第3話【問題用務員とアハ体験】
そんな訳で、アハ体験クイズを実践である。
「空間構築魔法が上達したい場合は、チェスとかボードゲームを嗜むと上達が早まるよ。そもそも空間構築魔法は空間把握能力に依存して――」
適当な教室の扉を開けると、学院長であるグローリア・イーストエンドの声が漏れ聞こえてきた。教室の外に問題児が控えているということを知らずに、今日も空間構築魔法の授業に勤しんでいた。
扉にピタリと身を寄せるユフィーリアたち問題児5名は、部屋の様子を静かに探っていた。廊下には問題児以外の存在はなく、絶好の妨害チャンスである。おそらくこのあとにめちゃくちゃ怒られた挙句、減給される未来しか想像が出来ない。
それでも、問題児は一度決めたことは最後までやり通す性格である。本当ならいい言葉だろうが、この『一度決めたこと』というのは問題行動である。これから遅効性罠魔法で授業妨害をする予定だ。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管をそっと摘み、
「まずはどうするか」
「まずはバレない位置からだ、ユフィーリア」
扉の隙間から教鞭を振るうグローリアの様子を観察し続けるショウは、白魚のような指先で彼の首元を示す。グローリアの胸元には不思議な色合いの魔石を使用したループタイが今日も煌めいている。
「あの魔石をピンク色に変えてくれ」
「了解」
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を小さく振って、遅効性罠魔法を発動させた。呪文を唱えると授業中のグローリアにバレてしまう危険性が考えられたので、お得意の無詠唱で魔法を行使する。
魔法が発動した気配すら感じ取ることなく、グローリアは授業を進行していた。その間、彼の首元で煌めく不思議な色合いの魔石は徐々に可愛らしいピンク色に変わっていく。
数十秒というそこそこ長い時間をかけて、グローリアのループタイは子供がつけるようなチャチな玩具のような雰囲気の漂う可愛いループタイになってしまった。ピンク色に輝くループタイの宝石が何とも可愛らしい。本当に玩具のようである。
しかし、ループタイ程度の変更では生徒もグローリアも気づかないらしい。未だ授業が進んでいた。
「お、これで気づかねえか」
「ループタイぐらいならバレないんじゃないのぉ?」
「もっと挑戦したいね!!」
「ドキドキしちゃうワ♪」
「どの辺りで気づくかワクワクだ」
ショウはユフィーリアの肩を叩き、
「次は学院長のローブの裏生地を変えてしまおう」
「どうする?」
「猫ちゃんの柄で」
「うい」
ユフィーリアは再び遅効性罠魔法を発動させる。
今度はグローリアの着ているローブの裏生地が、無地の状態から可愛らしい猫ちゃんの柄に変わっていく。ローブが翻るたびに猫ちゃんの可愛い柄が見え隠れし、先に変えたピンク色の石をあしらったループタイも相まって全体的に可愛くなってしまった。
これにはさすがに数名の生徒が気づいた模様で、眉根を寄せてグローリアのローブを凝視している。ローブの裏側に可愛い猫ちゃん柄が現れた訳だが、その様子を指摘することなく授業に戻ってしまった。
なお、グローリアはまだ気づいていない。間抜けである。
「うはははは、このチキンレース楽しいな」
「次は学院長の髪を伸ばすとかぁ?」
「唇をプルプルにさせたいワ♪」
「お洋服の色を変えちゃおう!!」
ユフィーリアたちは色々と次にやる遅効性罠魔法の使い道を提案するが、ここで全ての問題行動の総監督であるショウが首を横に振った。
「何を言いますか。ここは満を辞して髪型の変更です」
「お、どんなものにするんだよ」
「毛先の方からくるくるさせちゃおう。お姫様ドリルだ」
「たまにルージュやお前がやる奴か」
髪型を変える行為はさすがにバレそうな予感があるが、後ろの髪ぐらいならバレることはなさそうだ。グローリアは髪が長いので、後ろを振り向かない限りは分からないはずだ。
生徒を笑いの渦に叩き落とす真似は楽しくて仕方がない。授業中という絶対に笑ってはいけない状況でふざけるのは、問題児にとって絶好の遊びである。生徒からすればとばっちりもいいところだ。
早速とばかりに、ユフィーリアは遅効性罠魔法を発動させる。もちろん、対象はグローリアの後ろの髪である。
「ふふふ、くるくるヘア」
「お姫様みたいになっちゃったねぇ」
「可愛いことになっちゃった!!」
「大変だワ♪」
「楽しいなぁ、まだ気づかないのか」
遅効性罠魔法の影響で、ゆっくりゆっくりとグローリアの髪の毛先がくるんとひん曲がっていく様を、問題児5名は笑いを堪えながら教室の外から見守っていた。蛇のようにうねうねと曲がったと思えば、くるんと毛先が1回転して大人しくなる。それを何度か繰り返していくうちに、やがてグローリアの頭髪は見事なお姫様ドリルと化した。
毛先のみが緩やかなカールを描いた髪型に突如として変更となったことで、またさらに数名の生徒が異変に気づいたようだった。隣の生徒と顔を見合わせ、グローリアを指差して「あれはどういうことか」と視線で問いかけているようだった。愉快である。
膝から廊下に崩れ落ちたユフィーリアは、抑え気味の声で叫ぶ。
「あいつまだ気づかないで授業をしてるよ!!」
「何であんなにやられてるのに気づかないかねぇ」
それは見事なお姫様ドリルと化したグローリアの髪型を扉の隙間から眺め、エドワードが言う。
「もういっそ髪の毛の色まで変えたらさすがに気づくんじゃないのぉ?」
「大胆だな、お前。やるか」
「即決するところは嫌いじゃないよぉ」
エドワードに指摘されて、ユフィーリアはさらに遅効性罠魔法を発動させた。
今度はお姫様ドリルの髪型となったグローリアの黒髪が、徐々に金色に変わっていく。毛先からゆっくりと色を変えていく様は、どう考えても外部から何者かがちょっかいをかけていると分かってしまうぐらいに分かりやすかった。ひらめきもクソもない。
これにはさすがにほとんどの生徒も気づいたようで、互いの顔を見合わせて「え、あれは一体?」「誰の仕業だ?」と疑問を持ち始めていた。グローリアの髪色が変わった程度では笑いを堪える場面にはならない様子である。
しかし、
「? 何かおかしなところが?」
「いえ……」
「何も……」
空間構築魔法を教えていたはずのグローリアは、授業の手を止めて生徒たちに視線を巡らせる。生徒たちは変わり果てたグローリアの姿を指摘できるはずもなく、ただ静かに視線を逸らしただけで終わった。
この反応が問題児たちを調子に乗らせた。
もうどんなことをしてもバレないなら、いっそ強気に攻めてみようと冴え思い始めていた。自分から地雷原に突っ込んでいた。
「光らせるか、光らせよう」
「後光って奴だねぇ」
「学院長、ぴかぴかになるの!?」
「大胆♪」
「神々しくなってしまうな」
そんな訳で、危険を顧みることなくユフィーリアは遅効性罠魔法を使用した。
「ぎゃああああ!!」
「目がああああああ!!」
「潰れる!!」
「うわ眩しい!!」
遅効性罠魔法によってゆっくりとグローリアの背面が光り輝き、やがて網膜を焼かんばかりの眩い光を放つまでとなる。
これはさすがに授業中のグローリアも気づいた。自分の背後があり得ないぐらいに光り輝いているのだ。後光が差したかのような輝き方に異変を感じざるを得なかった。
煌めく学院長を前に生徒たちは慌てて目を覆い、問題児は教室の外で崩れ落ちた。
「ぶはははははは!! 神聖な学院長の爆誕じゃねえか!!」
「最高だねぇ!!」
「神様だ!!」
「あらマ♪」
「崇め奉らないといけないな。まずはお祈りでも」
笑い転げる問題児の耳に、扉が開く音がした。
顔を上げると、そこには背後を煌々と輝かせたグローリアが死んだ魚のような目で笑い転げる問題児たちを見下ろしていた。紫色の瞳には怒りの感情がありありと浮かんでいる。
これはもしかしないでも説教の予感しかない。当然の帰結ではあるが。
「あ、ちょっと持病の腹痛が」
「俺ちゃん、ちょっと足が痛くてぇ」
「頭が悪いのでお家に帰ります!!」
「お化粧の調子が悪くテ♪」
「ユフィーリアの介抱をしないといけないのでついていきます」
あれこれと即席の言い訳を並べ立てる問題児に、グローリアは静かに魔法を発動させた。
「〈止まれ〉」
「ぎゃー時間を止めるなんて卑怯だろうが!?」
時間を止める魔法で身動きを止められたユフィーリアたち問題児は、呆気なく捕獲されるのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】やりすぎて調子に乗るのは何故学ばないのか。
【エドワード】ストッパーの役目なんてないも同然。
【ハルア】学院長が光り輝き始めた時点でゲラゲラ笑っていた。
【アイゼルネ】これ絶対に大変なことになるなって思っていたけれど、本当に大変なことになった。
【ショウ】止めようかと思ったけれど、ユフィーリアが楽しそうだしまあいっか!
【グローリア】授業を妨害されるのはこれで何度目になるだろうか。