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第6話【少女と応援歌】

 リタが選手集団の後方の位置を保ってから、レースは中盤に差し掛かった。



『さあ、レースも中盤です。トップを独走するのはやはりレティシア王国代表のエローラ・ドリー選手!! このまま女王の冠を奪うことになるのでしょうか!?』



 レースが中盤に差し掛かったところで、実況の声にも熱が籠る。


 ツイと顔を上げると、選手集団の先頭を飛んでいるのは金髪で凛々しい顔立ちの女性――エローラがいた。箒の速度を上げれば追いつけないこともないが、無理な加速は箒の体力を無駄に消耗してしまって後半で失速という事態は避けたい。

 特に、リタが勝負に出るべき時間は中盤から後半にかけて増える、意地悪な円環の出現からである。今はまだ進行方向に沿って侵入方向を示す極光色の輝きはあるものだが、これから偽物や逆方向から入ることを強要される円環が出現すると考えただけで胃が痛くなる。


 ドキドキと鼓動がうるさい心臓を服の上から鷲掴み、リタは深呼吸をする。



(大丈夫、しっかり練習もした。やれるだけはやった)



 あとは、その拙い技術がどこまで通用するのか。見極める必要がある。



『レースも中盤に差し掛かり、ここで応援歌の時間です!!』



 観覧席の方向から黄色い歓声が上がる。


 応援歌といえば、スカイハイレースの中盤から後半にかけて披露される歌唱魔法のことだ。リタも何度か耳にしたことがあり、確かに背中を押されるような曲だったことは記憶にある。

 だけど、果たしてそれで勇気をもらえるのかが分からない。この全大陸統一スカイハイレースで披露される歌唱魔法のレベルは高いものだからきっと勇気はもらえるのだろうが、リタが得られる勇気は他の選手よりも少ないだろう。


 勇気をもらえるとすれば、友人たちが披露してくれる異世界の歌の方がまだ――。



『あ、何をするんですか!? 誰だあんた!!』


『うるせえ、ヌルい歌なんかで選手が真面目に走れると思ってんのかお前!!』



 蒼穹に響き渡ったのは、聞き覚えのある問題児の声だった。慌てたような実況者の声に、凛とした百合の花を想起させる声が叩きつけられる。


 選手が困惑したように速度を僅かに緩める中、リタが認識したのはフロレイシア島に設置された舞台で実況者と取っ組み合いの喧嘩をしている5人の知り合いだった。特にそのうちの銀髪碧眼の魔女が実況者に寝技を仕掛けている隙に、続々と楽器が舞台上に運び出されていく。

 楽器の準備が終わった頃に、銀髪碧眼の魔女がメイド服姿の少年から投げられたマイク型の魔法兵器エクスマキナを受け取った。実況者は寝技をかけられた影響で舞台に大の字で伸びている。もうどうなってしまうのか、未来が見えたような気がした。



『今年の応援歌は異世界で有名な歌だ、しっかり聴いて後半のレースに備えろよ!!』



 そう言うと、空に楽器から奏でられるものとは思えない鋭くも綺麗な音楽が流れる。





 ――――――――♪!!





 音楽に合わせて、異世界の言葉で紡がれる歌が響き渡った。


 歌声がリタの鼓膜に突き刺さった瞬間、不思議とバクバクと跳ねていた心臓が落ち着く。こんなに一瞬で支援効果が得られるなんて、やはり歌唱魔法は異世界の歌が最も効きやすいのだろう。

 問題児のみんなは、レース会場から追い出されるかもしれないという危険を承知で舞台を占拠した。そうまでしたのは単に『面白いから』という理由だけではないだろう。



「ありがとうございます、コーチ」



 リタは箒を握りしめ、



「私、頑張ります!!」



 前傾姿勢となって円環を通り抜け、加速の恩恵を受けてさらに進む。


 応援歌の支援効果を受けたことで、スカイハイレースはより過激なものとなった。異世界の歌にはやはり応援歌としての効果が見込めるようだ。

 選手の速度が徐々に上がっていく中で、リタもまた速度を上げる。びゅんびゅんと風が耳元で音を立てる。風の音よりも大きく、応援歌として奏でられる歌声が鼓膜を震わせる。


 その時、リタの目の前に現れた次の円環で問題が起きた。



(あれは……!!)



 次に現れた円環に、極光色の光が見えない。侵入方向が示されていない。


 急いで視線を周囲に巡らせると、下方に別の円環が存在した。下方の円環には侵入方向を示す極光色の輝きが確認できており、おそらくあれが本物の通り抜けるべき円環なのだろう。

 しかし、選手はそんなことなど気づいていないのか、次々と偽物の円環を通り抜ける。通り抜けた際に得られる加速の恩恵がなく、しゃりんという音もしなかった。エローラを含めた選手は、わざと偽物の円環に飛び込むというパフォーマンスを披露したのだ。



 ――嫌いなんだよな、そういうの。



 コーチの言葉が脳裏をよぎる。


 おそらく誰もが気づいていただろう、偽物の円環の存在。わざと通り抜けるパフォーマンスは愚かさを演じて観客を楽しませるものだろうが、ここで愚かさを見せつけたところで意味などあるのか。

 コーチは「そんなことをしないでも、観客を魅せる方法なんていくらでもある」と言っていた。その方法も学んだ。



「箒君」



 リタは自分の箒に語りかける。



「私、絶対に1位になりたい。女王になって、ハルアさんから『格好よかった』って言ってもらいたい」



 箒の柄が、僅かに上下した。「任せて」とでも言うかのように。



「ありがとう、箒君」



 リタは箒の柄を撫でると、くるんと箒の柄を軸にして自分の身体を反転させた。

 視界が180度反転して、上下逆さまの状態になる。反転した視界で確認できたものは、大きく回りながら下方に設置された円環に向かおうとする選手たちだった。やはりわざと偽物の円環を通り抜けるパフォーマンスだったのだ。


 箒に上下逆さまの状態でしがみついていたリタは、



『ッ、リタ・アロット選手は何を――――!?』



 気絶から回復した実況者が目を覚まし、慌てた声を聞きながらリタは箒から手を離した。


 自由落下を開始するリタの身体。重力に導かれるまま冷たい空気を押し潰し、引き裂くようにくすんだ冬の海へと向かっていく。

 容赦なく内臓が持ち上げられる感覚に、身体が縮こまる。「このまま本気で成功しなかったらどうしよう」という恐怖心もある。見開いた目で確認できた世界には、顔を引き攣らせて落ちるリタめがけて飛んでくる選手たちの姿が映った。ああ、どうやら落ちた先がちょうど1位になれる場所だったようだ。


 リタは右手を掲げると、



「箒君!!!!」



 悲鳴じみた声を上げた瞬間、リタの右手に流星の如く飛来した箒が滑り込んだ。


 反射的に右手で箒の柄を握りしめ、そのままの勢いを保った状態でリタは背後にある円環を通り抜ける。しゃりん、という鈴の音。加速の恩恵を受けたことで箒はリタを引き摺るようにしながら空を飛ぶ。

 両手で箒の柄を掴んだリタは、よじ登るようにして箒に跨った。それから前傾姿勢で加速すると、次に現れた円環を潜り抜ける。さらに加速の恩恵を受けて、リタは選手団を置き去りにしてぐんぐんと速度を上げていく。



『な、な……なぁ……!?』



 リタのやったことを前に、実況者どころか観覧席全体が静まり返る。


 命を捨てるにも等しい行動だ。箒から飛び降りる選手なんて、スカイハイレースの場に存在しないと言ってもいいぐらいだ。

 リタも不安だったが、こうして成功した。1週間、コーチがみっちりと稽古をつけてくれたのが功を奏したのだ。



『何と言うことでしょうかあ!! リタ・アロット選手、高難易度のドロップフリップを華麗に決めたぁ!?!!』



 わあああ、と観覧席が総立ちで湧き上がる。



『最年少出場のリタ・アロット選手、選手団の後ろにつけていたのはこの大技を隠し持っていたからかぁ!! これでリタ・アロット選手、1位に躍り出ます!!』



 実況の声と応援歌に背中を押され、リタはさらに加速をする。


 ここからが反撃だ。

 最年少の選手と侮った大人たちも、煽りで優位に立とうと企んで選手も、みんなまとめて置き去りにしてやる。

《登場人物》


【リタ】練習を重ねていたドロップフリップを成功。怖かったけど成功してよかった。やる時はやる子。

【問題児ども】応援歌を乗っ取り。歌姫? 海にボッシュートしたよ?

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