第2話【問題用務員と暖房器具】
世の中はまだまだ寒い。
「ユーリ、紅茶が入ったわヨ♪」
「おう、助かるアイゼ」
南瓜のハリボテで頭部を覆い隠す美人お茶汲み係、アイゼルネにお礼を告げたユフィーリアは差し出された紅茶のカップを手に取った。
用務員室の隅に設置された長椅子の上に膝を抱えて座り、いつもの真っ黒い装束衣装の上から厚手のカーディガンを着込み、さらに頭から毛布と布団を被るという徹底した寒さ対策を施していた。「そこまで寒かったか?」と疑問に思われるだろうが、冷気が身体に溜まってしまう体質のユフィーリアからすれば寒いのだ。
環境維持魔法陣を突破するほど、外は寒波が猛威を振るっていた。昨日から寒波を届ける妖精が活発に行動しているので、身を切るような寒さが建物に施された環境維持魔法陣を突破して襲いかかってきている訳だ。さすがに暖房器具を使用しないとまずい。
ユフィーリアは温かい紅茶をちびちびと舐めながら、長椅子をぽすぽすと力なく叩いた。
「おい椅子、ちゃんと抱っこしろ。寒いんだよ」
「俺ちゃんを暖房器具代わりにしないでほしいんだけどぉ」
「ショウ坊とハルが帰ってきたらそっちを使うから、それまでの繋ぎの役割を果たせ」
「未成年組から悲鳴を上げられる奴じゃんねぇ」
ユフィーリアが座っているのは長椅子の上ではなかった。正確に言えば、長椅子の上に座っているエドワードの上だった。
筋肉量があるエドワードは、当然ながら体温が高い。なおかつ寒さにも耐性があるのでこうして暖を取っている訳である。暖房器具程度では間に合わないほど寒いのだ。
エドワードは仕方なしに布団の塊みたいな見た目と化したユフィーリアに太い腕を巻きつけると、
「逆に俺ちゃんが寒いんだけどぉ」
「うるせえ暖房器具」
「こいつ外に放り出してやろうか」
「やってみろ意地でもしがみついてやる」
布団の上からエドワードの太い腕が容赦なく締め上げてきて、ユフィーリアは「ぐええ」と潰れた蛙のような声を上げた。酷いことをされた。
「暴力だ、この暖房器具は暴力を振るうぞ」
「まだ締め上げられたいのぉ?」
「止めろ死ぬ!!」
これ以上は本当に絞め殺されそうなので、ユフィーリアはエドワードの膝上から逃げることにした。こんな暴力を振るう暖房器具は使えない。
いつもの定位置である用務員室の事務机に膝を抱えるようにして座ると、ユフィーリアは飴色の液体をちびちびと舐めるように飲む。温かくて身体の芯からポカポカしてくるようだ。
外は相変わらず寒いというのに、未成年組のショウとハルアはリリアンティアの酪農の手伝いに行ってしまった。今日は乳搾りを手伝うのだそうだ。リリアンティアが育てる乳牛から搾った牛乳は、クリームシチューにすると濃厚で凄く美味しかった。お菓子作りや料理などには非常に使い勝手のいい牛乳だった。
またもらえないかな、なんて思っていると、遠くの方から足音が聞こえてくる。
「母様、こんにちは」
「おう、リリアか。――後ろの袋は一体何だ?」
用務員室を訪れたのは、酪農の仕事をしているはずのリリアンティアだった。何故か一抱えほどもある大きな袋をずるずると引きずっている。まるでサンタクロースのようである。
袋の中身に見当がつかず、ユフィーリアは首を傾げた。そもそも酪農の仕事が終わったのであれば未成年組のショウとハルアも戻ってきてもおかしくないのだが、どうやらリリアンティアとは一緒にいなかったらしい。
リリアンティアはユフィーリアに引きずってきたばかりの大きな袋を示すと、
「被服室に行っていらない布のハギレや綿をいただいてきました」
「何するんだ、それ」
「ショウ様がパッチワークとやらを作ってほしいと」
パッチワークと言えば、布のハギレを繋ぎ合わせて1枚の布にする方式である。綿も持ってきたということは、布団のようにしろという要求に違いない。
ユフィーリアの手にかかれば布のハギレを繋ぎ合わせることだって、そしてそれを布団のようにしてふかふかにすることも造作もないのだが、どうしてそんな作業が唐突に湧いて出たのかが気になるところである。酪農に使うのだろうか。彼女の育てる牛や鶏は徹底的な温度管理のもとで育てられていると聞いたのだが、やはりこの寒波には耐えられなかったのか。
リリアンティアが袋の中身を広げながら、
「実はですね、ショウ様が暖房器具を作ると言っておりまして。現在は副学院長様の研究室にいるところです」
「副学院長のところ? また異世界の技術か?」
「おそらくそのようです」
真剣な表情を見せたリリアンティアは声を潜めると、
「なんでも、悪魔のような暖房器具らしいのです。強靭な精神力がなければ抜け出すことが困難になるとか」
「何でそんな危ないものが異世界に普通に流通してるんだよ。おかしいだろ」
異世界とは一体どんな修羅の国なのだろうか。悪魔のような暖房器具に耐えなければならないなんて、想像すれば想像するほど地獄のようなものが脳内で像を結んでしまう。
戦慄するユフィーリアをよそに、今度は別の音が用務員室に響き渡った。
音の発生源はエドワードからである。「何だろぉ」と首を傾げながら彼が懐から取り出したものは、通信魔法専用端末『魔フォーン』だった。誰かから通信魔法が届いたらしい。
画面に表示されていた相手の名前は、まさに話題に出していた人物だった。
「ショウちゃん、どうしたのぉ?」
『エドさん、お時間は大丈夫ですか? 今はお忙しいですか?』
「ユーリの椅子になるぐらいしかやることないから大丈夫だよぉ」
『羨ましけしからんですね、いくらだいちゅきな先輩とは言えども俺の愛する旦那様といちゃいちゃしていたら頭突きしますよ』
「今まで罵倒の連続だったよぉ。いちゃいちゃの要素は一体どこにあると思ってんのよぉ」
ユフィーリアも「そうだそうだ」と小声で訴えたらエドワードに睨まれた。今の表情とそれまでのやり取りを最愛の嫁であるショウに聞かせてやりたいぐらいである。
「それでぇ? 一体どうしたのぉ?」
『実は日曜大工マイスターのエドさんにお願いがありまして』
「そこまででもないけど褒められると気分がいいからお願いを聞いちゃうよぉ」
『机を作りたいんです。お手伝いをお願いします』
「机?」
魔フォーンから漏れ聞こえるショウの要求に、ユフィーリアも疑問を持たざるを得なかった。
リリアンティア経由で「布のハギレと綿でパッチワークの布団を作れ」と言ったり、エドワードに「机を作りたいんから手伝ってほしい」と要求したりとやろうとしていることが謎すぎる。一体何の暖房器具を作ろうとしているのか。
ショウはエドワードに一方的にお願いをしてから、通信魔法を切断する。碌な説明を受けないまま机作りに協力させられたエドワードは、酷く困惑した表情でこちらを振り返ってきた。
「まあ、悪いことではないだろ。手伝ってやれ」
「はいよぉ」
ユフィーリアの言葉を受け、エドワードは「じゃあ副学院長の研究室に行ってくるよぉ」と用務員室から出て行った。
さて、こちらはこちらで仕事をしなければならない。何せパッチワークで布団をご所望である。どのくらいの大きさにしなければならないのか、採寸をしなければならない。
リリアンティアの広げた布のハギレと綿は被服室から余り物としてもらってきたのだろうが、まだ心なしか物足りない気がする。ショウのことだ、大きな作品がいいだろう。
ユフィーリアはガタガタと用務員室の事務机の引き出しを開けながら、
「ハギレが足りない気がするから自前でどうにかしよう。アイゼ、用務員室にある綿とハギレをありったけ出してきてくれ」
「分かったワ♪」
「身共もお手伝いします!!」
こうして、よく分からないままユフィーリアたちは裁縫で布団のようなものを作り始めた。
《登場人物》
【ユフィーリア】あまりにも寒いと動けなくなる魔女。寒さが厳しくなると他人で暖を取り始める。
【エドワード】未成年組がいなかった場合の湯たんぽがわり。筋肉量があるから体温が高い。
【アイゼルネ】寒い時にはさすがに露出のあるドレスは着れないので、毛糸のワンピース常備。
【リリアンティア】寒くても元気。子供は風の子。
【ショウ】何やら副学院長のところで作業中。
【ハルア】裏では日曜大工の道具を片手に待機中。