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第1話【異世界少年と呼び出し】

 冬休みも終わりを迎えたのだが、問題児の未成年組――アズマ・ショウとハルア・アナスタシスの戦いはこれからだった。



「…………」


「…………」


「けーん」



 馬系の魔法動物が管理されている厩舎で睨み合うことおよそ10分、未成年組がジリジリと距離を詰めている相手は真っ白な鹿である。頭に生えた立派な角は折れてしまって存在しないが、ちょこんと生え変わりつつある角の根本のような部分が頭頂部に確認できる。晴れ渡った空のような青い瞳でじっと未成年組を見つめているが、油断してうっかり近寄れば髪の毛をしゃぶられることになるので注意が必要だ。

 そう、あの鹿は『雪の王』――冬休みの期間、先輩と一緒に雪山狩りに出かけた際、ついてきてしまった希少な魔法動物なのだ。近づいて隙を見せれば髪の毛をもしゃもしゃされてしまうので、ショウとハルアは最大限に警戒している。


 餌である氷がいっぱいに詰まった木桶を抱えるハルアは、



「髪の毛を食べないでよ!!」


「けーん」


「食べないでよ!!」


「けーん」


「食べちゃダメだからね!!」


「けーん」



 何度も言い聞かせてから、ハルアはジリジリと『雪の王』――セツコと名付けられた鹿に距離を詰めていく。


 ショウはそんな先輩の勇姿を、ハラハラしながら見守っていた。髪をしゃぶられるかもしれないという危険も承知で、セツコに餌をやりに行く彼の勇気ある姿をこの目に焼き付けたかった。

 ゆっくりと距離を詰めていき、そしてようやく餌箱の前に到着する。あとは木桶に積まれた氷の山を餌箱に投入すれば任務完了である。


 あと少し、あと少し。餌箱の上で木桶をひっくり返そうとしたその時、



「けんむすッ」


「びゃッ」


「あ」



 ハルアの旋毛めがけてセツコが鼻先を突っ込んできた。嫌な予感。



「あああああ〜、食べないで〜!!」


「は、ハルさーん!!」



 やはりダメだった。セツコはもしゃもしゃとハルアの髪の毛を容赦なくしゃぶってきやがった。


 ショウは慌ててセツコからハルアを引き剥がす。当のセツコは今日の一仕事を終えたと言わんばかりに満足そうだった。

 やはりこのセツコ、侮れない。今もなおショウとハルアの髪の毛をもしゃもしゃすべく、口をもごもごと動かして待ち構えているのだ。恐ろしい鹿である、何故こうして連れてきてしまったのか。


 旋毛をしゃぶられたことで死んだ魚のような目でビクンビクンと痙攣するハルアを揺さぶり、ショウは「気をしっかり!!」と呼びかける。



「大丈夫だ、傷は浅いぞ!!」


「ショウちゃん、オレはもうダメだ……オレがショウちゃんパパの部下に再就職したら、ベッドの下にある本は燃やしておいてください……」


「ハルさんのベッドの下にある本は『今日のわんにゃんぱらでぃーぞ』だろう!! そういう時はユフィーリアの書斎の入り口手前の本棚の、上から2番目の棚に丁寧に保管されている本を処分すべきでは!?」


「ショウちゃん、何で知ってるの?」


「ハルさんの隠し場所は浅すぎるからな」



 先輩からの質問へ素直に答えただけなのだが、結果的に傷口を抉ってしまったようでハルアはショウの腕の中で静かに目を閉じた。「このまま殺してほしい」と小声で言っていた。

 残念ながら殺す訳にはいかないので、ショウはハルアに無理やり肩を貸して立たせてやる。それから地面を踏みつけて腕の形をした炎――炎腕を何本か召喚した。


 呼び出した炎腕にハルアが抱えていた木桶を手渡したショウは、



「この餌をセツコに頼む。俺たちではダメだ」



 炎腕は親指をグッと立たせて了承すると、木桶の取っ手を引っ掴んでセツコの待機する厩舎に向かった。


 ショウとハルアがやってきた訳ではないので、セツコはあからさまにがっかりしている様子だった。炎腕には興味がないようで、餌箱に投入された氷をゴリゴリボリボリと音を立てて貪り始める。

 炎腕は空っぽになった木桶をショウに返却してから、するりと地面に姿を消した。セツコのもしゃもしゃセンサーに炎腕は対象外であることが判明し、次の餌やりはこうしようと心に決める。


 すると、



「ハルアさん、ショウさん!! おはようございます!!!!」


「あ、リタ!!」


「リタさん、もう始業式終わったんですか?」


「はい!!!!」



 バタバタと足音を立てて厩舎付近に駆け込んできたのは、ショウとハルアと仲のいい女子生徒――リタ・アロットである。冬休みを終えて学校にやってきた彼女は、泣く泣く始業式に参加を余儀なくされたのだ。本当なら真っ直ぐに厩舎へ向かいたかっただろうに、真面目な生徒である。

 いつも以上に元気な受け答えをする少女は、早速とばかりに視線を厩舎に向ける。ゴリゴリボリボリと氷を貪るセツコを発見するなり、彼女は緑色の瞳をキラキラと輝かせた。


 リタはうっとりとした表情で、



「わ、わあ……マシロヒョウセツヨウセイシカだぁ……本物だあ……」


「セツコって名前をつけました」


「セツコちゃんですか!! 女の子ですか!?」


「いえ、生物学上はセツコ『君』ですね。男の子です」



 そうである、セツコは『セツコ』と名前をつけているが雄である。雄なのに同性の頭に鼻先を突っ込んで髪をもしゃもしゃしてくるのである。何なのだろうか、あの鹿。

 ショウとハルアはどこまでも敵視しているが、相手は世界でも5体しか存在が確認できていない希少な魔法動物である。魔法動物博士なリタからすれば滅多にお目にかかれない幻の魔法動物なのだ。どんなことをされようと興奮する姿は目に見えている。


 リタは「あ、あの」とショウとハルアへ振り返り、



「さ、触っても、お触りはよろしいですかね?」


「魔法動物の授業と研究用にとヴァラール魔法学院で飼育されることが決定されましたので、まあ警戒されなければ大丈夫かと」


「ありがとうございます行ってきます!!」


「判断が早い」



 素早い判断でリタは食事中のセツコに突撃する。早く会いたくて会いたくて仕方がなかったのだろう。

 餌箱に顔を突っ込んで氷を貪っていたセツコは、ふと顔を上げてリタを見やる。怯えて厩舎の奥に引っ込むような真似をしないのは、ショウとハルアと仲がいいことを知っているからだろうか。


 リタはセツコに手を差し出すと、



「初めまして、セツコ君。リタ・アロットと言います。触ってもいいですか?」


「…………くるぅ」



 セツコは頭を差し出した。大人しく頭を差し出すとは、未成年組に接する時の態度と違っている。



「わ、ふわふわだ。毛艶もよさそうですね、餌がいいんでしょうか?」


「けーん」


「『毎日食べてる氷が魔力たっぷりで美味しい』? おそらくユフィーリアさんが魔法で作っているからでしょうね。太らないように量も調整しないと健康に悪いから……」


「けーん」


「え? 髪の毛ですか? 私の髪の毛でよかったらいくらでもどうぞ!!」



 動物言語が堪能なリタは、セツコと流暢に意思疎通を交わしていた。さらに迷いなく頭も差し出す。髪の毛をもしゃもしゃされることも辞さないとは恐れ入る。

 セツコは差し出された頭に鼻先を突っ込み、ショウやハルアにやった時と同じようにもしゃもしゃとリタの髪の毛をしゃぶり出す。それに対するリタの反応は嬉しそうだった。


 満面の笑みでセツコに髪の毛をしゃぶられるリタは、



「きゃあああ〜、髪の毛をもしゃもしゃされてる〜!! 感激〜!!」


「リタ、髪の毛をもしゃもしゃされて嬉しそう……」


「俺たちには真似できないな……」



 髪の毛をもしゃもしゃされて嬉しそうにはしゃぐリタに、ショウとハルアは戦慄の眼差しを送るのだった。


 その時である。

 遠くの方から『ぴーんぽーんぱーんぽーん』という間抜けな声が聞こえてきた。誰かが呼び出される時の放送魔法が、ヴァラール魔法学院の校舎全体に響き渡る。



『1学年のリタ・アロットさん、リタ・アロットさん。至急、学院長室までお越しください』



 よりにもよって、リタが呼び出しである。



「リタ、学院長室に呼ばれてるよ」


「行った方がいいのでは?」


「…………」



 セツコに髪をもしゃもしゃされていたリタは、泣きそうな表情で振り返った。



「せ、セツコ君に勝手に触ったらダメだったでしょうか……?」


「それは大丈夫ですよ、ユフィーリアやエドさんも勝手に触ってますから」


「たい、退学……親に迷惑を……」


「冬休み中に世界を滅ぼすような事件を起こしていないんですから、多分違いますよ。リタさんは問題児じゃないですから」



 学院長室に呼び出されたという一般生徒からすれば緊張感たっぷりの出来事に震えるリタを何とか宥めすかしながら、ショウとハルアは彼女を学院長室まで送り届けるのだった。

《登場人物》


【ショウ】この世界にやってきてから呼び出しを受けるようになった。元の世界では真面目だったのになぁ。

【ハルア】ユフィーリアやエドワードの背中を見て育っているので、学院長室に呼び出されるのは日常茶飯事。


【リタ】魔法動物が大好きな女子生徒。今回、学院長室に呼び出される羽目になりガクブル。

【セツコ】雄なのにセツコである。最近の趣味は若者の髪の毛をもしゃもしゃすること。

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