第3話【問題用務員とスカイハイレース開幕】
揉め事を起こして連行される子猫のように連れ戻されると思いきや、何やら満足げな表情で未成年組が戻ってきた。
「ただいま!!」
「ただいまです」
「お帰り」
「お帰りぃ」
「お帰りなさイ♪」
観覧席に戻ってきたショウとハルアは、指定席にどっかりと腰掛ける。それから戻ってくる途中で購入したらしいジュースの瓶で乾杯をしていた。
彼らの態度を伺うと、おそらく友人の少女と顔を合わせることに成功したようだ。運営側と揉め事を起こして連れ戻されるのではないかとヒヤヒヤしたものだが、案外何事もなくてよかった。未成年組の場合、下手をすればお暴力行使で連れ戻されるどころかスカイハイレースの観戦すら出来なくなる可能性だって考えられた。
ユフィーリアは楽しそうにジュースの瓶を傾けるハルアとショウを見やり、
「リタ嬢には会えたか?」
「『頑張る』って言ってたよ!!」
「選手控え室の緊張感にやられてそうだったけど、何だか平気そうに見えた」
「そっかぁ」
嬉々として報告してくる未成年組に、ユフィーリアは「よかったな」と応じる。
「ところでユフィーリア」
「どうした、ショウ坊。何かあったか?」
「運営側の人に呼び止められた時、ハルさんが何か魔法のカードのようなものを見せたんだ。そうしたら顔を青褪めさせて『すみません』なんて謝ってきて」
「ああ」
不思議そうに首を傾げるショウの説明に、ユフィーリアは納得したように頷いた。なるほど、確かに揉め事は起きないはずである。
この説明で理解できたのは、他にはエドワードだけである。アイゼルネは同じように首を傾げて「何の魔法のカードかしラ♪」なんて言っていた。
ユフィーリアとエドワードはハルアの方を小突くと、
「何だ、内緒にするのか?」
「いいじゃんねぇ、後輩には教えてあげればぁ」
「やだ!!」
ハルアはキッパリと拒否の姿勢を貫くと、
「内緒にしてた方が格好いいでしょ!!」
「そんなこと言ってぇ、後輩に取られるのが嫌なだけでしょぉ」
「そうじゃないもん!!」
エドワードとハルアの間では何か通ずるものでもあるのか、執拗に揶揄ってくる先輩の手を払い除けて「もうやだ!!」なんてハルアはそっぽを向いてしまう。
「俺には何か知られたくないことなのだろうか……」
「まあ、そのうち分かるさ」
「?」
信頼している先輩から内緒にされていることがあると理解してしょんぼりと肩を落とすショウを慰めるように、ユフィーリアは彼の頭を撫でてやった。どうせそのうち明かされる運命である。
その時、晴れ渡った蒼穹に『ぱーぱぱーぱーぱー♪』と喇叭の音が高らかに響き渡った。その音を聞いた瞬間、それまで賑やかだった無数の観覧席が一斉に静まり返る。
くすんだ海に浮かぶ孤島を見やると、設置された舞台に男女の2人組が立っていた。男の方は仕立てのよさそうなスーツを身につけ、女の方は夜会などで見かける煌びやかなドレス姿だった。見覚えのある女だと思えば、昨年の前大陸統一スカイハイレースで女王の座を獲得し、大会直後に引退を発表した元選手である。
司会進行に抜擢されたらしい男女のうち、スーツを着た男の方が声を張り上げた。
『皆様、大変長らくお待たせしました。これより全大陸統一スカイハイレースを開催いたします!!』
その開会宣言と同時に、割れんばかりの拍手が司会進行役の男女に送られる。
『司会を務めますのはスカイハイレース協会広報部長の私、サディル・トラストナーが務めさせていただきます。解説は昨年度女王にして大会新記録を更新しました流星の女王ことミィナ・アドラスさんにお越しいただいております』
『よろしくお願いします』
煌びやかにドレスで着飾った女の方も、優雅に頭を下げて挨拶をする。
「ミィナ・アドラスってニヴァリカ王国の代表選手だったじゃんねぇ。王国からすれば痛手なんじゃないのぉ?」
「でもレティシア王国には風の皇女様がいるからな。これ以上は飛んでも勝てねえと悟ったから、勝ち逃げしたって噂だぜ」
「ニヴァリカ王国も若手が揃ってきているから引退しても大丈夫と思ったんでしょうネ♪ 本当に惜しかったワ♪」
飲み物とお菓子を片手にユフィーリアたち大人組は、スカイハイレースの選手に関する噂話に花を咲かせる。目的は後輩魔女のリタの活躍であって、司会進行役どものお喋りには興味がないのだ。
この中で唯一、話についていけないショウは首を傾げるばかりだったが、ハルアが懇切丁寧に選手に関して説明をしていた。ユフィーリアとエドワードが一時期スカイハイレースに入れ込んだ影響で、ハルアも選手情報などに詳しくなったのだ。
お喋りが邪魔だと悟ったのか、司会進行役の男女2人組は咳払いをしてから今回のレースに出場する選手の紹介に移る。
『さて、今回のレースも注目選手が目白押しです』
『まず女王の最有力候補はレティシア王国代表のエローラ・ドリーです。彼女は今年度のスカイハイレースに連続で出場し、優勝を総ナメしております。今回の全大陸統一スカイハイレースで女王の座に君臨すれば、常勝の女王となるでしょう』
司会進行役が選手を紹介していく。
最初に観覧席全体へ向けて提示された選手の情報は、綺麗な金髪と凛々しい顔立ちが特徴の細身の女性だった。今年度開催のスカイハイレースに片っ端から出場しては優勝を獲得している常勝無敗の『風の皇女』――エローラ・ドリーである。
次いで引退を宣言した前女王ミィナの後釜として現れたニヴァリカ王国代表の選手、今年度から頭角を表してきたアーリフ連合国代表の選手と紹介が続いていく。誰も彼もスカイハイレースでは表彰台に上がってきた猛者だ。
『さらに今年、ヴァラール魔法学院の代表選手は史上最年少のリタ・アロット選手が出場予定です』
『学院内のスカイハイレースでは校内随一と呼び声が高いですが、果たしてこの熟練者の世界で通用するでしょうか。ヴァラール魔法学院の成績は殿堂入りを果たしたユフィーリア・エイクトベル選手を除いてはパッとしない成績ですが』
『結果は最後まで未来視すらも分からないのが全大陸統一スカイハイレースの醍醐味ですから』
名だたる選手たちに混ざり込むようにしてリタが紹介される。赤いおさげ髪の少女の姿が観覧席に向けて投影されると、ヴァラール魔法学院の生徒や教職員たちが俄かにざわめき、そして代表に選ばれた少女に向けて声援を送った。
少女の映像に向けて、ショウとハルアも「リタさん頑張れー」「頑張って!!」と声援を送る。いつのまに装備したのか『優勝目指せ』『女王様』などと文字を書いた団扇を振り回していた。
全大陸統一スカイハイレースに出場する選手の紹介が終わったところで、司会者の男が『さて』と口火を切る。
『もう間もなく選手が入場しますが、ここで応援歌を歌ってくれる歌姫の紹介です――』
司会者に促されて舞台上に現れたのは、栗色の髪の毛を綺麗にまとめた女性である。経歴や名前などを紹介されていたが、興味がないので聞き流した。
「ユフィーリア、応援歌とは?」
「スカイハイレースには、レースの中盤から選手を鼓舞する為に応援歌ってのが歌われるんだよ」
ショウから投げかけられた質問に、ユフィーリアは簡潔に答えた。
スカイハイレースには選手の闘志を燃やす為に応援歌を披露する文化がある。応援歌があると選手の速度も上がり、レースも盛り上がるので定着したのだ。
選出される歌姫はどこかの大会で賞を獲得したとか何とか色々と説明がつくが、全大陸統一スカイハイレースも例外に漏れずどこかの大きな合唱団に所属する花形の歌姫だとかが選ばれていた。微塵も興味もないし、披露される歌も碌なものではないだろう。精神に作用する歌唱魔法も、魔法の腕前が突出した魔法の天才には通用しない。
ショウは「なるほど」と頷き、
「ユフィーリア、リタさんが優勝するならちゃんとした応援歌が必要だと思うんだ」
「……へえ、適した応援歌を知ってるってか?」
「スカイハイレースに相応しい異世界ソングが、ちょうど1曲」
ユフィーリアたち問題児がショウから曲の概要を聞かされているうちに、ついに選手入場の時刻を迎えた。
『お待たせしました、選手の入場です!!』
蒼穹に、空を駆ける魔女たちを迎える為の楽曲が流れ出した。
《登場人物》
【ユフィーリア】陰では『銀色の彗星』とか言われている。そのことをショウに教えたら「赤いとかじゃなくてよかった」とか言ってたけど何で?
【エドワード】ユフィーリアが操る箒にしがみついて懸垂をしていたら、ついたあだ名が『空飛ぶゴリラ』だった。せめて狼にして。
【ハルア】箒で空を飛んでいただけで『空飛ぶ猿』と言われたのは納得いかない。
【アイゼルネ】箒で空を飛ぶと、男が何故か下を飛ぶので魔法で撃墜したりしている。
【ショウ】ついたあだ名は『空飛ぶ狂信者』である。誰が狂信者だ、嫁と言え。