第3話【問題用務員とルール】
そんな訳で放課後である。
「大変な役割を引き受けちまったな、お互い」
「あばばばばば」
「リタ嬢はそれどころじゃなさそう」
ヴァラール魔法学院の校庭に集合し、ユフィーリアは肩を竦める。
学院代表という肩書きを背負ってしまったリタは、可哀想なぐらいに震えていた。大事な箒の相棒に縋りついたまま小刻みに震え、目の焦点は合っていない。ここではないどこかを見てしまっている様子だ。
いくら飛行術の才能があるとはいえ、真面目な少女に学院代表の文字を背負わせるのは無理があったのだ。先程から緊張しっぱなしである。今からでも遅くはないから代走を許してもらえないだろうか。
――と、ここまで考えるのだが、それではリタの為にもならない。最高峰のスカイハイレースに出場してボコボコにされるのもいい経験である。
「リタ嬢」
「あばばばばばばば、ばばばばばば」
「もしスカイハイレースで優勝できたら、セツコの角をあげよう」
「え!!」
見るからにリタの緑色の瞳に光が戻った。
「ほ、本当ですか? 通信魔法で拝見しましたが、立派な角でしたよね!?」
「そうだな。頭が重いからどうにかしてくれって言われたから折ったけど、今は用務員室に保管されてるぞ」
「そ、そんな大層貴重なものをいいんですか?」
「おいおい、もう優勝した気になってんのか?」
詰め寄ってくるリタを軽く笑い飛ばすユフィーリアは、
「アタシはな、優勝したらって言ったんだ。優勝したら賞金と一緒にセツコの角を持っていけ、優勝できなかったらナシだ」
「頑張ります!!」
希少な魔法動物の、しかも自然現象的に折れてしまった角が手に入るのだったらということでリタにも気合が入る。やる気を出してくれてよかった。
「さてリタ嬢、スカイハイレースの出場にあたってやることがあるな」
「練習ですか?」
「ルール確認だ」
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りして、青色の光で空中に模様を描く。
いくつかの種類に分かれた模様は、それぞれ箒で空を飛ぶ魔女の姿を描いていた。かなり簡略化はされているが、飛行術であると予想できる。
円環に飛び込む魔女の姿、どこまでも遠く遠く飛んでいく魔女の姿、2人の魔女が速さを競い合うように飛ぶ姿など多岐に渡る。その中でユフィーリアが強調したのは円環に飛び込む魔女の姿を示す、スカイハイレースのルールだった。
「全大陸統一スカイハイレースのルールは『フープレール』っていうものだ。この円環を順番に通っていき、速さを競い合うルールだな」
「見たことあります。ダミーとかあって大変なんですよね」
「わざとダミーを通り抜けて『やっちまったぜあっはっは』っていうのもレースの醍醐味っちゃ醍醐味だが、アタシはそう言った馬鹿を装うパフォーマンスって嫌いなんだよな」
ユフィーリアは舌打ち混じりに言う。
どうして『速さを競い合う』という前提があるはずなのに、時間を無駄にするような行動をするのだろうか。わざと観客に笑われるような真似をするのはユフィーリアとしても面白くない。
観客を魅了するパフォーマンスを望むならば、飛行術での腕前を披露すればいいだけである。その方法はいくらでもあるのだ。
ユフィーリアは「そんな訳で」と言い、
「スカイハイレースで使えるちょっと難しい飛行術の技を教える。これがあればまあ、本番でもいい線はいけるだろ」
「お願いします」
「意欲的で結構なことだな」
ユフィーリアは晴れ渡った冬の空を見上げて、指笛を吹く。
ぴゅう、という甲高い音を聞きつけたのか、真っ黒な色をした箒が流星の如く飛んできた。柄から穂先まで真っ黒に染まった箒はユフィーリアにじゃれつくようにどすどすと体当たりをしてくる。落ち着きのない箒である。
この箒はユフィーリアが所有するものだ。普段は他の箒と同じように保管されているが、こうしてユフィーリアが呼ぶとすぐさま飛んでくるほど耳がいい。他の箒ではこうはいかないだろう。長いこと様々な問題行動やスカイハイレースを共にしてきたのだから、付き合いも必然的に長い。
じゃれついてくる黒い箒を掴んだユフィーリアは、
「リタ嬢は、速く飛ぶ方法って知ってるか?」
「ええと、前傾姿勢を維持することでしょうか?」
自分の経験則から回答するリタに、ユフィーリアは「違うな」と首を振る。
「飛行術に使われる箒は、すでに浮遊魔法など様々な魔法がかけられている。主人を乗せて飛ぶんだ、例えるなら馬系の魔法動物みたいなものだな」
そう言って、ユフィーリアは真っ黒な箒を空に向かって放り投げた。
「つまり、暴論だが箒も乗り手がいなければ誰よりも速く飛ぶことが出来るんだよ」
真っ黒な箒は漆黒の流星の如く空に解き放たれ、大きく円を描くようにしてユフィーリアの元に戻ってくる。しかしその位置はユフィーリアの腹部や乗せる為の足などではなく、ユフィーリアが天高く掲げた右手だ。
箒が手の中を通過する直前でユフィーリアは箒の柄を掴み、引き摺られるようにして空を飛ぶ。宙ぶらりんの状態だったところでひらりと飛び乗り、箒を足で踏みつけて体勢を維持した。
地上でこちらを見上げるリタに、ユフィーリアは「見てろよ」と呼びかける。
「おら」
「きゃあ!!」
ユフィーリアが箒から飛び降りると同時に、リタが甲高い悲鳴を上げた。
傍目からすればただの自殺行為である。高高度から魔法も使わず自由落下など「死にたいです」と宣言しているようなものだ。
だが、ユフィーリアは慌てふためくことはなかった。もう分かりきった結果だからである。
――それは流星の如く飛来し、落ちるユフィーリアを掬い上げるようにして拾った。
「見てたか、リタ嬢。箒と信頼関係を築いてるからこそ成せる技だぞ」
一時は自殺紛いのことをしでかしたユフィーリアだが、箒に拾われたことで安全に地上へ足をつけることが出来た。
やったことと言えば、高所から飛び降りたところを地面に叩きつけられる寸前で箒に拾ってもらったという酷く簡素で非常に危険な離れ技だ。だが公式のスカイハイレースでも命知らずな選手がこの技に挑戦して、何度か本当に命を落としているので現在では挑戦する選手がほとんどいない。
ちなみにこの技名は『ドロップフリップ』と呼ばれ、方向転換の際に使用されることが多い。大きく円を描くように方向転換するよりも、こちらの方が観客の目を楽しませることが出来るし、効率がいいのだ。
唖然とするリタの前に立つユフィーリアは、
「危険だが、ダミーを確実に回避できる方法はこれ以上にない。本番まで残り1週間だ、死ぬ気で取得してもらうぞ」
「ほ、本当に死にそうなんですけれども……」
「大丈夫だ、箒が間に合わなくてもアタシが確実に拾うから。それよりほら、とっとと箒に跨る。練習するぞ練習」
「ひいいい」
ユフィーリアに叱責され、リタは慌てて箒に跨る。
この真面目な少女がユフィーリアがやったような大技を成功させる未来が想像できないのだが、度胸だけは人一倍存在する彼女である。きっと本番ではもしかしたら――ということもある。技術を叩き込んでおいて損はない。
半泣きの状態のリタを叱責しながら、ユフィーリアは冷たい冬の空を飛ぶのだった。
☆
空中でユフィーリアによる指導を受ける友人の少女を見上げながら、ショウとハルアは「大丈夫かな」と言い合う。
「でもユーリが言うんだから、あれが有効打なんだろうね」
「だとしても危険では……」
「でもね、あの技を使ったユーリは確かに速いよ。オレでも追いつけないぐらい」
ハルアは「ん」と頷き、
「オレも頑張んなきゃ。リタも頑張ってるし」
「ハルさん、何をするんだ?」
「オレにしか出来ないこと!!」
首を傾げるショウに、ハルアは口の端を吊り上げて笑う。何かを企んでいるかのような笑みである。
「リタなら絶対に女王様になれるからね!! 女王様に相応しい振る舞いをしなきゃいけないからね!!」
そう言うハルアに、ショウはなおも意味が読めずに首を傾げるばかりだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】身体能力にものを言わせてアクロバティックに飛ぶことが得意。命知らず、またの名を死に急ぎ。
【リタ】速く飛べるが故に学院を背負ってスカイハイレースに挑むことになった少女。重圧に耐え切れてない。
【ショウ】リタさん大丈夫かなぁ。
【ハルア】何か企んでる模様。