
「そうなんですの」
ようやく話も読めてきたし納得もしたのでユフィーリアは了承の返答をしようと思ったのだが、その前にルージュが「本当はですの」と口を開く。
「屈強な殿方ですのでエスコートをエドワードさんにお願いしようと思ったんですの。でも未成年組のお2人が『エドさんにお願いするならルージュ先生を精神崩壊させた上で』と威嚇するものですから、仕方なくユフィーリアさんにお願いすることになったんですの」
「お前、うちの相棒を侍らせるのをまだ諦めてなかったのか」
ユフィーリアはルージュを睨みつけた。
この筋肉変態魔女は、問題児の中でも屈指の筋肉量を誇るエドワードを未だ狙っている様子である。ただエドワードの方も頭の螺子が吹き飛んでいる未成年組の2人に守護されているようで、ルージュも容易に近づけない様子だった。
未成年組の、エドワードに対する懐き具合は凄まじい。常日頃からエドワードのことを『お兄ちゃん』と扱って憚らないのだ。エドワード本人もかつては弟と妹がいた根っからのお兄ちゃん気質なので、未成年組の2人から懐かれているのは満更でもないようだ。
ルージュはツンとそっぽを向くと、
「別にいいじゃありませんの。今回は妥当なお願いですの」
「それ以上接近すると、未成年組の玩具かアイゼの実験台にするからな」
「何でですの!!」
ユフィーリアの判断にルージュが金切り声を上げると、居住区画の扉が不意に開いた。
「ルージュ先生、お待ちしてるワ♪」
ひょこりと居住区画の扉から顔を覗かせた南瓜頭の美女――アイゼルネが、何やら瓶を掲げながら言う。その瓶はオイルマッサージ用の香油の瓶だった。料理をする気満々の様子だった。
「問題児の結束は固いんですの……」
「いや、単にアイゼの場合は実験台の追加がほしいんだろ」
「何でですの、あのマッサージジャンキー!?」
ルージュは「とにかく!!」と叫び、
「共同バザーのお付き合い、よろしく頼むんですの!!」
「はいはい、分かった分かった」
ユフィーリアがひらひらと手を振りながら応じると、ルージュは慌てた足取りで用務員室から飛び出した。そんなにマッサージの実験台が嫌だったのだろうか。
「つーか、もうそんな時期か」
「共同バザーよネ♪」
「また今年も掘り出し物が見つかるかな」
共同バザーといえば、レティシア王国とヴァラール魔法学院の共同で開催されるバザーのことである。魔導書から魔石などの魔法に必要な物品はもとより、生活用品や洋服、嗜好品の類まで幅広く出品されるのだ。
奴隷の話が出たということは、今年はアーリフ連合国も1枚噛んでいるのだろう。人身売買オークションが開催されるという訳だ。
アイゼルネは「ちょうどいいワ♪」と言い、
「おねーさん、着れなくなったお洋服を出品したいのヨ♪」
「奇遇だな。アタシも読まなくなった魔導書を出品しようかと思ってな」
アイゼルネの衣装部屋も洋服の量が増えてきたし、ユフィーリアの書斎も魔導書が溜まりに溜まってきた。そろそろいらないものを売り払ってもよさそうである。
そんなことを考えていると、用務員室の扉が勢いよく開け放たれて「ただいまー!!」「ただいまです」「ただいまぁ」と問題児男子組が帰還を果たした。未成年組の片方であるハルアの頭に、用務員室で飼われているツキノウサギのぷいぷいがくつろいでいる。
エドワード、ハルア、そして最愛の嫁であるショウの3人は、日課にしているぷいぷいの散歩に出かけていたところだ。その途中でルージュと出くわしたに違いない。
ユフィーリアは「ちょうどよかった」と雪の結晶が刻まれた煙管を吹かしながら、
「今度の共同バザーに魔導書と洋服を出品しようかって話をしててな。お前ら、いらないものとかあるか?」
「ユフィーリアは魔導書を出品するのか?」
「おう。もう読まなくなった奴な」
ユフィーリアがそう答えると、ショウが控えめに「あの」と口を開く。
「ユフィーリアが読まなくなった魔導書、俺がほしいのだが。お金を払う必要があるなら買い取らせてほしい」
「ダメ」
「何故!?」
「お前にはまだ早すぎる」
「えっちぃ本か!? もしかして魔導書とは隠語!?」
「魔導書解読学の観点からの発言だよ」
ユフィーリアが共同バザーに出品する予定の魔導書は、上級の魔導書に分類されるものだ。魔導書解読学の知識がないと呪いが振り撒かれることになるので、下手に読ませることが出来ない。
ショウが買い取りを申し出てくれたことは大変ありがたいのだが、魔導書解読学の知識がない時点で購入の資格はない。残念ながら今回は諦めてもらう他はないだろう。
しょんぼりと肩を落とすショウを、ハルアが「よしよし」と慰めてあげていた。いい先輩をしているようだ。
「オレ、古くなった運動靴を出していい!?」
「いいのか? 集めてんだろ?」
「いいの!! 新しい人に届きますように!!」
ハルアはどうやら自分が集めている運動靴を共同バザーに出品することを決めたようだ。「ショウちゃん手伝って!!」と後輩を居住区画に引っ張り込んでいく。
「エドは? 筋トレの道具とか」
「俺ちゃんのお古はショウちゃんとハルちゃんの玩具になってるからねぇ」
エドワードは少し考えてから、
「俺ちゃん、アクセサリーとかにしようかねぇ。もうつけないのいっぱいあるしぃ」
「じゃあ見た目を少しでもよくする為にちゃんと磨いておけよ」
「はいよぉ」
ユフィーリアの助言を受け、エドワードもまた騒がしい居住区画に消えていった。おそらく未成年組にちょっかいをかけられることになるだろうが、そこはそれ、仕方がないことである。
「じゃあ、アタシらも用意するか」
「そうしましょうカ♪」
問題児男子組が共同バザーに出品する予定の商品を見繕いに行ってしまったので、ユフィーリアとアイゼルネもまた共同バザー用の商品を探しにいくのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】バザーでいい感じの魔導書を買ったと思ったらホラー小説で泣いた。
【エドワード】共同バザーでは古着とかよく見ちゃう。
【ハルア】共同バザーではブーツを探したいところ。
【アイゼルネ】共同バザーでよく買うのは茶器。アンティークなものが結構出品される。
【ショウ】バザーに出せるほど私物がないけれど、ちょっと楽しみ。
【ルージュ】共同バザーに人身売買オークションがあると聞き及び、さらにそこに追いかけていた犯罪者が奴隷として出品されるとあって問題児に協力要請。1番弱いので守ってもらいたい。