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第1話【異世界少年と暖房器具】

 まだまだ寒い。



「さむさむ」


「さみさみだね!!」


「寒いですねぇ」



 ヴァラール魔法学院の用務員として勤務しているはずだが、何故か保健医が敷地内に展開中の乳牛の乳搾りを手伝っていた未成年組――ハルアとショウは、寒さに息を白く染めながら「寒い」と繰り返す。


 一方の乳牛の飼い主である保健医にして若き聖女様、リリアンティアは慣れた手つきで乳牛から乳を絞っていく。乳白色の液体がバケツを満たしていき、満タンになったところでハルアとショウが回収して鉄瓶の中に注ぎ込んでいくという仕事をこなしていく。

 果たしてこれは用務員の仕事なのかと疑問に思うだろうが、用務員は問題児としての方面が有名である。未成年組は今日も自由気ままに行動するだけだ。校内美化や備品の整理など興味なしである。


 リリアンティアは空っぽのバケツを抱えて立ち上がると、



「お手伝いありがとうございます。これで今日のお乳搾りは終わりです」


「次は鶏さん!?」


「そちらは今朝、身共が済ませましたので大丈夫です」



 乳牛の大きくて、なおかつもふもふとした毛皮が生え揃った背中を撫でるリリアンティアは、



「お乳を搾ってあげないと毛皮がパンパンに膨れちゃいますからね。健康にもよろしくないですし」


「ノースマウンテンマギアバイソンですっけ。バイソンって名前がついているのに乳牛なんですね」


「冬毛ですよ。夏には毛刈りをしなきゃいけないですね」


「何と」



 ショウは驚愕した。


 この乳牛、ショウの記憶にある通りの乳牛と同じぐらいの大きさをしているのだが、全身がもふもふの茶色い毛皮で覆われているのが何とも特徴的だ。ただバイソンの特徴に見られる歪曲した角はなく、頭頂部から牛らしい短い角が見えるだけだ。

 まさかこれらが全部冬毛とは、羨ましい限りだ。もふもふで暖かそうである。それらを刈って、防寒具にでも出来ればいいのだが。


 防寒具といえば、である。



「この世界の暖房器具はやっぱり魔法なんですね。ユフィーリアは何だか大きな水晶みたいなものに手を翳してましたけど」


「あれは『魔力式暖房水晶』ですね。魔力を与えると熱を発する水晶なんですよ」



 リリアンティアの説明を受け、ショウは「ほへえ」と納得したような声を上げる。


 常にヴァラール魔法学院は環境維持魔法陣のおかげで適温に保たれており廊下も部屋も暖かいのだが、やはり北側の辺境の地に校舎があるので寒い時は寒いのだ。特に朝の冷え込みはお布団から出られなくなるぐらいに寒い。

 たまにユフィーリアが用務員室の隅に置いてあるバケツに入った巨大な水晶に手を翳すことで部屋の温度が暖かくなるのだが、あれはやはり魔力で動いていた様子だ。環境にも配慮されたいい資源である。


 搾りたての牛乳を詰めた鉄瓶を台車に乗せたハルアは、



「ショウちゃんの世界にはどんな暖房器具があったの!? やっぱり火!?」


「そこまで原始的ではないなぁ」


「じゃあ毛皮!?」


「ハルさん、俺は密林を逞しく生きていた訳ではないぞ」



 何だか最近、先輩から密林にでも生息していたのかと言わんばかりの扱いを受けている気もしないでもないが、とりあえずショウは流すことにした。



「そうだな、俺の元いた世界では『ストーブ』とかが有名だが……」



 元の世界にあった暖房器具を思い出しながら、ショウはふと「あ」と声を上げた。



「暖房器具といえば、1つだけとんでもないものがあった」


「とんでもないもの!?」


「そ、それは一体……!!」



 ゴクリと生唾を飲み込むハルアとリリアンティアに、ショウは真剣な表情で語る。



「その暖房器具はあまりの暖かさに悪魔的なものだと有名でして、一度でも入ってしまうと抜け出すことは相当な精神力を有すると言われております」


「それは大変だ!!」


「強靭な精神力……!!」



 驚くハルアの隣で、リリアンティアが真剣な表情で「むむむ」と呟く。強靭な精神力を有する聖女様ならばぜひとも挑みたい相手ではあろう。


 なるほど、それならこの世界にも流行させてやるのが筋ではないか。ショウだけあの魔窟のような代物を体験して、この世界の仲良しな人たちがあの天国のような暖かさを享受できないのはあまりにも可哀想である。

 概要を伝えれば再現してくれる人物が、この世界には都合がいいことに存在する。今回も彼のお世話になろう。



「それでは、副学院長に作ってもらいましょう」



 問題児に次ぐマッド発明家と名高い副学院長ならば、ショウの理想通りの暖房器具が出来るだろう。



 ☆



「そんな訳で、これこれしかじかでこういう魔法兵器エクスマキナをプリーズします」


「徹頭徹尾よく分からないんスけど、とりあえず分かった」


「察しが早くて助かりますね」



 そんな訳で作ってほしい暖房器具を副学院長のスカイ・エルクラシスに伝えると、二つ返事で了承してくれた。どうやら今日の授業はもう終わりを迎えてしまったようで、暇を持て余していた様子である。

 ガチャガチャと、どこからともなく部品やら工具を取り出してくるスカイ。本日は暖房器具なので魔法兵器というより、家具作りから始めるそうである。


 木材を魔法で転送させてきたスカイは、



「机の天板の裏側に?」


「そうですそうです」


「なるほど」



 スカイは天板になりそうな板の面を眺めて、



「この面の中心に熱を発する魔法陣を書き込めば再現は可能ッスかね。問題は机の組み立てなんスけど」


「オレやりたい!!」



 しゅばッ、と立候補したのはハルアだった。


 今回は珍しく日曜大工みたいな作業が出てきたので、意気揚々と立候補していた。日曜大工ならばショウとハルアの先輩であり問題児男子組の長男であるエドワードがよくやっているし、2人も手伝うので慣れたものである。ショウも自力で小さな本棚を作ったことがあるぐらいだ。

 今回の作業では机を作らなきゃならないので、ちょっと大変な作業になるだろう。いくら手慣れているハルアがいるとはいえ、力仕事はやはり大人の手を借りたい。


 副学院長がノコギリを取り出してきたところで、ショウはハルアに待ったをかけた。



「ハルさん、エドさんを呼ぼう」


「何で!? オレでも出来るよ!?」


「多分出来ちゃうとは思うのだが、日曜大工は精密さが必要だと思う。机がガタガタになったらこの先の暖房器具を楽しめない。ここはやはり、慣れた人がいてくれた方がいいと思う」



 ショウの真剣な説得が功を奏したのか、ハルアはあっさりと納得して「そうだね!!」と応じていた。


 確かにハルアも日曜大工が出来るだろうが、机の脚の採寸などを間違えてしまうとガタガタになってしまう恐れがある。手慣れたエドワードならば材料も無駄にせず済むだろう。

 ただ、エドワードを呼ぶと確実に問題児の女性陣がついてくる。「何してんだ?」「何をしているのかしラ♪」なんて楽しそうに笑いながらついてくるに違いない。まあ別に明かしても問題はないのだろうが、どうせならここは驚かせたいところだ。


 少し考えてから、ショウはふと日曜大工の道具まで揃え出した副学院長に羨望の眼差しを向けるリリアンティアの姿を見やった。そうだ、彼女の存在があった。



「副学院長、綿とかありますか。ハギレとか」


「被服室に行けばあると思うッスけど……」


「ではリリア先生、被服室で不必要になった布のハギレや綿なんかを持って用務員室に行き、ユフィーリアとアイゼさんにパッチワークにしてほしいと頼んできてください。布も綿も大量にあることが望ましいです」


「承知いたしました!!」



 ショウのお願いを理解したリリアンティアは、特に疑問を持つことなく被服室に向かってしまった。これであとは通信魔法専用端末『魔フォーン』で先輩のエドワードを呼び寄せればいいだけだ。



「ところで、これ一体何を作ろうとしてるんスかね」


「暖房器具ですよ」


「机が?」



 首を傾げる副学院長をよそに、ショウはメイド服のエプロンドレスの衣嚢ポケットから取り出した魔フォーンで先輩に通信魔法を飛ばすのだった。

《登場人物》


【ショウ】ストーブはあったが温まると叔父夫婦から何を言われるか分からないので、暖房器具はもっぱらお布団。

【ハルア】お外が寒くても外で遊ぶし駆け回る。「お前は犬か」と上司から言われた。


【リリアンティア】最近、酪農にも手を広げた聖女様。農業も疎かにはしていませんとも!

【スカイ】小型の暖房器具『あっためーる君』なるものをローブの下に仕込んでいるので寒くない。

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