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第1話【問題用務員と間違い探し】

 未成年組のショウとハルアが、魔導書図書館で間違い探しの絵本を借りてきたらしい。



「うーぬーぬぬぬ」


「ハルさん、頭から煙が煙が」


「叩いて叩いて」


「え、叩くのか? 本当か?」



 頭から煙が出るほど広げた絵本を前に悩みに悩むハルアの隣で、ショウがぺちぺちと煙を噴き出すハルアの頭頂部を叩いている。手つきが優しいので混乱しながらも先輩の要求に応えようと必死の様子だ。

 一方で頭を叩かれているハルアは、ショウのぺちぺち攻撃など意にも介さず絵本の頁と睨めっこをしている。左右のページで同じ絵が描かれているが、模様や小さな絵の配置などが微妙に違うことが分かった。これはかなり難易度の高い間違い探しの絵本である。


 間違い探しをして楽しむ未成年組の様子を、異世界の暖房器具『こたつ』に入りながら眺める銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルはポツリと呟いた。



「ちゃんと動かない奴を借りてきたか?」


「動かない奴って?」



 ショウが不思議そうに振り返る。



「動かない奴は動かない奴だよ。絵が動かない奴」


「そんな絵本があったら間違い探しとして成り立たないのでは?」


「探査魔法の練習になるからな」



 間違い探しの絵本は、物を探す魔法である『探査魔法』の練習にもなる。間違った箇所が絵本の中を逃げ回るので、探査魔法も使わなければ見つけられないのだ。

 絵本だから当然、絵が動く。魔法が日常に染み込んでしまうと、絵本の絵が動き回って自分の感情を伝えてくるのは何とも思わなくなってしまう。たまに絵本の文章に逆らった動きを見せる絵本の登場人物もいるぐらいなので、そういう時は鬱陶しく思ってしまうが。


 ショウはハルアが広げている絵本を横から覗き込み、



「あ、本当だ。植木鉢が逃げる」


「え、本当!?」


「今ちょっと動いたぞ、俺は見逃さなかった」



 ショウが絵本の頁を指し示す。

 彼がその白魚のような指先で押さえつけているのは、メルヘンチックな三角屋根が特徴の家の前に置かれた小さな鉢植えである。黄色い可愛らしい花を咲かせた鉢植えは、ショウの指先から逃げるようにジリジリと横移動をし始めていた。


 その様子を確かに目撃したハルアも、大きな声で「あ!!」と叫ぶ。



「本当だ!!」


「間違えている箇所が必ず移動するのだろうか。それなら観察している必要があるな」


「ショウちゃん、一緒に探そう。オレだと見つけられないかもしれない」


「ああ、了解した。絶対に見つけてやろう」



 そして2人は並んで絵本を眺めて「むむむ」と口をへの字にひん曲げ、間違いを探していた。何とも可愛らしい光景である。微笑ましさのあまりお茶が進む。

 時折、2人の鋭い視線から逃れるように動き回る間違い箇所を発見しては大声を上げるので、その度にユフィーリアは驚く羽目になった。もう少し静かに発見することが出来ないのだろうか。


 すると、



「ただいまぁ」


「戻ったわヨ♪」



 居住区画の扉の方から声が聞こえてきた。購買部まで買い物に出かけていたエドワードとアイゼルネのものである。

 ややあって、居住区画の扉が開かれると同時にヒヤリとした空気が流れ込んできた。思わずユフィーリアは布団を引き上げて身体をさらに暖かなこたつの中に潜り込んだ。


 荷物を抱えたエドワードとアイゼルネは、上司のだらしない姿を見下ろして苦笑する。



「だらしないねぇ、第七席も形無しだねぇ」


「今のユーリを見たら誰も第七席として怖がらないわヨ♪」


「何だとお前ら」



 七魔法王セブンズ・マギアスとしての威厳の有無を指摘され、ユフィーリアは眉根を寄せる。



「アタシはいつだって威厳のある魔女だろうがよ」


「今の自分の格好を鏡とかで確認しなよぉ。どこにも威厳のある魔女の雰囲気がないじゃんねぇ」



 エドワードに言われ、ユフィーリアは自分の格好を見下ろした。


 いつも通りの肩が剥き出しになった真っ黒な装束衣装の上から毛糸で編まれたカーディガンを羽織り、暖かなこたつの中に下半身を突っ込んでぬくぬくと悪魔的な暖かさを享受している。お茶はショウに頼んで入れてもらった、極東産の緑茶だ。

 これのどこが悪いのか。ただ寒さ対策を万全にしただけの格好ではないか。どこも恥じることはない。


 ユフィーリアは湯呑みの緑茶をズズズと啜りながら、



「おかしなところなんてないだろ。普通の格好じゃねえか」


「ユーリさぁ、冬の間はずっとそこで過ごすつもりぃ? 太るよぉ」


「お前ボコボコにするぞコラ」



 エドワードの容赦ない言葉の群れに、ユフィーリアはギロリと彼を睨みつけた。だってまだまだ寒いのだから仕方ないではないか。

 寒波は大人しくなったとはいえ、北部に位置するヴァラール魔法学院は今日も寒い。環境維持魔法陣のおかげで適温に保たれているとはいえ、建物を貫通して寒さが襲いかかってくるのだから仕方がないのだ。


 上司の睨みなど通用していないと言わんばかりにそっぽを向くエドワードに、別方向から攻撃が加えられた。



「エド見て!! 間違い探し!!」


「この世界の間違い探しって動くんですね、衝撃の事実が発覚です!!れ


「ぐふぅッ」



 エドワードの腰に、それまで間違い探しの絵本と格闘していた未成年組が飛びついた。その衝撃たるや、背後から箒に乗った生徒が激突してきた時と同じぐらいと言えよう。

 僅かに蹈鞴を踏んだエドワードは、腰に抱きついて間違い探しの戦果を報告してくる未成年組の頭を撫でて「よかったねぇ」と微笑む。悪意のない未成年組の飛びつき攻撃に、さしものお兄ちゃんであるエドワードも怒るに怒れないのだ。


 エドワードは未成年組が見せてきた絵本を確認し、



「あ、これ昔にやったことあるよぉ」


「本当!?」


「昔からあるものなんですか?」


「あるって言うかぁ、ユーリが持ってたねぇ。結構間違い探しの本、いっぱい持ってるよぉ」



 未成年組が掲げる間違い探しの絵本をヒョイと手に取ったエドワードは、絵本をまず閉じた。そして、



「よいしょ」



 両手で絵本を掴むなり、上下に思い切り振ったのだ。


 謎めいた先輩の行動に、ショウとハルアは揃って首を傾げた。「何してるの!?」「絵本を振り回す意味は?」などと聞いているが、あれはユフィーリアがかつて子供の頃のエドワードに教えた間違い探し必勝法だ。

 絵本の絵は動くのだが、当然ながら外側から強い衝撃を与えると絵本の中にも多少の影響が及ぼされる。少しの持ち運びなら絵本の中の世界も耐えられるようになっているが、振り回すなどの動作までは対応できていない。


 なので、



「ほらどうよぉ」


「うわあ、全部ひっくり返ってる!!」


「お家もひっくり返ってる……」



 エドワードが広げた絵本には、まるで大災害でも起きたかのようにめちゃくちゃに荒れた絵の世界があった。

 メルヘンチックな三角屋根の家は横倒しになり、植木鉢はひっくり返り、軒先に干されていた洗濯物も散らばってしまっている。元の状態に戻るまでかなりの時間がかかりそうだ。


 すると、



「あ、洗濯物が動いた!!」


「まさか洗濯物も間違いだったと……!?」


「こうするとねぇ、自然と間違い箇所が動き出してくれるから見つけるのが楽になるよぉ」



 エドワードはにっこりと笑い、



「ユーリはもっといっぱい間違い探しの本を持ってるから出してもらいなぁ」


「ユーリ出して!!」


「ユフィーリア、もっとたくさん間違い探しやりたい!!」



 未成年組のキラキラした視線がユフィーリアに突き刺さる。


 もちろん、間違い探しの絵本はユフィーリアの書斎に行けばたくさんある。古いものから新しいものまで多岐に渡る間違い探しの絵本が取り揃えられていた。

 ただ、取りに行くということはこたつから出なければならないということになる。出来ればご遠慮願いたいところだ。


 ユフィーリアはこたつに潜り、



「書斎に取りに行っておいで」


「お前さんも行きなぁ」


「鬼ィ!!」



 エドワードの手によってこたつから引っこ抜かれたユフィーリアは、問答無用で間違い探しの絵本を取りに行かせられるのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】間違い探しは慣れればあっという間に探してしまう。結構好きだから色々と間違い探しの絵本を収集する。

【エドワード】過去にユフィーリアの所有する間違い探しの絵本に挑戦して、間違いが見つけられなくてユフィーリアに泣きつき、コツを教えてもらった。力技でどうにかする。

【ハルア】基本的に頭脳面はショウがいるのでパズルやクイズはお任せしちゃう。

【アイゼルネ】間違い探しは挑戦するより間違いを作って相手に挑戦してもらいたい。

【ショウ】こういった間違い探し、大得意。基本的に記憶力がいいので動かれても間違いをあっという間に発見する。

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