第8話【少女と取材】
――――がらんがらんがらーん。
鐘の音が鼓膜を震わせる。
開けた視界で確認したのは、雨のように降り注ぐ色とりどりの花弁。
それはまるで、勝者を祝福するように冬の空からふわふわと舞い落ちてくる。
『何と言うことでしょうか……こんな奇跡は久しぶりです……』
声を震わせ、次の瞬間、実況者が叫んでいた。
『数々の女王候補を退け、見事栄冠に輝いたのはヴァラール魔法学院代表選手――リタ・アロットだああああああああ!!』
箒に減速をかけ、リタは覚束ない足でフロレイシア島の地面に降り立つ。
空に浮かぶ無数の観覧席から、割れんばかりの喝采と津波の如く押し寄せてくる歓声が投げかけられる。あちこちから魔法で火花が上がったのは、ヴァラール魔法学院の生徒や教職員が調子に乗って祝砲の魔法を使用したからだろう。実況者から『魔法の使用はお控えください!!』と注意されていた。
まだ実感が湧かなかった。頭上から祝福の花弁がひらひらと雪のように降り注ぐも、これは夢か何かだと脳味噌がまだ現実を認識しようとしなかった。まだスカイハイレースは終わっていなくて、もしかしたら大技を決めたところで落下死してしまったがゆえに幸せな夢でも見ているのではないかと錯覚してしまう。
ようやく現実を認識できたのは、自らの相棒である箒が柄を使用して器用に脇腹を小突いてきた時だ。
「いたッ、ちょッ、箒君止めて……」
リタを押しやるように脇腹を何度も小突いた箒が、ある方向を示す。
それは、フロレイシア島に掲げられた巨大な砂時計であった。特徴的な形をした硝子の容器には青色の砂が詰め込まれており、リタがゴールをしたことで砂の動きは止まっていた。青い砂の上部には層になるようにして赤い砂が重なっているが、まだその部分にまで到達していなかった。
赤い砂の部分はこれまでの全大陸統一スカイハイレースに於ける、最速の記録だ。つまりリタは今回のレースで全大陸統一スカイハイレースの最速記録を更新したのだ。
最速記録を更新したという現実が、ようやくリタを全大陸統一スカイハイレースで1位になったという自覚を持たせてきた。
「え、嘘、私が1位!?」
ぶわりと冷や汗が噴き出る。
レースの時は無我夢中だったので何を口走ったかよく覚えていないのだが、とりあえず女王の最有力候補であるエローラに何かとんでもないことを言ったようなことは記憶にあった。今更になってレース中の記憶がじわじわと蘇ってくる。
リタは無礼にも、スカイハイレースの大先輩たちに啖呵を切ってしまったようだ。サァと顔を青褪めさせて周囲を見回すも、レースを終えた選手たちは新聞記者らしき人物たちに取り囲まれて取材を受けている最中だった。
「リタ嬢!!」
「あ、コーチ……私……」
コーチ役を務めてくれたユフィーリアが駆け寄ってきたかと思えば、リタの視界は何やら柔らかくてもちもちとしたものに塞がれた。顔いっぱいで受け止めるそれはマシュマロのような感触があり、とてもいい匂いがした。
その正体がユフィーリアの豊満な胸であるというのは、マシュマロの地獄に窒息させられそうになったリタが命からがら抜け出した時に知った。「枕以上に柔らかいものって存在したのか……?」と頭がどうでもいいことを考えてしまう。
ユフィーリアはリタの頭を思い切り撫でると、
「よく頑張った、頑張ったよリタ嬢!! 大会新記録も叩き出した最速の女王様だ!!」
「わにゃ、ゆ、ユフィーリアさん、あの頭が」
「最高に熱いレースだったよいやもう本当に応援歌をやってる時も悲鳴をあげそうになったしさ凄えわリタ嬢根性あるわ!!」
「もにょにょにょにょにょにょ」
ほっぺたも全力でもちもちと揉み込まれてしまい、リタは揉みくちゃにされてしまう。お祝いされているというのは理解できるが、あまりにも全力投球すぎる。
喜びを露わにしているのはユフィーリアだけではない。他の問題児たちも同じだ。エドワードからは大きな手のひらで頭を鷲掴みにする勢いで撫でられ、アイゼルネからはユフィーリア以上の豊満な胸に顔を埋められ、ショウからは炎腕による胴上げが行われた。リタの優勝を誰よりも喜んでいた。
ただ、肝心のハルアがそこにいなかった。どれだけ探しても彼の特徴的な赤い髪はフロレイシア島になく、少しだけリタはしょんぼりしてしまう。彼は一体どこに行ったのだろうか。友人のショウと一緒になってお祝いしてくれるかと思ったのに。
すると、
『それでは新女王のリタ・アロット選手にヒーローインタビューです!!』
実況者の声が一際大きく響き渡る。
その瞬間、今まで他の選手に取材をしていたはずの新聞記者が一斉にリタの元へ押し寄せた。バシャバシャと閃光まで瞬いて目が眩んだ。どうやら写真まで撮られている様子である。
ユフィーリアは取材にも慣れているのか、それとも単に珍しい光景が彼女にとって『面白い』とでも思っているのか、向けられる転写機のレンズに向かってピースサインなんかもしていた。今だけはその図太い神経が羨ましい限りである。
メモ帳を片手に距離を詰めてきた新聞記者たちから矢継ぎ早に質問が投げかけられる。
「一体どのような練習を」
「久しぶりのヴァラール魔法学院の優勝に関して何か」
「女王の最有力候補だったエローラ選手と戦って」
「将来的には他の国に所属してスカイハイレースに」
質問が終わらないうちに次の質問が飛んできて、リタは「え、あう、あうあうあう」と呻くばかりだった。何から答えていいのか分からなかった。
「おらァ、この節操なしども!! うちの選手が優勝して盛りのついた動物よろしく興奮するのは結構なことだが、まずは並べ!! 一気に質問を投げつけてんじゃねえぞ!!」
「選手を困らせてまで取材するなんて何様のつもりぃ?」
「あらあらマナーのなっていない記者さんはお仕置きかしラ♪」
「海に投げ込むアクティビティがご所望ですか」
新聞記者に取り囲まれて混乱するリタを救ってくれたのは、ユフィーリアを含めた問題児集団だった。質問を矢継ぎ早に投げかけてくる記者たちからリタを引き剥がし、整列するように命じる。
さしもの相手は七魔法王――それも存在そのものを消し飛ばすことが出来てしまう第七席【世界終焉】である。文句を言えば間違いなくこの世からオサラバになることを恐れたか、新聞記者たちは顔を青褪めさせながらも命令に従った。
最初にリタの前に立った新聞記者は、小柄な女性だった。ハッとした表情を一瞬だけ見せたと思えば、慌ててメモ帳を取り出す。
「日刊『女神の泉』新聞です、この度は優勝おめでとうございます!!」
「あ、ありがとうございます」
新聞記者の女性は形式的な祝福の言葉から取材に入り、
「最年少で全大陸統一スカイハイレースに初出場し、見事に女王となりましたが今のお気持ちはいかがでしょうか?」
「まだちょっと実感が湧かないです。私、本当に女王になっちゃったのかな、なんて……」
「どれほど練習して今日のレースに挑みましたか?」
「1週間の授業を必修科目だけに切り替えて、あとは全日スカイハイレースの練習に当て込みました。箒は毎日触っていたんですけど、あの、ドロップフリップとかアップリフトの練習はひたすら毎日繰り返して……」
新聞記者の質問に答えていくうち、リタは「あ」と思い出す。
「そういえば、ツインズダイヴは練習してませんね。コーチが『危ないから』って練習を許してくれなかったんです。過去の記録映像を学校の先生から借りて、何度も見て、もうぶっつけ本番で挑戦しました」
新聞記者の集団から「ええ!?」と驚いたような声が上がる。
そう、2つ並んだ円環を箒と一緒に同時に飛び込む命知らずの危険な大技――ツインズダイヴに関しては、ユフィーリアが「危ないから、あれは正攻法で行こう」と練習させてくれなかったのだ。練習の時はひたすら8の字飛行ばかりしていた。
それでもリタがツインズダイヴなんて危険な技に手を出したのは、初出場で初優勝を飾ったユフィーリアの姿に憧れたからだ。ドロップフリップやアップリフトの技は成功させて、あの最後のツインズダイヴもやりたいとリタ本人がそう望んだのだ。
呆気に取られていた記者の女性は、
「さ、最後に、今後の目標についてお伺いさせてください」
「目標……」
リタはふと、コーチであるユフィーリアを一瞥した。
彼女はかつて、初出場で初優勝という伝説を打ち立てた。さらにそこから5回にも渡って全大陸統一スカイハイレースに出場して優勝をし、殿堂入りとなって勇退した。その伝説は未だ打ち破られていない。
リタも今回初めて全大陸統一スカイハイレースに出場し、初優勝を飾ることが出来た。この部分は過去のユフィーリアの記録と並んだことになる。
それなら、次の目標は決まったものだ。
「私、まだ1学年なんです」
「はい、そうですね」
「ヴァラール魔法学院って6学年制なんです」
「はい」
新聞記者の女性を前に、リタは綺麗な笑顔で言う。
「卒業まであと5年――それまで毎年ヴァラール魔法学院の代表選手として全大陸統一スカイハイレースに出場して優勝し、コーチの殿堂入りの記録を抜かします!!」
大きく出た目標に、会場の誰もがどよめいたのは言うまでもない。
《登場人物》
【リタ】大会新記録を叩き出した最速の女王様。このあとしっかりエローラからサインももらったしホクホクである。
【ユフィーリア】危ないのでツインズダイヴは教えなかったが、かつて自分が挑戦した大技を見れて驚き。度胸ありすぎだろ。
【エドワード】ユフィーリアがやったツインズダイヴしか見たことないから新鮮。
【アイゼルネ】後輩の可愛い女の子がこんなに立派になったと喜び。
【ショウ】見てください! この人、俺のお友達です! 見て! 見ろ!!!!