第3話【問題用務員とこたつ】
とりあえず、ご要望のものは完成させた。
「足りなくなったから被服室から適当な素材をちょろまかしてきた」
「母様、学院長様に怒られるのでは」
「怒られたらその時はその時」
色とりどりのハギレを使用して色彩豊かなパッチワーク作品が完成した。綿も詰め込んであるのでふかふかなお布団となり、もうこの時点でお布団を頭から被って用務員室から出たくなくなる。
しかし、これを求める人物がいるので届けなくてはならない。つまりはこの寒波が支配する校舎内を歩かなければならないのだ。
ユフィーリアは完成したふかふかパッチワークお布団を畳むと、
「じゃあ副学院長のところに運ぶか」
「あっちは完成したかしラ♪」
「完成してるだろ。エドを派遣して何分経ったと思ってんだ」
日曜大工が得意なエドワードを副学院長であるスカイの研究室に派遣してから、もう30分は経過しているのだ。そろそろ完成している頃合いだろう。完成していなくても作業はもう終盤に差し掛かっているのではないだろうか。
転移魔法で手っ取り早く副学院長の研究室に飛ぶとまだ完成していない可能性が高まるので、適当に駄弁りながら徒歩で移動することを選ぶ。用務員室から副学院長の研究室までまあまあな距離があるのでちょうどいい。
そんな訳で、である。
「たっぷり駄弁りながら15分かけてやってきたけど」
「何やら賑やかネ♪」
「何をなさっているのでしょうか?」
たっぷりと15分ほど時間をかけて移動をし、ついに副学院長のスカイが研究室の代わりに使っている『魔法工学準備室』までやってきた。
スカイが自分で勝手に改造したらしい重厚な扉越しに、何やら悲鳴が聞こえてくる。部屋の中でバタバタと暴れている様子だが、果たして何をしているのか。
扉に耳を澄まして会話の内容を盗み聞くと、
「布寄越せ!!」
「追い剥ぎされるッス!!」
「ショウちゃん止めなさい!!」
「副学院長、何でローブの下がぱんつ1枚なの!?」
聞きたくなかった内容が扉越しに大公開である。
「帰るか?」
「そうネ♪」
「副学院長様、ローブの下はお下着だけなんですか……?」
「リリア、聞かなかったことにしてやれ。そうすることも優しさだ」
不思議そうに首を傾げるリリアンティアに優しく促してやり、ユフィーリアはとりあえず用務員室に帰ろうと決意する。
だがその時、ガチャリと音を立てて魔法工学準備室の扉が開いた。
扉の向こうから顔を出したのは、ハルアである。琥珀色の瞳が真っ直ぐにユフィーリア、アイゼルネ、リリアンティアの3人を射抜いた。とうとう気づかれてしまった。
ハルアは部屋へと振り返り、
「ショウちゃん、ユーリ来たよ!!」
「待っていたぞ、ユフィーリア♪♪♪♪」
「うわ満面の笑み」
ハルアを押し退けて部屋から飛び出してきたショウは、それはそれはもう可憐な笑みを浮かべていた。
ユフィーリアの手にパッチワークお布団が抱えられているのを見つけるや否や、流れるような手つきでそれを強奪していく。色とりどりの布のハギレと被服室から強奪した布と綿を使用して作られたお布団を広げて、手触りやふかふかさを確かめる為に表面を撫でたりお布団を揉んだりしている。
満足げに頷いたショウは、
「ありがとう、ユフィーリア。貴女はとてもいい仕事をしてくれた」
「ショウ坊、異世界の暖房器具ってどんなのだ? 何か悪魔のような暖房器具って聞いたけど」
最愛の嫁の謎行動に不安を覚えながらも質問を投げかければ、ショウは「ふふふ」と楽しそうに笑った。
「この寒い時期にちょうどいい暖房器具だぞ。今からちょっと準備するから待っていてくれ」
「は、はあ……」
そう言うなり、ショウはパッチワークお布団を抱えて魔法工学準備室に引き返していった。
ユフィーリア、アイゼルネ、そしてリリアンティアはお互いの顔を見合わせる。ショウの謎行動は今に始まったことではないが、何だか非常に怪しくて怖い。何に加担させられたのか分からない。
とりあえず外で待つのも寒くて嫌なので、魔法工学準備室に足を踏み込む。部屋というよりどこまでも広い草原が視界を埋め尽くす。この魔法工学準備室を訪れるたびに思うのだが、いつのまに外へ出たのだろうかと錯覚してしまう内装は止めてほしいものだ。
広大な草原の中心地に、この部屋の内装にはとても似つかわしくない物体がポツンと置かれていた。
「机だな」
「脚が短いわネ♪」
「机の上も外れてますね」
草原にポツンと置かれていた机は脚が短く、床に座って使用することを想定して作られていた。さらに机本体と天板部分が取り外し可能となっており、天板部分はエドワードが抱えて退かしていた。
ショウがユフィーリアお手製のパッチワークお布団を、机本体の上に被せる。布によって机本体が完全に覆い隠されてしまったところで、エドワードが抱えていた机の天板部分を設置した。本体と天板部分で布を挟んだ、不思議な見た目の暖房器具が爆誕した。
キラッキラの笑顔でユフィーリアに振り返ったショウは、
「ユフィーリア、これが異世界の暖房器具『こたつ』だ!!」
「見た目は布で覆い隠した机だけど、本当に暖房器具か?」
「もちろんだ!!」
ショウは机を覆い隠すパッチワークお布団を捲ると、
「さあ、ぜひ入ってくれ。あったかいぞ」
「じゃあ、遠慮なく」
ユフィーリアは導かれるまま、布で覆われた机に下半身を突っ込む。
机の中は非常に暖かく、冷えた足先からじんわりと心地いい痺れが全身に回っていく。どうやら机本体に熱を発する魔法をかけ、なおかつ布でそれを閉じ込めているようだ。これは確かに暖かくて眠ってしまいそうだ。
ユフィーリアを真似してエドワード、ハルア、アイゼルネ、スカイ、そしてリリアンティアも机の中に下半身を突っ込んで、その暖かさを享受する。身体の芯まで暖めてくれる『こたつ』なる暖房器具に、問題児は早くも陥落した。
机の天板に頭を預けて突っ伏すユフィーリアは、
「あー、これあったけえ……」
「いいねぇ、あったかくてぇ」
「ぽかぽか!!」
「とても素敵な暖房器具ネ♪」
「極楽……」
「はにゅぅ……あったかいですぅ……」
ユフィーリアの隣にショウ、ハルアはエドワードの膝の上に、アイゼルネとリリアンティアがお隣同士、そしてスカイは贅沢に広々と空間を使ってこたつの暖かさを楽しんだ。暖かくて動きたくなくなる。
だが、暖かくても動かなければならない時はある。生理現象や喉の渇きを覚えた時だ。こうも暖かい暖房器具を手に入れたのだ、飲み物ぐらいはほしいところである。
ユフィーリアは机に頭を預けた状態で、
「誰か飲み物持ってこい」
「ユーリ行きなよぉ、言い出しっぺぇ」
「こたつから追い出すぞお前」
ユフィーリアとエドワードの間で問題児恒例『叩いて殴ってじゃんけんぽん』と銘打たれた喧嘩が勃発されそうになった時、アイゼルネが「仕方ないわネ♪」と肩を竦める。
「おねーさんが行くわヨ♪」
「アイゼルネ様、身共もお手伝いします」
「あら偉いワ♪ お茶菓子も多めに持ってきましょうネ♪」
アイゼルネとリリアンティアが代表してお茶と茶菓子を取ってきてくれるとなったが、ここで問題が発生した。
グッと彼女たちがこたつから抜け出そうとするも、なかなか抜け出すことが出来ない。「あラ♪」「え?」と2人揃っておかしなものにでも遭遇したかのような声を上げるも、こたつから抜け出すことは叶わなかった。
見たところ、罠魔法の類はかけられていない。だから下半身がこたつに食われるなどという事態は起こらないはずだ。
「抜けられないワ♪」
「み、身共も抜け出せないです……!!」
絶望の表情で言うアイゼルネとリリアンティアに、ショウが楽しそうに笑いながら言った。
「これぞ『こたつ』の有する魔力です。一度入ったら抜けるのは困難……!!」
「酷いワ♪ こんなあったかいの簡単に抜け出せないわヨ♪」
「ふにゃああ、身共はこんな、こんな悪魔に屈してしまうのですかぁ」
こたつの魔力に屈して、アイゼルネとリリアンティアは再びこたつの中に戻ってしまう。
ユフィーリアもこたつの魔力に取り憑かれていた。もはやこの場から脱出することは不可能である。なるほど、これは悪魔的な魅力を備えた暖房器具だ。
異世界にはこんな暖房器具があるとは、異世界人は強靭な精神を持っているようだ。それか冬の間はこたつで冬眠でもするのかもしれない。恐ろしや、異世界。
すると、
「用務員室でいいんスか?」
こたつでぬくぬくと温まっていたスカイが、唐突に口を開く。
「しっかり捕まってるんスよ」
「副学院長、何を?」
ショウも想定していない事態に誰もが目を瞬かせる中、スカイは右手を軽く振った。
――次の瞬間、問題児と永遠聖女様の口から悲鳴が迸った。
《登場人物》
【ユフィーリア】こたつあったかい、出たくない。と思ったら何か副学院長が仕込んでやがった。
【エドワード】自然と膝の上に乗ってきたハルアをゆたんぽにする。
【ハルア】先輩の膝の上を占領して羽織がわりにする。背中あったかい。
【アイゼルネ】意外と抜け出せるかと思ったけど抜け出せなかった。
【ショウ】異世界にてこたつを再現。やったぜ。
【リリアンティア】悪魔のような暖房器具と聞いていたので負けないと意気込んでいたのだが、残念ながら負けである。
【スカイ】問題児が机を作っている間にちょっとしたものを仕込んでおいた。