第2話【異世界少年とエール】
一方その頃、ショウとハルアの2人組はスカイハイレースの運営本部まで来ていた。
「リタいるかな!!」
「いますかねぇ」
青い海にポツンと浮かぶ孤島までやってきたショウとハルアは、我が物顔で島を歩き回っていた。
様々な機材や大きな舞台、中には高級そうな楽器まで多数取り揃えられている。楽器の用意があるということは入場曲でも演奏予定があるのだろうか。
何やらスカイハイレースの運営側の人間らしい魔女や魔法使いが忙しなく動き回る中、ショウとハルアは友人のリタを探していた。全大陸統一スカイハイレースのヴァラール魔法学院代表の選手に選ばれ、この1週間はユフィーリアが付きっきりで特訓を見ていたのだ。少しは応援したいと思って、こうしてわざわざ運営本部まで探しに来たのだ。
キョロキョロと選手の控え室らしい建物を探すように周辺へ視線を巡らせるショウは、
「誰かに聞いてみた方が早そうだ」
「すいませーん!!」
「ハルさん、判断が早すぎる」
ショウが「誰かに聞いた方がいいかもしれない」と言い出した瞬間に、ハルアが近くを通りかかった魔女のお姉さんを呼び止めた。彼女の腕には『運営』と書かれた腕章が装着されているので、きっとリタがどこにいるのかも分かるかもしれない。
ところが、ハルアが呼び止めた魔女のお姉さんはショウとハルアの2人の姿を認めるや否や顔を引き攣らせて悲鳴を上げた。「誰か来てぇ!!」という甲高い声は、明らかに強姦にあった時のような必死さを彷彿とさせる絶叫である。
悲鳴を上げられるような行動を取った覚えは、ショウにもハルアにもない。どこに出しても恥ずかしくない格好を選んできたので、ちゃんとお洋服も着ている。そもそもこの島は寒いので防寒対策をしないと凍え死にそうになるのだ。
魔女のお姉さんの呼び声に応じて、魔法使いのお兄さんらしき人物が数名ほどバタバタと駆け寄ってくる。それから険しい表情でショウとハルアを睨みつけると、
「君たち、ここは関係者以外は立ち入り禁止だ。すぐに出ていきなさい」
厳しい口調で「出ていけ」と言われてしまった。
ここで一般人ならば怖気付いて即座に飛んで帰るのだろうが、この場にいるのは問題児として名門魔法学校を騒がせる用務員である。ついでに言えば頭の螺子の所在を疑われる未成年組の2人である。大人のユフィーリアやエドワードだったらニコニコの笑顔で「ごめんなさーい」とそそくさと撤退すればいいだろうが、未成年組が相手では暴力も辞さない考えだ。
この失礼な係員に対してどうしてくれようかとショウの思考回路が働く。まずは冥砲ルナ・フェルノで1発ドカンと景気付けに打ち上げてしまおうか。リタの勝利を祝う花火としては最適である。
そんな暗黒面に落ちる女装少年の思考回路とは裏腹に、ハルアがしれっと平然とした口調でこんなことを言う。
「お友達の様子を見にきた!!」
「お友達? 選手には会えないぞ」
係員のお兄さんがなおも厳しい口調で続けるが、そんな態度など意にも介さずハルアは何かを見せる。
ショウが認識できる限りでは、それはカードのようなものだった。手のひらに収まる程度のカードを堂々と見せつける。
そのカードを確認した係員のお兄さんの顔が、サッと青褪めた。まずい相手をしてしまったかのようである。
「し、失礼いたしました。案内は必要で」
「いらない!!」
ハルアはショウの手を掴むと、
「あとこの子も連れて行くね!! この子がいなかったらオレ、観覧席に帰れないから!!」
「しょ、承知いたしました。お気をつけて……」
係員のお兄さんどころか、先程はショウとハルアを見た瞬間に不審者扱いをしてきた魔女のお姉さんも恐縮した様子で頭を下げる。一体何の魔法のカードを見せたと言うのか。
「ハルさん、何のカードを見せたんだ?」
「免許!!」
ショウの疑問に、ハルアは簡潔に答える。見せただけで相手を萎縮させるような免許などあっただろうか。
「どんな免許なんだ?」
「内緒!!」
「そんな」
「内緒!!」
残念ながら、相手を萎縮させるような免許の内容は内緒にされてしまった。ちょっとしょんぼりである。
☆
ハルアが何らかの機転を効かせてくれたおかげで運営本部を歩いていても何も言われなくなった未成年組は、選手控え室まで辿り着くことが出来た。
「選手のみんながお着替えしていたらあれだから、炎腕に呼んできてもらおうか」
「大丈夫かな!?」
「炎腕の隠密性を甘く見ない方がいいぞ」
選手控え室らしい小屋が見える茂みに隠れたショウとハルアは、早速リタを呼ぶ為に炎腕へ依頼をする。
地面を踏みつけたことで姿を見せた腕の形をした炎――炎腕に「リタさんをお外に連れ出してきてほしい」と依頼すると、グッと親指を立てて了承してくれた。それから再び地面へ潜っていく。
待つこと数十秒、選手控え室の扉が内側から開くと、見覚えのある少女が姿を現した。
「リタ!!」
「リタさん」
「ハルアさん、ショウさん!?」
茂みから顔を出したショウとハルアの存在に、リタは驚いた表情を見せる。彼女の肩から小さな炎腕が生えており、親指をグッと突き立てると姿を消す。「仕事は終わったぞ」と言わんばかりの鮮やかな撤退だった。
「ここは関係者以外は入れないんですよ。も、もしかして黙って侵入を……!?」
「大丈夫だよ!! 秘策があるからね!!」
「先程もハルさんが何かの免許を見せて係員のお兄さんを黙らせていたんです。多分、大丈夫かと」
ショウとハルアが簡単に経緯を説明すると、リタの表情に安堵が混ざった。
いくらショウとて、運営側と揉め事を起こせば観覧席に戻ることすら危ぶまれることは知っている。穏便に物事を運びたいが、時には暴力行使も辞さないのが問題児だ。試合会場を追い出されてリタのレースが見れなくなった暁には、今度は勝手にレースに参加する所存である。
そこまで考えたが、実行に移す前にハルアが手を打ってくれてよかった。未だに何の免許で黙らせたのか不明だが。
「大丈夫? リタ、動きが固いよ」
「緊張ですか?」
「は、はぃ……」
リタは泣きそうな表情になりながら、
「控え室にいる選手の皆さんがもう集中しすぎて、話しかけようにも話しかけられる雰囲気じゃなくて……しかも私よりも年上ばかりの女の人が多いから怖くて……」
極度の緊張した空気が漂う選手控え室の様子を思い出したのか、リタはプルプルと身体を震わせる。友人の少女を威圧するなど許せん。
「それは許せませんね。今すぐハルさんに女の子の格好して控え室に突撃してもらいますか」
「アタイ、頑張っちゃうわ!?」
「本人もこう申しております」
ショウの振りに、ハルアは全力で女の子っぽいポーズを決めながら言う。両手を拳のようにして顎の下に持っていき、全力のぶりっ子ポーズだった。琥珀色の双眸もキラリンと輝いて可愛らしく決める。
そのやり取りが面白かったのか、リタは盛大に吹き出していた。身体を捩って出来る限り大声で笑わないように我慢しているものの、その唇から笑い声が漏れているのが分かる。
ショウとハルアは互いの顔を見合わせて笑うと、
「リタ、頑張ってね」
「応援してます、リタさん。1週間みっちりと練習を重ねてきたんです、リタさんなら出来ます」
「――――はい」
ショウとハルアの応援を受け、リタはしっかりと力強く頷いた。
「頑張ります。今日の為にたくさん頑張ってきたので」
そう宣言したリタは「そろそろ箒君のお手入れをしますので、戻りますね」と朗らかな笑顔を浮かべて戻っていった。もう緊張はないのか、その動きも軽やかなものだった。
今日の友人は一味違う様子である。声にもどこか自信で満ち溢れており、佇まいにも迷いがない。1週間前は自信がなさそうだったのに、今ではその影すら見せない。
ショウはハルアの手を引くと、
「行こう、ハルさん。リタさんも集中しないと、速く飛べないだろうから」
「うん、そうだね」
ハルアはリタが消えた選手控え室を一瞥して、
「頑張ってね、リタ。オレ、ゴールで待ってるからね」
そんな、ちょっと意味の分からないことを呟いたが、おそらく触れてはいけないだろうし内緒にされるだろうと見越したショウは、特に何も言及はしなかった。
《登場人物》
【ショウ】炎腕とはツーカーの仲になったかもしれない。大きさを変えられることを知った時はいっぱい使えるかもしれないと色々閃いた。
【ハルア】色々と隠しダネを持っているショウの先輩。何を企んでいるのか。
【リタ】意外と余裕そうな最年少のスカイハイレース選手。