第4話【問題用務員と光り輝く説教】
いつにも増して眩しい説教開幕である。
「はい、何か言うことは?」
「眩しい」
「目が潰れる」
「学院長、禿げてるみたい!!」
「後光が強烈すぎるワ♪」
「つるつる」
「馬鹿にしてるな?」
廊下に仁王立ちをするグローリアは、反省する素振りを全く見せないユフィーリアたち問題児を睨みつける。
問題児側からすれば、それどころではなかった。眩しすぎて仕方がないのだ。
原因は遅効性罠魔法によって、グローリアの背面部分を光り輝かせたことである。自分で自分の毒にやられる毒蛇みたいなことになっていた。自分でやらかした問題行動が、自分たちの首を絞めることになった訳である。
ユフィーリアは顔を伏せると、
「悪い、グローリア。もうちょっと光を抑えてくれ、目が潰れそう」
「出来ないよ」
グローリアは平然と言ってのける。
「君がやったことでしょ。僕にこの魔法を解くのは無理だよ」
「遅効性罠魔法ぐらい看破できるだろうがよ」
「まあそうだね、看破できるね」
しれっとした表情でグローリアはそんなことを言う。
おそらく彼は自分自身にかけられた遅効性罠魔法を解除できるのだろうが、わざとやらないでいるのだ。自分の背面部分が眩い光を放つ状況が使えると判断したのだろう。もはや拷問じみた眩い光が問題児を苦しめていた。
こんなことになるならやらなきゃよかったのだが、その場の楽しさに流されて後先考えずにやっちまった問題児が悪い。軽率な真似は控えるべきだったのだ。
ユフィーリアはそっと雪の結晶が刻まれた煙管を握ると、
「もう光量を落とすしか」
「誰が動いていいって言ったの?」
グローリアが冷たい声を発した途端、ユフィーリアの指先が動かなくなる。指先の時間を止められたのだ。問題児の行動などお見通しという訳である。
「何でだよ、解除するんだからいいだろ別に!!」
「このままだよ。君たちには反省してもらわなきゃいけないんだから、多少の眩しいのは我慢しないと」
「目が潰れてもいいってのか!!」
「その時はリリアちゃんを派遣するよ。きっと呆れるだろうけど」
この光り輝く状況を拷問として使うことを決めたらしいグローリアは、文句を垂れる問題児を無視して説教をし始めた。
「というか、何で遅効性罠魔法をこんな馬鹿みたいなことに使っちゃうの。あれは割と危険な魔法なんだから使用する時は注意するようにって言われてるでしょ」
「ショウ坊から『アハ体験』って教えてもらって」
「またショウ君か」
グローリアはため息を吐いた。その反応を目の当たりにしたショウはピースサインをすると「また俺ですよ」と誇らしげに応じる。
最近、問題行動の大元はショウが原因であることが多かった。問題児に見事な成長っぷりを遂げて、ユフィーリアはどこか感動すら覚える。
ショウは胸を張ると、堂々と言ってのける。
「今回は『アハ体験』と言いまして、ひらめきなどの意味を示します」
「面白い名前の体験だね。それがどうして僕の背中を光らせることに繋がるのかな」
「アハ体験クイズは徐々に景色や人やものが変化していくという内容が多く、学院長も色々な部分を変化させました。全然お気づきになられないので、もう背面を光らせて強制的にバレさせるしかないかなと思ったんじゃないでしょうか」
「え、すでに変わってるってこと!? 僕の背面を輝かせるのが初手じゃなくて最後だったの!?」
未だ自分の変化に気づけていない光り輝く学院長様は、慌てて自分の格好を見直していた。光り輝いているので自分の格好をあまり確認できず、ローブをバサバサと揺らしたり服装を確認したりと忙しそうにしていたが見つけることが叶わなかった。
光り輝くのは分かりやすい変化だから間違えようもないが、どうして髪の毛がお姫様ドリルになっていたり、ローブの裏生地が猫ちゃん柄になっていることに気づかないのか。ループタイの宝石がチャチなピンク色をした石に変わっているのは、まあ分かりにくいので気づかないのも仕方ないことだが。
ショウがわざとらしく咳払いをすると、
「では簡単な部分から指摘しましょう」
「自分でやっておいて偉そうだなぁ」
「まずは髪の毛がお姫様ドリルになっております」
「分かりやすすぎる変化!?」
グローリアは自分の髪の毛を摘み上げ、そしてようやく自分の髪の毛の先がくるくるとドリル状に丸められていることに気がついた。遅すぎである。生徒は早々にグローリアのお姫様ドリルに変化した髪型に気づいたのに、当の本人が気づくまでに時間がかかった。
ショウが小声で「背面を輝かせるのではなく、まずは髪の毛を金色に染めるところから始めればよかったな……」と呟いたことで、ユフィーリアの脳内に金髪となったグローリアの姿がよぎった。何だか似合わなくて思わず吹き出したら、グローリアから睨みつけられた。
ショウは「続きまして」と言い、
「ローブの裏生地が猫ちゃん柄になっております」
「わあ、本当だ!?」
ローブを捲って裏生地を確認したグローリアが驚愕の声を上げるも、
「ああ、でも可愛いからこのままでもいいかな」
「何と言うことでしょう」
まさかの問題行動を受け入れることになり、ショウが逆に驚きの声を上げることとなった。
ローブの裏生地程度ならば別にバレないと踏んだのだろう。それにグローリアは同じようなローブを何着も所持しているので、1着だけ裏生地が猫ちゃん柄になったとしても学院長室で使うだけにすればいいだけだ。まあ、遅効性罠魔法を解除した途端に猫ちゃん柄の裏生地も消え失せてしまうのだが。
驚愕したショウだったが、気を取り直して最後の変化を告げる。
「最後に分かりにくいところで、ループタイの宝石の色をチェンジしております」
「玩具みたいになってる」
グローリアは自分のループタイを確認して「うわぁ……」と何とも言えない表情を見せた。本人も玩具のようだと認識しているので、誰の目から見てもピンク色の宝石が玩具のように見えるようである。
さすがに説教をされる問題児を野次馬していた生徒たちも、ショウの解答にようやくグローリアのループタイに異変が起きたことに気づいたようだ。そこかしこから「本当だ」「玩具みたいに見える」なんて声が聞こえてくる。
ループタイの宝石を見下ろし、グローリアがポツリと一言。
「…………これ、我が家の当主が代々身につけるループタイなんだけれど」
その小さな小さな声に、ショウが泣きそうな表情でユフィーリアに振り返った。助けを求められているのは嫌でも分かった。
彼が普段から身につけているループタイが、まさかのイーストエンド家に伝わる当主の証とはユフィーリアも想定外である。てっきりお洒落目的で身につけているのかと思ったらそうではなかったようだ。
とはいえ、イーストエンド家はユフィーリアの実家と同じく廃止となって久しい。今更、当主の証をどうこうしたところで誰に指摘を受けることもないはずだ。
「まあ、いっか。魔法を解けば戻るし、これ前の当主から強奪したようなものだから思い入れもないしね」
飄々と笑うグローリアに、ショウが指を差しながら非難するような視線をユフィーリアに寄越してきた。「何なんだこいつ」とでも言いたいのだろう、ユフィーリアも同じことを思った。
「でもまあ、よくもこんなことをしようと思ったよ。遅効性罠魔法なんて分かりにくいことこの上ないのに」
「ショウ坊の記憶力が凄まじくてな。遅効性罠魔法の間違い探しも簡単に正解したし」
「え、本当? 凄いね」
グローリアがショウへと振り返る。そのおかげで光り輝く背面がユフィーリアに向けられることとなり、眩い光がユフィーリアの網膜を容赦なく焼いて悲鳴を上げた。わざとだろうか。
「じゃあちょっと、仕事を受けてみる気はない? 1件ごとに1万ルイゼの報酬を出すけれど」
そんなことをグローリアが言い始めたので、問題児は揃って首を傾げた。
《登場人物》
【ユフィーリア】眩しいのでどうにかしてほしい。このあと目のチカチカがしばらく治らなかった。
【エドワード】目を閉じればお昼寝感覚でどうにか出来ることに気づいた。
【ハルア】光りすぎるあまり、学院長がツルッパゲに見えた。
【アイゼルネ】この中で唯一反省はしているつもり。
【ショウ】元凶であることに自信を持ち始めた。
【グローリア】使えるものは自分が光り輝いてでも使う強かな学院長。