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第4話【少女とスタート】

 選手入場まで5分前である。



「わ、わあ、ミィナだ……前回女王だぁ……」



 舞台脇からこっそり全大陸統一スカイハイレースの前回女王であるミィナを眺めながら、リタは密かに感動していた。


 前回女王と言えば、大会の新記録を更新した『流星の女王』と呼び声の高い人物である。まだまだ活躍を期待されていたのに、全大陸統一スカイハイレースを最後に引退してしまったのは惜しかった。

 風の速度を超え、空を駆る姿はもはや流星の如しと言われていた。その姿はリタも記憶にある。彼女の前で飛ぶのはさすがに少しばかり緊張する。


 注目しているのは前回女王だけではない、今回のスカイハイレースに出場するのは他のレースでも表彰台に上がってきた猛者ばかりだ。



「レティシア王国代表のエローラだぁ……あわわ……」



 視界の端をよぎった金髪で凛々しい顔立ちの選手は、レティシア王国代表のエローラだ。今年度のスカイハイレースを制した優秀な選手であり、今回の女王最有力候補と呼ばれている。

 他にも様々なスカイハイレースに出場してきた有名な選手が何人もいた。中には前回の全大陸統一スカイハイレースに出場した熟練の選手も存在する。そんな中で飛ばなければならないのかと考えただけで胃が痛くなってくる。


 有名選手に目移りするリタの前に、1人の選手が立ち塞がった。



「ご機嫌よう」


「わあ、アーリフ連合国代表のローザ・エヴァンナさんですか!?」


「あら、知っているのかしら」


「もちろんです!! エージ海でのレース、見事な飛びっぷりでした!!」



 興奮気味に言うリタに満更でもなさそうな態度で「そう」と返すのは褐色肌の女性――アーリフ連合国代表の選手、ローザ・エヴァンナであった。

 彼女の活躍は海の上を長時間に渡って飛行するルールのスカイハイレース『エージ海マラソンスカイハイレース』で上位の成績を収めたことで知っていた。速く飛ぶことはもとより、長時間に渡って飛行を続ける忍耐力のある選手として有名である。


 尊敬の羨望の眼差しをリタから受け取るローザだったが、途端に表情を真剣なものに戻して言う。



「あなた、最年少でスカイハイレースに参加するんでしょう」


「はい!! 精一杯頑張ります!!」


「あのね」



 ローザは柳眉を寄せると、



「他の大会ならいざ知らず、全大陸統一スカイハイレースは遊びじゃないのよ? 特にお勉強しかしてこなかった真面目なお嬢ちゃんなんか出る幕はないわ」


「…………」



 リタは瞳を瞬かせた。


 これは俗に言う『煽り』なのではないだろうか。熟練者の選手が若手を牽制する試合前の恒例行事的な話を、コーチである銀髪碧眼の魔女から聞いた覚えがある。試合前に『煽り』という手段を使ってくる選手は大半が自分の実力に自信がなく、他人の実力を牽制することで優位に立とうという心象の表れだと教わった。

 なるほど、このローザという選手は自分の実力に自信がないらしい。自信のなさゆえに、このように年下であるリタに牽制をして自分を優位に立たせようとしているのだ。


 しかし、残念ながらリタには度胸が備わっていた。自覚はしていないが、たとえ自分が悪いと思ったことなら相手が誰であろうと「それは悪いことですよ」と言えるぐらいの度胸は、あの問題児すらも認めるほどだ。



「あの、エヴァンナ選手。失礼ですが」


「何かしら?」


「私の箒を爆破するつもりですか?」


「はあ!?」



 リタが投げかけた質問に、目の前の褐色美人は目を剥いた。



「爆破!? 誰がそんな危険なことを!?」


「ですよね。では私のことをわざと怪我をさせたりとか、呪いで体調不良とか、そういうことをお考えでは?」


「ある訳ないじゃない!!」


「ですよねぇ」



 即座に否定するローザに、リタは朗らかに笑いながら告げる。



「ここはヴァラール魔法学院ではないですから、呪術でライバルを体調不良に追い込んで妨害したりとか、レース中に魔法で撃ち落とされる心配もないですもんね。私なんか、学校主催のスカイハイレース前に箒を爆破されてしまって大変だったんですよ」


「え……え?」


「そうですよね、全大陸統一スカイハイレースですもんね。飛ぶだけに集中していればいいんですから、爆破とか撃墜とかそういうことに意識を割かなくてもいいですもんね。いやぁ、本当に皆さんがそういった危険な魔法を使うような魔女の方々じゃなくてよかったです!!」



 にこやかに告げるリタは、



「ではエヴァンナ選手、お互いに頑張りましょうね!!」


「え、ええ……」



 若手を牽制する方法で自分を優位に立たせようと目論んだローザだったが、リタの口から語られるとんでもねー内容に戦意喪失の状態になってしまった。レース開始5分前なのに、アーリフ連合国代表の選手の戦意を意図せず刈り取ってしまった訳である。

 だが、残念ながら事実だった。ヴァラール魔法学院の体育祭で執り行われたスカイハイレースは速く飛ぶことはもとより、魔法で撃墜とか箒を爆破とか選手を呪術で途中棄権とか転移魔法で選手をどこか別のコースに飛ばしたりとか、色々な小細工への対策が重要になってくるのだ。飛んでいるだけでいいなんて、リタからすれば天国である。


 世の中にあるスカイハイレースの中でも最も過酷な中を生き抜いたリタは、密かに「緊張したぁ」なんて言いながら選手入場まで待機するのだった。



 ☆



『さあ、選手の入場です!!』



 司会者の号令を受けて、選手は一斉に箒へ跨って空を飛ぶ。


 リタも箒に飛び乗ると、地面を蹴って冷たい冬の空に舞い上がった。先に飛んでいく選手の背中を追いかけるように、ぐるりとスカイハイレースの会場を1周する。

 虚空に浮かぶ無数の観覧席、凍てつく空気の中をふわふわと漂うレース用の円環。鼓膜を刺激する歓声と万雷の拍手が、リタの気持ちを高揚させる。観覧席を見渡すと、多くのヴァラール魔法学院の制服を着た生徒や見覚えのある先生たちの顔が確認できた。



「リター!!」


「リタさん頑張れー!!」



 聞き覚えのある声に、リタは顔を上げた。


 無数の観覧席の中、煌びやかに飾った大きな団扇をぶんぶんと振り回す赤毛の少年と可愛らしいメイド服に身を包んだ少年の2人の姿が目に留まった。彼らのすぐ近くにはリタを鍛え上げたコーチの姿と、練習に励むリタを応援してくれた用務員の大人組の姿もある。

 彼らも応援に来てくれたのだ。せっかくお金を払ってこの場に来てくれた大事な人たちの為にも、格好悪い姿は見せられない。



「頑張ります、見ていてください」



 言葉は届いていないかもしれないが、リタはそんな気持ちを込めて手を振り返した。観覧席の2人の少年はリタが手を振ったことで「オレに手を振った!!」「ファンサだファンサ!!」とはしゃいでいた。


 ぐるりと観覧席を1周したところで、リタたち選手は横1列にスタートラインへ並ぶ。

 空中に魔法で引かれた赤い線が、スカイハイレースのスタートラインだった。選手の並びは順不同である。ここから一斉にスタートし、誰が速く飛べるか競うのだ。



「リタ・アロットだったかしら」



 隣から声をかけられた。

 ふと視線を隣に移すと、金髪に凛々しい顔立ちの選手――エローラ・ドリーがいた。今回の女王最有力候補である。


 リタは「ひゃわッ」と甲高い悲鳴を上げ、



「エローラ・ドリー選手!! あとでサインください!!」


「この状況でサインをねだれる根性は尊敬するわ」



 エローラは優雅に微笑むと、



「お互いに最善を尽くしましょう」


「はい!!」



 今回の女王最有力候補から激励の言葉を送られ、リタも気合十分で返す。たとえ女王最有力候補だとしても、負けられない。



『さあ、カウントダウンです。3!!』



 リタは箒の柄を握りしめる。



『2!!』



 姿勢を前傾に。



『1!!』



 呼吸を最小限に。



『スタート!!』



 カーンというスタートを告げる鐘の音が空に響くと同時に、選手は一斉にスタートラインから飛び出した。

《登場人物》


【リタ】度胸だけはクソあるヴァラール魔法学院の1学年の少女。学校のスカイハイレースは妨害が前提だし、自分も箒を爆破されたりしたが、今回のスカイハイレースは気にしなくて良いからお気楽。

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