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第3話【問題用務員と女口調】

 運悪く、校舎内で今のところ誰かに遭遇する気配がない。



「誰かいねえかな」


「ふむ、ここでグローリア君などとかち合うのが面白い訳だが」


「親父さん、分かってるな」



 奇怪な魔法薬を片手に、伽藍がらんとしたヴァラール魔法学院の校舎内を練り歩くユフィーリアとキクガは実験台に出来る人員を探す。


 常日頃から問題児の問題行動の餌食になっている学院長のところに押しかけ、この奇怪な魔法薬を顔面に叩きつけて逃げてくるという選択肢もある。ただ、それは早々に魔法薬を取り上げられてしまい、正座でお説教を受けるという未来を引き寄せてしまう羽目になるのだ。

 それは何としても避けたいところではある。可能であればグローリアを実験台にするのは最後の方にお願いしたい。


 そんなことを思っていると、何やら廊下の向こうから賑やかな声が聞こえてきた。



「あ、父さん。ユフィーリアも」


「ショウちゃんパパ、こんちゃ!! ユーリ、セツコの餌やり終わった!?」



 廊下の向こうから歩いてきたのは、問題児の未成年組――アズマ・ショウとハルア・アナスタシスの2人組である。どうやら日課にしているツキノウサギのぷいぷいをお散歩させているようで、彼らの足元では星の模様が背中に描かれたウサギがぴょんこぴょんこと飛び跳ねて自分の存在を主張していた。

 ちょうどいい人物に出会ったものである。彼らの口調がどんな風に変わるのか気になる。


 ユフィーリアが魔法薬を取り出すよりも先に、キクガがショウとハルアに真っ赤な液体が詰め込まれた試験管を差し出していた。



「君たちも女の子にならないかね?」


「誘い方が鬼なんだ」



 ショウが何やら怪しいものでも見るかのような視線を寄越してくると、



「父さん、一体どうしちゃったんだ。そんな鬼側に勧誘するみたいな口調でとんでもないことを言い出して」


「鬼側とは」


「こちらの話だ、父さん。あまり気にしないでほしい」



 ネタが通用しないと判断するや否や、ショウはすぐさま「何でもない」と言い出した。鬼とは一体何だったのか聞きたいところだが、あまり首を突っ込んでしまうといじけてしまうので止めておく。



「それで『女の子にならないか』とは一体?」


「これ、どうやら口調だけを変える魔法薬っぽいんだよな。さっき八雲の爺さんで実験したら口調が上品になってた」



 ユフィーリアが簡単に魔法薬の効能について説明すると、未成年組の大きくつぶらなお目目がキラリンと輝いた。



「口調だけが変わるのか」


「みたいだな」


「性格までは変わるのだろうか」


「それは今のところ確認できねえな」


「なるほど」



 ショウはヒョイとキクガの手から真っ赤な液体が詰め込まれた試験管を取る。試験管の口を塞ぐコルク栓を引き抜き、一気に中身を飲み干してしまった。何の躊躇いすらも見せなかった。

 あまりの潔さに、薬の飲用を提案したユフィーリアやキクガもちょっと驚いたぐらいである。自分が女の子の口調になることに対して恐怖心も何もなかった。さすがの漢気に感動すら覚えてしまう。


 そうして魔法薬を飲み干したショウは咳払いをしてから、



「いかがです? 私の口調はお変わりになりまして?」



 彼の桜唇から紡がれた涼やかな低い声は、謎のお嬢様言葉をなぞっていた。



「あら、お嬢様みたいになってしまいましたわ」


「ショウちゃん可愛い!!」


「うふふ、ありがとうございます。私も、とても上品な言葉遣いで大変気に入っております」



 ハルアから手放しで称賛され、ショウは嬉しそうに笑う。その笑い方もどこかお嬢様のように品があった。


 この魔法薬は、ある程度外見か性格を判断して口調を変更させるのだろうか。八雲夕凪に飲ませた時は極東地域特有の一人称と口調に変更していたし、ショウは上品なお嬢様となった。その可能性は考えられるかもしれない。

 飲ませる人によって口調が変わるとは、何と面白い魔法薬だろうか。たまたま生み出したとはいえ、面白い玩具を手に入れてユフィーリアは満足である。まだまだ実験して遊びたいところだ。



「オレも!! オレも女の子になる!!」


「あ」



 ショウのお嬢様化に興味を持ったハルアが、キクガの手に握られた試験管を強奪する。そして躊躇いもなく真っ赤な液体を飲み干した。

 後輩も上品なお嬢様になれたのだから、自分自身もお嬢様になれる――そう信じて疑わない行動だった。どうして未成年組はこうも行動に潔さが出てしまうのか。きっと問題児筆頭のユフィーリアの背中を見て学んでしまったからだろう。


 魔法薬を飲み干したハルアは、



「これでアタイもお嬢様!?」


「おう、野生が似合うお嬢様になってんぞ」


「お嬢様違いじゃないの!!」



 ハルアは頭を抱えていたが、魔法薬が判断した彼の口調は『野生味あふれるお嬢様』だったらしい。もしくは『元気が有り余るお嬢様』だ。

 お屋敷の中で優雅に紅茶を楽しむ品のあるお嬢様ではなく、野原を駆け回ってドレスを泥だらけにしながら帰宅して両親にこっ酷く叱られるという姿まで想像できてしまった。ハルアらしいお嬢様像であると言えよう。


 キクガはそんなショウとハルアの姿を眺めて、



「それなら、私が飲んだらどうなるのかね?」


「やってみりゃいいんじゃねえかな」


「ふむ、なるほど」



 キクガはおもむろに試験管のコルク栓をきゅっぽんと抜くと、やはり何の躊躇もせずに赤い液体を飲み干してしまった。何だろうか、この漢気のある人々は。



「ふむ、んん……?」



 不思議そうに首を傾げてから、キクガは口を開く。



「どうやろか、あての口調は変わってますか?」



 そこまで喋って、キクガの表情が嫌そうに歪んだ。どこか上品さはあれど、その上品さはお嬢様というより極東の雰囲気が滲む上品さがあった。普段から和装を着こなしているだけあると言うものか。



「まあ、素敵ですわお父様。京都のお言葉ですの?」


「嫌やわ、忘れてまいたい記憶が蘇ってしもうたわぁ……」



 父親の口から紡がれる口調にはしゃぐショウとは対照的に、キクガの表情は浮かない。「忘れたい記憶が蘇ってしまった」と言っているが、果たしてどんな記憶なのか。触れたらとんでもない闇を覗きそうなので黙っておくに越したことはない。



「ユーリも飲んでよ!!」


「お、アタシの口調が変わるのが気になるか?」


「アタイ気になるわ!!」


「ごめんハル、お前の口調ちょっと面白い」


「うっふん!!」


「止めろ」



 これだけ愉快に口調が変わるなら、さて自分が飲んだ暁にはどんな口調になるのだろうか。綺麗なお嬢様言葉か、または「てやんでぃバーロー」みたいな乱暴な言葉になるのだろうか。

 想像するだけでワクワクしながら、ユフィーリアは苦手な魔法薬の味すらも忘れて一気に試験管の中身を飲み干した。真っ赤な液体が喉を伝い落ちていき、胃の腑に到達して霧散する。


 果たして、その結果は。



「あれ、変わったか?」


「変わってないな」


「アタシの薬品耐性が高すぎたが故か……」



 魔法薬を飲んだが、何も変わらなかった。何だかちょっとガッカリである。



「もしかしたら、男性にしか効かんかもしれんなぁ」


「ああ、今のところ変化が見られるのはお前らだけだもんな」



 魔法薬を飲んで口調の変化が見られたのはショウ、ハルア、キクガ、そして八雲夕凪の4人だ。彼らの共通項は全員『男』ということだろう。

 そうなると、この魔法薬は男の口調を女の口調に変えるという限定的な効果を発揮するものなのだろう。愉快である、とても愉快である。


 すると、



「こちらの魔法薬は、もしかしたら最強をお作りできる魔法薬なのかもしれませんわ」


「最強?」


「ええ」



 ショウがとても綺麗な笑みを見せると、



「聞いたことありません? 『男は度胸、女は愛嬌、オカマは最強』と」



 聞いたことねえよ、そんな格言。

《登場人物》


【ユフィーリア】魔法薬の耐性が高すぎて通用しなかった。

【キクガ】異世界の中でも京都出身の元インテリヤクザ。この喋り口調は義理の母親を思い出すから嫌。


【ショウ】お嬢様みたいな言葉に早変わり。可愛いでしょ〜知ってる〜♪

【ハルア】野生味溢れる元気な少女に大変身。誰だ、馬鹿って言った奴!?

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