第5話【問題用務員と推進装置付きこたつ】
毎度恒例のお説教である。
「推進装置付きのこれは何の魔法兵器なの?」
「暖房器具です」
「え、何て?」
「暖房器具です」
ショウの説明に、グローリアは「これが……?」とこたつの成れの果てを見下ろしていた。
脚の短いテーブルは布で覆い隠された状態であり、これが本当に暖房器具であるかを疑いたくなる。脚の部分はなおかつ推進装置なるものが魔法式として組み込まれており、テーブルにしがみついて移動することが出来るようになっていた。
まさかとは思うが、異世界にある本場の『こたつ』も脚部に推進装置を取り付けなければならないのだろうか。こたつに引き篭もる人間を追い出す為の機構か、あるいはこたつにいながらどこか別の場所に移動するのに必要だったりするのか。
説教を受ける姿勢のまま悶々と考えるユフィーリアに、学院長へ事情を説明していたショウの言葉が耳に滑り込んできた。
「本当は空飛ぶものじゃないです。こたつは空を飛びません」
「え」
「えッ」
「え?」
ショウの言葉に問題児とリリアンティアが驚きの声を上げ、こたつなるものを生み出す原因となった女装メイド少年は不思議そうに首を傾げる。
「空飛ばないのか?」
「部屋を移動する時とかどうするのぉ?」
「お腹空いちゃった時とか!!」
「お風呂に入る時とカ♪」
「まさか、こたつ様から抜け出すと言うのですか……!?」
「気合と根性で抜け出しますよ」
ショウは「何を馬鹿なことを」とでも言いたげな表情で返す。
あんな暖かなこたつから抜け出すことが出来るとは、異世界人はやはり強靭な精神を宿している。これでは魔族が得意とする魅了さえ効かないのではないだろうか。
ユフィーリアたちでは無理だった。あの心地いい暖かさを知ってしまったら、もう抜け出すことなんて出来やしない。転移魔法や転送魔法が使えてよかったと今日ほど思ったことはないだろう。そうでなければ寒い部屋を移動する必要性が出てくるからだ。
同じく正座をする副学院長のスカイを指差したショウは、
「俺がお願いしたのはこたつの作成までで、こたつを飛ばせなんて指示してません。その辺りに関しては副学院長を叱ってください」
「そんな!! あれは善意からの改造ッスよ!?」
スカイが反論するも、こたつに余計な機能をつけたされたショウの態度は冷たかった。
「誰が『こたつは空を飛ぶものです』なんて言いましたか。あんなのつけて喜ぶのは副学院長みたいな変人ぐらいだと思います」
「じゃあボクの教え子たちはみんな変人ってことじゃないッスか」
「似たもの同士が集まるんですね、よく分かりました」
ショウはツンとした態度を貫いたまま、
「学院長、公正なご判断をお願いいたします。今回は問題児として悪くないですよね?」
「給料をもらいながら何でそんな異世界の暖房器具なんて作ってサボってるんだという点に関しては?」
「黙秘します」
グローリアの言葉に、ショウは両耳を塞いで押し黙った。都合の悪いことは聞かなかったフリを貫く姿勢のようだ。
「まあ、今回の件に関して言えばスカイが悪かったね。魔法工学の授業予算は減らすってことで」
「そんなあ!! 被害はそこまでないじゃないッスか、何で授業予算が減らされるんスかぁ!?」
学院長の容赦ない判断に、スカイが抗議の声を上げた。
確かに被害を受けたのは問題児とリリアンティアぐらいのもので、授業を妨害したという報告は上がっていない。授業予算を減額されるのは他の授業を妨害した時にのみ適用されるのが妥当だと思うが、今回の規模ではやりすぎなのではないか。
さすがに度が過ぎる懲罰は、生徒や教職員からの反発が起こりかねない。間違いなく校舎内の環境はギスギスした最悪のものになるだろう。
学院長を真っ向から睨みつけるスカイに、グローリアは静かに言う。
「君のところの生徒が真似をして、大食堂のテーブルの脚に推進装置を取り付けようとしたところを他の先生が捕まえてくれたんだけど」
「腰が痛いからブリッジしながらは無理なんスけど、土下座で許してくれる?」
「ううん、授業予算を減らすのはもう決定事項。やりたいことがあったら身銭を削ってね」
「ゔぁーッ!!」
どうやら授業予算を減らされて当然の出来事があった様子である。これに関してはもう副学院長の自業自得というか、魔法工学の授業を取っている生徒たちのせいとしか言いようがない。
すると、今度は女性の教師が「学院長!!」と呼びながら駆け寄ってくる。
女性教師はグローリアに何かを耳打ちした。彼女の報告を受けたグローリアの表情が見る間に歪んでいく。その紫色の瞳はユフィーリアに向けられていた。
報告を最後まで聞き終えたグローリアは、
「ユフィーリア」
「おう何だよ」
「被服室の生地を強奪したって?」
「黙秘します」
ユフィーリアは両耳を塞いで聞かなかったフリを貫いた。
だって仕方がなかったのだ、パッチワークお布団を作るのにハギレが足りなくなってしまったのである。用務員室にあるハギレや綿の在庫を全て使っても足りなかったので、仕方なしに被服室から新しい布と綿をいくらか強奪したのだ。
最愛の嫁からのご注文はなるべくすぐに答えてやりたいのがユフィーリアの信条だ。被服室から強奪された生地たちも必要な犠牲だったと分かってくれるに違いない。
グローリアは深々とため息を吐き、
「用務員は減給かな」
「待ってその減給の範囲に関して詳しく!!」
「オレがやったんじゃないよ!?」
「関わったのはユーリだけヨ♪」
「母様、だから言ったではないですか。怒られますよって」
減給を言い渡されたエドワード、ハルア、アイゼルネの3人が学院長に食ってかかる。リリアンティアだけは呆れた口調でユフィーリアを窘めていた。出来た娘である、本当に。
何とか減給を回避できるかと周囲に視線を巡らせると、本来なら同じように学院長に食ってかかるはずの問題児きっての毒舌家であるショウが妙に大人しいことに気づく。見れば彼が正座をしていた場所には誰もいなかった。
どこに消えたのかと思いきや、グローリアが押収したはずの推進装置付きのこたつのすぐ側に人影が見える。こたつの影からひょこりと顔を覗かせたのは、何やら自信ありげな表情を見せたショウだった。ユフィーリアに向けて親指をグッと立てると、彼はこたつの影に潜り込む。
そして、
――ひゅごッ、ごごごごごごごごごご!!
何故か、こたつの推進装置が起動した。おそらくショウが起動させたのだろう。
「え、何!?」
グローリアが慌てて振り返る。
轟音を立てながらふわりと浮かび上がるこたつ。推進装置が取り付けられた脚が、ガチャガチャと音を奏でて動く。脚の方向が前進するような見た目に切り替わった。
こたつの目の前にいるのは、グローリアである。浮かび上がったこたつを前に立ち尽くす学院長に、こたつが牙を剥いた。
「ごふッ!?」
こたつがグローリアの腹部に体当たりする。
それだけに留まらず、こたつはグローリアを本体に張り付かせたままどこかを目指して飛んでいった。あっという間にグローリアを張り付かせたこたつが廊下の奥に姿を消していく。
廊下の奥から、グローリアの絶叫が聞こえてきた。
「ユフィーリア、君って魔女はああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――…………!!」
もちろん当然だが、問題児が学院長を助けることはなかった。
☆
それからと言うもの、
「あったかい」
「こたつあったかい」
「暖かいワ♪」
居住区画に推進装置を取り外されたこたつが設置されることとなり、ユフィーリア、エドワード、アイゼルネがまるでカタツムリのように占拠することになった。そのおかげで問題行動が激減したのは言うまでもない。
「……こたつむり」
「何それ!?」
「今のユフィーリアたちの姿のことだ」
こたつの魔力に惑わされることなく、今日も元気にお外で遊んできた未成年組は、こたつに張り付いてぐだぐだと溶ける大人たちの姿を眺めてそんな言葉を交わすのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】副学院長に頼むとこたつにどんな機能がつけられるか分かったものではないので、日曜大工だけ問題児の男子組に依頼。自分はこたつ布団の調達と魔法工学の部門で魔法式を組んだ。魔法の天才にかかればお手のものです。
【エドワード】日曜大工の技術を活かしてテーブルを作成。こたつはあったかいけれど、引きこもりたいほどとは思わない。
【ハルア】こたつの暖かさは魅力的だけど、お外で遊ぶのも大事。
【アイゼルネ】お腹までこたつに入ってから本番。足だけだと義足だからそこまであったかくない。
【ショウ】こたつむり、初めて見たなぁ。
【グローリア】スカイに頼んでこたつを作ってもらった。推進装置はちゃんと取り付けないように見張っていた。
【スカイ】教師が教師なら生徒も生徒とか言うんじゃねえや!!
【リリアンティア】たまに居住区画にお邪魔してこたつのあったかさを味わう。