第5話【少女と映像記録】
「スカイハイレースで危険な行為はするんじゃないよ、君みたいな超人じゃないんだから!!」
「アタシも普通の魔女だよ」
「普通の魔女は窓ガラスを叩き割って入室しないんだよ!!」
コーチの無事が知りたくて慌てて学院長室に行ってみたら、案の定、彼女は正座で説教を受けていた。
それもそのはず、あの銀髪碧眼の問題児がやらかしたことは窓ガラスを叩き割って大胆に「お邪魔します」である。窓ガラスを破壊すれば当然ながら怒られるに決まっていた。
割られたはずの窓ガラスはいつのまにか何事もなかったかのように修繕されているところを見ると、おそらく学院長が魔法で時間を戻したのだろう。あの高い技術と知識が必要な時空関係の魔法を簡単に行使することが出来るのは、いち学生であるリタからすれば羨ましい限りだ。
半開きになった学院長室の扉を閉めて説教が終わるまで廊下で待機するリタだったが、
「あれ、1学年のリタ・アロットちゃんだっけ。どうしたんスか、こんなところで」
「あ、副学院長先生。お疲れ様です」
廊下の向こうから副学院長のスカイ・エルクラシスが歩いてきた。何やら学院長室に用事でもあったのか、学院長室の扉をほんの少しだけ開いて室内の様子を確かめてから静かに閉める。
その用事の内容は聞きたくなかったが、彼のすぐ側にはふかふかの毛皮を装備した少し不細工な人形が控えていた。人形の付近からは温かい空気が放出されており、飛行術で冷えた身体が温まっていくようである。
スカイは悟ったような表情で、
「まーたユフィーリアが何かやらかしたんスか」
「あはは……飛行術の練習中に窓ガラスを割ってしまって……」
「飛行術ッスか」
リタの言葉に、スカイは「ああ」と納得したような声を上げる。
「そういやアンタ、ヴァラール魔法学院を代表して全大陸統一スカイハイレースに出場するんスよね」
「力不足とは思いますが、頑張ります」
「いやいや、体育祭開催前の公開練習の時も凄まじい速さだったじゃないッスか。十分に女王を狙えるぐらいッスよ」
「いえ、そんな……私なんてまだまだで……」
リタは飛行術に多少の自信があるだけで、全大陸統一スカイハイレースでは通用しない程度だと思っている。全大陸統一スカイハイレースに出場する選手は、魔法の勉強そっちのけで飛行術に特化して鍛え上げてきた猛者たちだ。ただ他人よりも速く飛べるだけのリタが真っ向から戦える相手ではない。
まして、学院全体が望むような結果――つまり表彰台に上がるような真似はただの学生には荷が重すぎる。今から断ることが出来ないかと、まだ頭の片隅で考えているぐらいだ。
そんなリタの自信のなさを目の当たりにしたスカイは、
「そんな自信ないッスか?」
「はい……」
「うーん」
肩を落とすリタに、両腕を組んだスカイは首を捻りつつ言う。
「あんまり慰めにも励ましにもならないんスけどね。ヴァラール魔法学院も昔は有名じゃなくて、むしろ創立したての頃は馬鹿にするような連中が多かったんスよ。魔法全盛期の時代じゃなかったからね」
「あ、授業などでそれはもう……」
「お、偉いッスね。じゃあ無名だったヴァラール魔法学院の知名度を上げる為に全大陸統一スカイハイレースに選手を出したことはご存知?」
リタは目を瞬かせる。
あの七魔法王が主導している名門魔法学院でも、最初の頃は地位も名誉もクソもなかった。それどころか周囲から馬鹿にされる始末だったというのは魔法歴史学と呼ばれる分野で学んだ経験がある。
ただ、知名度上昇を目論んで全大陸統一スカイハイレースに参加したのは初耳である。確かに知名度の上昇は期待できそうだが、それで優勝をするというのはなかなか壁が高いような気がしてならない。
「まあボクも無理なんじゃないかなとは思ったんスけど、今と同じように表彰台に上がれる可能性がある人物が1人いたからね」
「それがユフィーリアさんですか?」
「そうそう」
スカイは頷き、
「リタちゃんと同じようにね、ユフィーリアも速く飛ぶことに関しては自信があったみたいなんだけど『飛行術に特化して鍛えてきた選手たちの中に混ざって戦うのは無理があるだろ!!』なんて反発したものッスよ。速く飛ぶことは出来ても技術はてんでなかったもので」
「でも、優勝したんですよね……?」
「もちろん。ユフィーリアも『任された以上は表彰台を目指す』ってんでめちゃくちゃ頑張ったみたいッスね。朝な夕な飛行術の特訓に明け暮れて、血の滲むような努力をしてヴァラール魔法学院の知名度向上に貢献してくれたんスよ」
そう言って、スカイはリタに何やら手のひらに収まる程度の大きさの魔石を差し出した。
檸檬色をした綺麗な魔石である。リタもあまり見かけたことのない類の魔石に、思わず首を傾げてしまった。
スカイは魔石をリタの手のひらに押し付け、
「それね、映像記録用の魔石ッス。記録されてるのはユフィーリアが初めて全大陸統一スカイハイレースに出場した時のレース記録」
「え」
「若者の未来に繋がるんだったら、古い映像記録でも何でも使えるものは使わなきゃッスよ。手探りの状況だった時と違って、今は情報に溢れてるんだから」
へらりと笑ったスカイは、
「はい、今日の練習はここまでにしとくッスよ。コーチもあんなんだしね」
☆
学生寮に戻り、リタは魔石に収納された映像記録とやらを再生してみた。
パッと魔石を通じて投影されたのは、古い時代の全大陸統一スカイハイレースの様子である。海に取り囲まれた孤島、海上を漂う鉄製の円環、空中にずらりと並べられた椅子の群れはおそらく観客席だろう。数え切れないほどの観客席は全てが埋められた状態で、多数の観客が選手たちに期待の眼差しを向けているのが分かる。
張り詰めた緊張感の中、スカイハイレースに出場した選手たちは箒に跨って空を駆る。団子状に固まって飛ぶのは、選手同士で牽制しあっているのだろう。先頭を飛ぶ選手がいれば風除けに使われてしまい、無駄に体力を消耗させられるとリタは箒の名手である母親から教わったことがある。
そんな中、ある選手が先頭に躍り出た。
『おおっと、ここでヴァラール魔法学院代表のユフィーリア・エイクトベル選手が勝負を仕掛けた!! 選手団をぐんぐん引き離していきます!!』
煌めく銀髪を翻し、箒にしがみつく選手――ユフィーリアが先頭を突っ走る。彼女を追いかけるように他の選手も速度を上げるものの、そんな他の選手を突き放すかのようにユフィーリアは空中に身を投げた。
重力に従って落下する銀髪碧眼の魔女に、誰もが驚いて速度を緩めてしまう。他の選手の心情など意にも介さず、ユフィーリアは流星の如く飛来した己の箒を空中で掴み直すと再発進した。そのまま円環を通り抜けてしまう。
偽物の円環を回避するのに、昼間の大技『ドロップフリップ』を使用したのだ。その鮮やかな技の使用に、リタは過去の映像ながら感嘆の声を漏らす。
『他の選手は追いつけない!! エイクトベル選手、アクロバティックに次々と意地悪な円環を通り抜けていきます!!』
唖然とする他の選手を抜き去り、ユフィーリアは次々と円環を通過していった。どんな偽物も、意地悪も、彼女には通用しない。風除けに使用されて体力を消耗する心配もどこへやら、彼女は1位を維持したままゴールした。
『初出場で初優勝、おめでとうございます』
『ありがとうございます』
優勝者に向けてのインタビューに応じるユフィーリアの表情は、とても晴れやかなものだった。極度の緊張状態から解放された安堵感もあるのだろう。
『アクロバティックな飛び方でしたね。練習されたんでしょうか?』
『過去のレース記録を参考にして、色々と試行錯誤を繰り返しました。練習の成果が実を結んでよかったと今は思ってます』
『ヴァラール魔法学院は創立されたばかりでまだ知名度が低いと聞いております。これで知名度は上昇すると思いますか?』
『上昇するまでアタシが優勝し続けるだけです。うちの学校を誰にも馬鹿にやさせません』
映像記録に残るユフィーリアは大胆不敵に笑って答えた。
『ヴァラール魔法学院は文武両道を目指してるんでね、飛行術しかやってこなかったような脳筋どもなんかに負けないですよ』
そこで、リタは映像記録の再生を止めた。
ヴァラール魔法学院の知名度向上の為に一躍買ったユフィーリアもまた、過去のスカイハイレースの記録などを参考にして研鑽を重ねたのだ。並大抵の努力では済まなかったはずだ。血の滲むような努力を重ね、命を顧みない危険な飛び方でも確実に優勝をもぎ取るべく研究に研究を積み重ねたのだろう。
その努力が実を結び、栄光を勝ち取った。彼女自身の身体能力にも起因するだろうが、全て努力した結果だ。
「私にも……出来るかな……」
地味で、鈍臭くて、これと言った取り柄はなくて。
魔法動物のことにだけは異様に詳しいだけの、ただのいち学生に。
それでも、このヴァラール魔法学院全体が期待してくれている。その期待に応えなきゃ――いいや、応えたい。
「同じように出来ないかもしれない、けど」
リタはグッと拳を握り、
「努力をしないまま『出来ない』って決めつけたくない……!!」
その瞳は、確かに闘志に燃えていた。
《登場人物》
【リタ】努力型の秀才。好きなことは努力する、苦手なものは出来るように努力はするものの出来たら出来たで使うことはない。
【スカイ】奇跡の天才。好きなことはやれば出来るし、凄えことするタイプ。今回もストーブみたいな魔法兵器を作ってきて、しっかりグローリアから怒られた。
【ユフィーリア】努力する天才型。人並みには満遍なく出来るけれど、さらに磨きをかけたいから努力をして研究をして結果的に誰も追いつかなくなる。
【グローリア】努力する天才型。ある程度は出来るし勉強しようとは思うが、出来ないことは出来ないと割り切る。出来るし勉強する部分に関して言えば世界初を何度か樹立するぐらい。