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第2話【問題用務員と全大陸統一スカイハイレース】

 一方その頃、問題児として有名な用務員――ユフィーリア、エドワード、アイゼルネの3人もまた学院長室に集合していた。



「全大陸統一スカイハイレースな。もうそんな時期か」


「そうなんだよ」



 学院長のグローリア・イーストエンドは困った表情で応じる。


 全大陸統一スカイハイレースというのはその名の通り、世界規模のスカイハイレースの大会である。大人も子供も等しく参加資格を与えられ、より速く飛ぶことが出来る人間が出場できると言われているスカイハイレースの最高峰を誇る大会だ。

 この大会を制すると『速星の女王』と称えられ、多額の賞金とその他のスカイハイレースの大会へ自由に参加することが出来る権限を与えられるのだ。つまり出たい時に好きなだけ賞金を稼ぎたい放題という何とも言えない栄誉が得られる訳である。


 その話題がどうして出てきたのかというと、



「毎年、うちの学校からも生徒を1人出してたからさ。今年はどうしようかと思って」


「生徒を出したところで、毎年の結果は箸にも棒にも引っかからねえ散々なものじゃねえか。学生をスカイハイレースで飯を食ってる猛者どものの中に放り込むんじゃねえよ」



 困ったように言うグローリアに、ユフィーリアは呆れた口調で返す。


 毎年、ヴァラール魔法学院からはこの全大陸統一スカイハイレースに生徒を1人ほど送り込んでいる訳である。校内で最も速く飛ぶことが出来る生徒を選出して大会に出場させているものの、結果は一度も優勝を飾ったことがないという散々な結果である。

 理由は単純で、普段から魔法の勉強に忙しい学生をスカイハイレースにのみ絞って鍛えてきた選手の中に放り込んで勝てる訳がないのだ。学生たちの本分は勉強である。スカイハイレースで生活費を稼ぎたいと目論む魔女がいれば、それは学校に行かず1年を通して箒に乗っていればいいだけだ。


 グローリアは「そうなんだけどさぁ」と言い、



「体育祭でのスカイハイレースは、エリシア大陸スカイハイレース協会にも認定されている立派なレースだからね。参加資格は学生のみに絞られているけれど、あれが協会の認定を受けている以上はうちからも選手を出さなきゃいけないんだよ」


「絶対か?」


「うん、絶対」



 グローリアはにこやかに笑い、



「まあ、過去に全大陸統一スカイハイレースに5回もヴァラール魔法学院代表として出場して優勝を飾り、殿堂入りを果たした君はもう出せないんだけども」


「出ようとも思わねえよ。アタシ以上に速く飛ぶことが出来るのはエドかハルぐらいだぞ」



 ユフィーリアは「はん」と鼻で笑い飛ばす。


 過去、ユフィーリアは全大陸統一スカイハイレースにヴァラール魔法学院代表として出場したことがある。それはまだヴァラール魔法学院が創立してから100年にも満たない頃だったので、知名度を上げる為に出場したのだ。

 優勝経験は5回にも及び、その記録は1000年が経過しようとしている現在まで破られたことのないと言われている伝説だ。ただし、ヴァラール魔法学院はそれ以降、一度も優勝を飾ることが出来ずにいた。


 グローリアは執務机に肘をつき、



「だから今年は創立1000周年だしね、ここいらで本気で優勝を目指してもいいんじゃないかなって」


「へえ、そんなことが出来る生徒がいるってか」


「まあね。出来るんじゃないかなって生徒は」



 すると、学院長室の扉が外側から控えめに叩かれた。誰かやってきた様子である。


 振り返ると同時に、グローリアが「どうぞ」と入室を促す。

 学院長室の扉がほんの僅かに開かれ、そして不安げな表情を見せる生徒が顔を覗かせた。赤いおさげ髪が特徴的な女子生徒で、分厚い眼鏡の向こう側で輝く緑色の瞳は怯えたように揺れている。一見すると『地味』とまとめられる女子生徒だが、ユフィーリアの知り合いだ。


 ショウとハルアと仲のいい少女、リタ・アロットだった。



「リタ嬢、何で?」


「やあ、リタちゃん。よく来たね」



 驚くユフィーリアとは裏腹に、グローリアは朗らかな笑顔で歓迎する。その態度で予想できたが、おそらくグローリアがリタを呼んだのだ。



「あ、あにょ、私って退学ですか……?」


「え、何で?」


「学院長室に呼ばれるということは退学の勧告かと思って……」



 リタが怯えた表情で学院長室に顔を覗かせた体勢のままなかなか入室しないのは、自分が何か悪いことをして退学を促されるのではないかと心配しているからだ。なるほど、一般生徒は学院長室にやってくる機会などないから緊張するのも――さらに悪い方面に考えるのも無理はない。

 常日頃から学院長室に呼び出されてお説教を受ける問題児からすれば、学院長室に呼び出されるのは屁の突っ張りでもない。むしろ「次はどんな言い訳をしようかな」とぼんやり考えている始末である。完全に学院長を馬鹿にしている態度だった。


 学院長室への入室を躊躇うリタだったが、



「はい、リタさん。お腹を括りましょう」


「リタは悪いことしてないんだから退学はないって。もし退学って言われたら、オレが学院長をぶっ飛ばしてあげるから」


「にゃー……」



 両脇をショウとハルアの未成年組に固められ、強制的に引き摺られながら入室と相なった。



「ごめんね、唐突に呼び出しちゃって。あと退学の勧告じゃないから安心していいよ」


「え、では落第……?」


「落第でもないね」



 暗い方向へと考えが変わらないリタに、グローリアは早速話題を切り出した。



「君は全大陸統一スカイハイレースを知ってるかな。君のお母様も出場経験があると思うんだけど」


「え、はい。スカイハイレースの最高峰で女王を決めるとかで……」


「うん。その大会に今年、ヴァラール魔法学院代表として君に出場してほしいんだ」



 リタの表情が固まった。


 それもそうだろう。何せ全大陸統一スカイハイレースはスカイハイレースの中でも最高峰の大会、注目度も高いのである。全世界の人々がスカイハイレースの行く末を見守っていると言っても過言ではない。

 そんな名誉ある大会に、生まれてからまだ15年そこそこしか経っていない小娘がノコノコと出場する訳である。緊張感は並大抵のものではない。彼女は度胸こそ問題児並みと言ってもいいが、最高峰のスカイハイレースに出場できるほどの度胸は持ち合わせているだろうか。



「えと、あの」


「無理かな?」


「あ、あの、大変名誉あることだと思うんですけど……」



 リタは泣きそうな表情で、



「どうして私が……」


「体育祭で開催されたスカイハイレースはね、エリシア大陸スカイハイレース協会にも認定されている公式戦なんだ。あの時はハルア君が代走をしたけど、あくまでリタちゃんの代理だからね。記録はリタちゃんが保有することになる」



 グローリアの説明は明快だった。


 秋頃に開催された体育祭のスカイハイレースの記録は、当然ながら協会にも認定される。代走ということは本来の選手の代理でレースに出走することなので、ハルアの記録はリタのものとされるのが協会が定める代走の規則である。

 とんでもねー速さでデッドヒートを繰り広げた結果が、まさかのここで反映されてしまった訳だ。リタからすれば重圧がさらに強まった形になる。



「でもね、リタちゃん。非公式の練習レースでは、君が数々の選手を抜かして1位を記録したというのは僕の元にも情報が入ってきているんだ。君はハルア君の出した記録を抜かしても、十分に表彰台を狙える実力があるんだよ」


「でも、あにょ、さすがに1人では無理があると言いますか……あの……」


「ああ、大丈夫。幸いにも優秀なコーチがいるから」



 グローリアはツイと視線をユフィーリアに投げかけ、



「そこにいる問題児筆頭はね、5回も全大陸統一スカイハイレースで優勝して殿堂入りしてる元女王様だから。教えを乞うといいよ」


「はあ!? おい聞いてねえぞグローリア!?」



 急にコーチ役を任命されたユフィーリアは、堪らず悲鳴を上げた。レースに出場するならまだしも、飛び方を遥か年下のリタに教えろと言うのは無茶ではないか。


 しかし、グローリアは「大丈夫、大丈夫」と何の根拠もない主張を繰り返すばかりだ。何も大丈夫ではない。

 そもそも全大陸統一スカイハイレースまで1週間しかないのだ。1週間でリタを表彰台に上がれるほど鍛えるのは、かなり無茶をしなければならない。選手が出場前に怪我で飛べないという自体になりかねない。



「君たちなら大丈夫だよ。頑張ってね」



 そんな無責任な言葉と共に、この話題は強制終了となってしまった。

《登場人物》


【ユフィーリア】ヴァラール魔法学院を有名にするためレースに出場。5回も優勝して殿堂入りを果たした。

【エドワード】長時間飛ぶルール『マラソン』系のスカイハイレースで何度か優勝して出禁を喰らった。

【ハルア】決まったコースを速く飛ぶルール『スプリンター』系のスカイハイレースで方向音痴を発揮して逆走した経験がある。

【アイゼルネ】箒は優雅に飛びたい。

【ショウ】箒がなくても空を飛べる。


【グローリア】今年のスカイハイレースの選手はどうしようかと思ったが、割とすぐに決まってよかった。

【リタ】記録にはないが、一応校内で最も飛ぶ速度は速い。

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