第9話【少女と竜騎士】
『それでは皆様、ここで新女王がレティシア王国まで凱旋します。盛大な拍手でお見送りください!!』
司会者の声が空に響き渡る。
ふと顔を上げると、大きな翼を広げた蜥蜴にも似た生物が大きく旋回してフロレイシア島に次々と着陸を果たす。その数は13匹にも及んだ。
全大陸統一スカイハイレースの舞台として使われた孤島に着陸を果たしたそれらは、物語上ではよく見かける幻想種『ドラゴン』である。ドラゴンには様々な制約があり、孵化から飼育、さらに乗ることまで様々な免許が必要となってくる伝説の生物だ。それらの資格は全て高難易度に設定されており、年齢制限もあってリタはまだドラゴンに関する資格を1つも持っていない。
そのドラゴンが13匹もリタの前に勢揃いしていた。しかもそれぞれ種類が違っており、色とりどりの鱗が冷たい潮風を受け止める。
「わあドラゴン!! ユフィーリアさん、ドラゴンですよドラゴン!!」
「リタ嬢、痛い。痛いから叩くのは止めろ」
興奮気味なリタは、バッシバッシとユフィーリアの肩を思い切り叩いてしまった。相手は自分よりも年上で、しかも全大陸統一スカイハイレースに出場しても他の選手と渡り合えるようにと鍛えてくれた恩師であるのだが、そんなことも気にせず叩く叩く叩く。それほどにリタは興奮していた。
だって目の前に魔法動物の代表格とも呼べる幻想種、ドラゴンが13匹もいるのだ。片っ端から種類を聞いて、どんな生態をしているのか調べたいところである。魔法動物に傾倒するリタにとってドラゴンは興味の対象だった。
ユフィーリアは興奮状態なリタの後頭部を掴み、
「ほらリタ嬢、よく見ろ」
「あ」
リタはようやく、ドラゴンの背中に誰かが乗っていることに気づいた。
それぞれのドラゴンには、煌びやかな軍服を身につけた人々が乗っていた。馬のように手綱を引かれて大人しくしているドラゴンから、彼らはひらりと降りてくる。
世界中でもドラゴンに乗ることが出来る人間は限られており、その数は13人が上限とされている。その13人は『竜騎士』と呼ばれ、子供から魔法動物の研究者に至るまで羨望の眼差しを一身に受ける存在だ。
そのうちの1人に、見覚えのある少年の姿が。
『えー、本年度の竜騎士の名前を読み上げます。アレク・ドーラン、ポーラ・サルヴァン、リドリー・トゥエル――』
13人の名前が次々と明かされていき、最後の最後で少年の名前が呼ばれた。
『女王凱旋の筆頭竜騎士、ハルア・アナスタシス』
見間違いかと思った。
よく似ている人かと思った。
自分のよく知る友人が、世界で13人しかいない竜騎士の1人だったことにリタは驚愕した。そういえば確かにたくさんの資格を持っていたから、
ドラゴンに乗る為の資格を持っていてもおかしくはない。
「竜騎士ってのは引き継ぎ制なんだ。今の竜騎士が新しい竜騎士を任命して引き継がせる形式な」
いつのまにか隣に並んだユフィーリアが言う。
「筆頭竜騎士ってのは、ドラゴンで最も速く飛ぶことが出来る竜騎士に任命される。ハルはな、全大陸統一スカイハイレースの前に開催された筆頭竜騎士任命戦で自力で優勝をもぎ取って筆頭竜騎士になったんだ」
ユフィーリアに背中を押されて、リタは軍服姿のハルアの前に転がり出てしまう。
いつになく真剣な表情で名前を読み上げられるのを待っていたハルアだが、リタはが目の前に現れるといつもの快活な笑顔を見せてくれた。蜂蜜を想起させる琥珀色の瞳が緩められ、まるで絵本の中の王子様のように手を差し出してくれた。
その手を握り返すのに、リタは酷く緊張した。もしかしたら全大陸統一スカイハイレースのスタートを待っている時よりも緊張したかもしれない。
おずおずと差し出されたリタの手を、ハルアが迷いなく握った。
「おめでとう、リタ!!」
「あ、ありがとう、ございます……」
満面の笑みでお祝いされ、リタはそう返すのに精一杯だった。
「乗って!! レティシア王国まで飛んで行こ!!」
「ど、ドラゴンに乗れるんですか!? 私、ドラゴンに乗れちゃうんですか!?」
「乗れちゃうよ!! 女王様の特権だね!!」
ハルアに手を引かれ、リタはすぐ側に控えていたドラゴンをようやく認識した。
見上げるほど大きな身体を持つドラゴンだが、それ以上に美しい。雪のような真っ白い鱗と、頭から尻尾までの全体を縦断するように生え揃ったふわふわの和毛。爬虫類を想起させる瞳の色は見る方角によって様々な色に変わる、不思議な色合いをしていた。よく見ると鱗もうっすらと7色の光をまとっている。
こんなに神聖で綺麗なドラゴンは、今まで見たことがなかった。おそらく鱗の光り具合から世界で最も美しいとされる『ジュエルドラゴン』だろうが、ジュエルドラゴンに白色の個体は存在しないはずだ。
導かれるままリタは真っ白なドラゴンに乗せられ、
「出発するよー!!」
「きゃあああああああ心の準備がまだああああああああ!?!!」
恋する乙女の心の準備など知ったことではないと言わんばかりに、ハルアは真っ白なドラゴンの手綱を揺らして大空に飛び立つ。リタの甲高い悲鳴が、冬の空に響いて消えた。
☆
びゅうびゅうと顔に吹き付ける風が冷たいが、身体は暑くて仕方がない。
真っ白いドラゴンに跨るハルアの背中に、リタは振り落とされないようにしがみついていた。軍服越しに感じる彼の背中は意外にも鍛えられていて、大きくて、ちゃんと異性であると察することが出来た。もう心臓は飛び跳ねまくり、あまりの出来事にくらくらと目眩を覚える始末である。
そんなリタの気持ちを知ってか知らずか、ハルアの手綱捌きは落ち着いていた。的確にドラゴンへ速度の指示を出し、あっという間に冬の海を超えて大空を自由に舞う。景色が後方に流れていく様は、まるで自分が空の支配者になったかのようだ。
ハルアは真っ白なドラゴンの背中を撫でると、
「この子ね、オパールちゃんって言うの!!」
「女の子なんですか?」
「そうだよ!! ジュエルドラゴンの色素異常個体って言ってね、世界でまだ3体しかいないんだよ!!」
なるほど、色素異常によって生まれた個体ならば知らなくても当然だ。色素異常個体は図鑑にも載ってこない。
オパールちゃんと呼ばれた真っ白なドラゴンは「くるるぅ」と甲高く鳴いた。挨拶をしてくれたのだろうか。ドラゴンの言葉を解する余裕がないので、リタもハルアを真似て真っ白なドラゴンの背中を撫でる。
頭から尻尾にかけて縦断するかの如く生え揃った和毛を指先で梳くと、非常にふわふわで気持ちよかった。ジュエルドラゴンの鱗は高値で取引されるほど珍しい素材だと言われているが、色素異常個体に生える和毛も蒐集家に狙われそうである。
「リタ、格好よかったよ」
しがみつきながら顔を上げると、ハルアが肩越しにこちらへ振り向いて笑った。
「いっぱい練習してたもんね。女王になれるって信じてた」
「ハルアさん……」
「だからオレもね、頑張ったよ」
ハルアは真っ白なドラゴンの背中を軽く叩き、
「リタを乗せてあげたいから、頑張って筆頭竜騎士になったの。リタもいっぱい頑張ったんだから、オレも負けてられないなって」
「…………ありがとうございます」
リタはハルアの背中に顔を埋める。
恥ずかしくて、顔を上げることが出来なかった。
多分きっと、今の自分の顔は真っ赤になっていて――それ以上にだらしなく顔が緩んでいるところを見られたくなかったのだ。
「私、ドラゴンに乗るのが夢だったんです」
「オパールちゃんは学院近くに住み着いてるから、またいつでも乗せてあげるからね!! たまに頭もガジガジされるけど!!」
「ぜひお願いします!!」
「リタなら言うと思った!!」
頭もガジガジされる夢見たいなことに食いついたら、ハルアは思い切り笑った。つられてリタも笑ってしまったのは言うまでもない。
それからレティシア王国までの短い距離を、リタはドラゴンの飛行を全力で楽しんだ。
《登場人物》
【リタ】子供の頃はドラゴンと一緒に飛びたくて箒に乗る練習をしていた。その夢も近いかもしれない。
【ハルア】ドラゴンに乗る資格を持った竜騎士。エドワードがドラゴンに乗っている姿を見て自分もやりたいと志した。今回、筆頭竜騎士はリタに内緒で目指したこと。
【ユフィーリア】スカイハイレースが殿堂入りしたので、次にどうやって早く飛ぶかを考えたら「ドラゴンだよな」と考えた。どうしてそこに至ったのか。