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第7話【少女とツインズダイヴ】

『レースは依然としてリタ・アロット選手が1位のままです!! 僅かな差をつけてエローラ・ドリー選手が追いかけます!!』



 背後から迫ってくる選手からのプレッシャーから逃げるように、リタはひたすら箒にしがみついて空を駆ける。


 コーチである銀髪碧眼の魔女から教えてもらった大技『ドロップフリップ』が成功して1位に躍り出たものはいいが、今までは追う側だったのにも関わらず現在は追われる側となっている。1位を維持するのに必要な状況だが、背中からひしひしと伝わってくる緊張感がリタを追い立てる。

 暑くもないはずなのに、手のひらにじんわりと汗が滲んできた。このまま1位を維持できればいいが、女王の最有力候補と名高いエローラはすぐそこまで迫っている。抜き去る瞬間はあっという間だ。


 すると、



「――――、あれは」



 リタの口から思わず言葉が漏れていた。


 目の前に現れた円環は、逆向きに極光色の光が見える。侵入方向が反転しているのだ。本来ならこの円環が出てきたら大きく回って侵入方向を示す極光色の光の方角めがけて飛び込まなければならないのだが、リタはこの時の飛び方の対処法を教えてもらった。

 グッと箒の柄を握りしめると同時、視界の端に綺麗な金色の髪が見えた。エローラがついに加速をしてリタを抜かしていったのだ。その時の余裕の表情は、リタの闘争心に火をつけた。


 エローラは円環の脇を潜り抜け、大きく旋回して戻ってくる。その様子を見ながら、リタは箒の柄を持ち上げた。



『ッ、リタ・アロット選手が円環を飛び越した!? いや、これは、――!!』



 円環を潜り抜ける寸前で急上昇し、箒に乗りながら前転するように体勢を変更。円環を飛び越し、上下逆さまの状態でリタはエローラより先に円環を潜り抜ける。

 上下逆さまのまま円環からもたらされる加速の加護を受け、ごう、と耳元で鳴る風の音を聞きながら体勢を元の状態に戻す。円環の上から飛び越すように通過する大技『オーバーフリップ』だ。上手く成功してよかった。


 大技を二度も成功させて安堵の息を吐くリタは、興奮状態の実況の声を聞く。



『リタ・アロット選手、アップリフトも成功させてきたぁ!! こんな隠し玉も持っているとは、今年の最年少出場選手は一味違うぞ!?』


「あれ?」



 実況者は先程の技を『アップリフト』と紹介した。リタが教えてもらった技名が違う。

 おそらく、時代が変遷するにつれて呼び方も変更となったのだろう。コーチが活躍したのはヴァラール魔法学院がまだ創立した当初のことだと言っていた、予想では500年より前の話になるはずである。少なくとも500年も経過すれば、スカイハイレースの内容も変わってくる。


 感心するリタは、背後から聞き覚えのある声を聞いた。



「やるじゃない」



 視線だけ肩越しに投げかければ、やたら不敵に笑うエローラが迫ってきていた。ずっと後方につけているのは風除けにでも使っているのだろう、表情にも余裕の態度が滲み出ている。

 さすが百戦錬磨のスカイハイレースで勝ち続けていた選手だ。リタは今のレースに手いっぱいなのに、エローラは余裕綽々とした姿を崩さない。自分の勝利を確信しているのだ。


 何も答えないリタに、エローラが構わず続けてくる。



「これで勝ったと思わないことね。女王は私のものよ」


「わあ、さすがエローラ選手です!!」



 強烈な重圧を与えてくる熟練者の選手に、リタは清々しいほど綺麗な笑顔で答えた。



「じゃあ私も負けていられませんね!!」


「ッ!?」



 エローラが息を飲んだにも関わらず、リタはさらに加速をした。びゅん、と風が耳元で悲鳴じみた音を上げる。


 女王の最有力候補であるエローラはもとより、他の熟練の選手ですらその光景には驚いたものだろう。何せ限界ギリギリだと思っていたリタがさらに加速をしたのだ。まだこれが本気の加速ではないと知ると、他の選手の表情からも余裕がなくなる。

 実況者は興奮気味に『リタ・アロット選手、さらに加速!! 選手団を突き放していきます!!』と叫ぶ。背中を押してくれるコーチたちが奏でる応援歌も相まって、リタは凄まじい勢いで後方に流れていく景色に気分が高揚した。


 ――この時、ヴァラール魔法学院のごく一部の関係者しか知らない情報がある。


 スカイハイレースの選手はひたすら箒を乗って加速をつける練習を繰り返し、誰よりも速く飛ぶことこそを至上としている。まさに箒を完全に支配下に置く、言わせてみれば傲慢な飛び方をするのだ。

 リタの場合、毎日のように箒に触れて速く飛ぶようにしている。リタは空を飛ぶ魔法動物を追いかけたり、冥砲ルナ・フェルノで自由に空を飛ぶショウやハルアと日頃から競争したりしているので、自然と速く飛ぶ技術を身につけているのだ。箒も速く飛ぶことに慣れているので、スカイハイレースの加速程度にもまだまだ慣れている訳である。


 つまり、スカイハイレースで生活費を稼ぐ選手と同等以上の練習を、リタはほぼ毎日のようにこなしていた計算になる。



「あ」



 最前線を飛ぶリタの目の前に、新たな円環が現れる。


 その円環は、横に2つ並んでいた。本来の飛び方としては8の字を描くように飛ぶことで通過となるのだが、技術がなければ8の字飛行に大幅な時間を使用してしまって順位を落とす羽目になる。

 しかし、リタは円環を確認した時点で上昇を決めた。ふわりと高度を上げて、流星の如く勢いをつけて円環めがけて突っ込んでいく。


 やることは決まっていた。過去からすでに学んでいる。



「箒君!!」



 リタは叫ぶと同時に、箒から飛び降りた。


 誰もが息を飲んだ。

 まさに自殺行為とも呼べる飛び方だった。空中を舞うリタの身体はあまりにも無防備であり、向かう先は円環だったとしても、箒から飛び降りる真似は危険すぎる。命を捨てるにも値する行為だ。


 それでも、





 ――しゃり、しゃりん。





 立て続けに鈴の音が鳴る。


 リタの身体は片方の円環を通り抜け、それとほぼ同時にリタという主人を失った無人の箒が自らの意思で隣の円環を通り抜けたのだ。

 重力に従って冬の海に落ちようとしているリタの真下に、風の如く箒が滑り込んでくる。箒へ飛び乗るかのようにリタは滑り込んできた自らの相棒の上に着地を果たすと、その勢いのまま再び飛び出した。


 誰もが唖然とした。レース中の選手さえ、口をあんぐりと開けて遥か彼方に遠ざかっていくリタの背中を呆然と眺める他はない。



『嘘だ……こんなの……!?』



 ただ1人、実況者だけはたった今起こった出来事を言葉にしようと必死だった。



『過去1人しか成功者のいない超難関の大技、ツインズダイヴ!? これは何だ、夢を見ているのかぁ!? 最年少で全大陸統一スカイハイレースに出場したリタ・アロット選手、そのレース運びはまさに伝説の女王として名を馳せる彼女の再来かぁ!?』



 わあああ、と歓声さえ置き去りにし、リタはゴールを目指して最後の加速をする。重力が容赦なく襲いかかり、内臓が持ち上がるような不快感がやってくるも、箒の柄を強く握りしめてリタは耐える。



「――待ちなさい、このッ!!」



 背後から迫るエローラが、鬼のような形相で叫んだ。



「魔法の勉強しかしてこなかったような子供が、どうしてこんなに速いのよ!!」



 必死で追い縋るエローラに振り返り、リタは綺麗な笑顔で返した。



「魔法とは常に危険と隣り合わせです。下手に使えばすぐに死んでしまいます。私たちは、毎日必死で魔法の勉強をしているんです」



 少しの判断で生死を分つのが魔法というものだ。手順を間違える、魔法陣を書き間違える、薬草を投入するタイミングを遅らせる、動物に対して間違った作法で接する――それら全ては魔法を学ぶ名門魔法学校所属の生徒として死を意味する。

 リタにとって箒から飛び降りるような危険な行為は、魔法を学ぶことと同じぐらい命懸けの行為だ。いいや、日々の勉強に比べれば遥かに助かる確率の高い行動である。


 そして、リタな今まで浮かべていた笑みを消す。どこまでも真剣だった。



「命を懸けることすらせず、ただスカイハイレースに従事することを選んだ貴女に『魔法しか勉強してこなかった子供』だなんて言われたくないです!!」



 誰でも魔法を学ぶことが出来る世の中に於いて、エローラは魔法を学ぶことを選ばなかった。我が身の方が可愛かったのだ。

 命を懸けることを選ばなかった臆病者に、『魔法の勉強しかしてこなかった子供』と言われる筋合いはない。


 ――そして、審判の時が下される。

《登場人物》


【リタ】魔法を学ぶ上で、命を懸ける場面は何度もあった。箒から飛び降りるなんて四肢を吹き飛ばすよりもマシである。どうしてそんな度胸がついたのかは、問題児と行動していればそうなるから。

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