第2話【問題用務員と謎魔法薬】
魔法薬の調合にあたり、適当な材料を買い込んできた。
「ウシガエルの足の粉末、妖精の羽の鱗粉、ヒカリゴケを乾燥した粉末剤、あとその他諸々っと」
「凄い数な訳だが」
「購買部も在庫処理セールをやっててな」
ずらりと目の前に並べられた魔法薬の調合に使われる素材を前に、キクガがその赤い瞳を瞬かせる。
魔法薬学室に侵入すれば、間違いなく学院長のグローリア・イーストエンドが飛んでくる。説教をされる未来は確定しているので、仕方なく中庭で調合することにした。まあどうせ碌な魔法薬が出来ずに怒られるだけではあるのだが、説教が今か先延ばしになるかのどちらかである。
雪の被害を受けていない中庭の東屋に魔法薬の材料を並べ、そしてついでに調合用の大鍋も魔法で転送させる。大きな鉄製の鍋に魔法で水を投入してから火にかけた。
グツグツと水を沸騰させている間に、ユフィーリアはセツコから折ってきた角を膝上に置く。このまま出汁を取るように煮込んでもいいのだが、途中で材料を取り出すのも面倒なので削って使用することを選ぶ。
「おりゃ」
「それは簡単に折れるものなのかね?」
「いや、それなりに力がいる」
ユフィーリアはセツコの角の一部を掴むと、花を摘むように手折る。
ボキッと簡単に折れる角。いくつも枝分かれした角を折ったところで価値は下がらないはずなので、残りはグローリアに売り払うことを決める。
いくら簡単にセツコから折れた角とはいえ、かなり硬いものである。折るのも一苦労だ。ユフィーリアだってそれなりに力を入れなければ折れなかった。
驚愕の表情で見てくるキクガは、
「やはりユフィーリア君たちはかなり力が強いのか……」
「羨望の眼差しを向けても冥府に再就職はしねえですよ」
「無理矢理にでも連行……」
「邪悪なことを考えてると意地でも抵抗するぞ」
優秀な獄卒の獲得を目論む冥王第一補佐官様に厳しい口調で告げると、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を銀製の鋏に切り替える。
冴え冴えとした銀製の鋏を使ってセツコの角を削っていくと、白い粉状のものが沸騰した鉄鍋の中身にパラパラと落ちていく。鍋の中身はあっという間に白く濁り、何やら薄荷のようにスッと清涼感のある香りが鼻孔を掠めた。
鉄鍋から漂ってくる薄荷のような香りに、キクガは「ほう」と感心したような素振りを見せる。
「とてもいい香りな訳だが」
「これがとんでもねー香りになったりするんだよな」
ユフィーリアは魔法で鍋の中身を掻き混ぜながら、
「特に『雪の王』の角は香油なんかの材料に使われるんだよ。いい匂いだからな」
「なるほど。確かにこれは香油などにしたら売れるだろう」
「昔はそれなりに個体数もいたのに、金儲けで乱獲するから超希少な魔法動物とか言われるようになるんだよな」
昔は『雪の王』も雪の積もった冬の山などで目撃されることが多かったが、金儲けを企んだ愚かな人類が乱獲なんてことをしてしまったから個体数を激減する羽目になったのだ。反省すべき人類の罪である。
特に角の粉末などは香油や基礎化粧品などに混ぜるといい匂いがするということで、角を目当てに狩られたりする訳である。どうせ抜け落ちるものだから待てばいいのに、命を奪うから値段が高騰するのだ。
まあそんな話はさておいて、ユフィーリアは薄荷の香りが漂う鍋にウシガエルの足の粉末をザバッと大量に投入した。
「色が変わった」
「親父さん、魔法薬の調合は初めて見るのか? 反応が子供みたいなんだけど」
「今まで見たことはない訳だが」
鍋の中に顔を突っ込まん勢いで顔を近づけるキクガを鍋から引き剥がしつつ、ユフィーリアは「そうかい」と応じた。
ウシガエルの足の粉末を大量投入したことで、鍋の中身は白く濁った状態から緑色に変化した。匂いも薄荷の中に草原のような、大自然の香りが混ざり込む。純粋な薄荷の香りではなくなってしまったのが残念でならない。
その後も順調に魔法薬の材料を投入していくと、緑色から真っ赤に鍋の中身が色を変える。まるで夕焼け空を溶かし込んだかのような鍋の中身は、キクガやそれこそ最愛の嫁であるショウの瞳の色と同じになった。
魔法薬の材料を全て投入し終えると、ユフィーリアは鍋の中身を掻き混ぜながら首を傾げた。
「……これ一体何の魔法薬だろうな」
「何と」
キクガは驚いたような視線を寄越し、
「何も分からずに調合していたのかね?」
「適当に材料を混ぜてただけだな」
「それで果たして大丈夫なのかね?」
「毒薬が出来るか、何か阿呆な薬が出来るか五分五分」
「…………」
キクガの瞳に冷たさが混ざったような気がする。
毒になるようなものは投入していないので多分問題はないだろうが、完成した魔法薬が毒薬になるか阿呆な効果を発揮する阿呆な魔法薬になるかは五分五分の確率である。レシピ通りに作らないと確実にこの2択になるのだ。
とっとと立ち去っていればいいのに、問題児筆頭の調合する魔法薬に興味を示してしまうから危ない目に巻き込まれるのだ。可哀想な冥王第一補佐官である。
ユフィーリアはニッコリと微笑み、
「興味を示したのが運の尽きだな、親父さん。残念ながら問題児の共犯者だ」
「くッ、ここで叱らなければならないという常識は理解しているが、しかし魔法薬の効果がどのようなものか興味があるという好奇心が……!!」
「よし、そのまま好奇心と常識の狭間で悩んでいてくれ」
常識を発揮させて長い説教を食らう羽目にならずに済むのであれば、ユフィーリアはもう何でもよかった。そのままキクガには好奇心と常識の狭間で悶々としてもらおう。
そんなやり取りをしているうちに、魔法薬は完成してしまった。色鮮やかな赤い液体から漂う香りは無である。『雪の王』の角を削ったことによる薄荷の香りやウシガエルの足の粉末を大量投入したことによる大自然の匂いもどこかに消え失せ、怪しさ満点の無臭しかしない。
完成した魔法薬を自前の試験管に詰め込むと、ユフィーリアは試験管を掲げてキクガに問いかける。
「親父さん、試しに飲んでみるか?」
「辞退する訳だが」
「だよな」
「自分が被害を受けなければ黙認はするつもりな訳だが」
「親父さんもなかなかの問題児根性あるよな」
自分に被害が出なければユフィーリアが何をしようと黙認する方針に決めたらしいキクガは、しれっと明後日の方向を見上げて聞かなかったことにしていた。なかなかの問題児精神を持ち合わせている御仁である。
さて、まずはこの魔法薬の実験をしたいところだ。どんな効果があるか確かめてから他の人間にぶち撒けに行きたい。毒薬だったら適切に処理しなければならないのだから。
すると、
「おや、珍しい組み合わせじゃの。何しとるんか」
「あ、爺さん」
「夕凪翁かね」
たまたま通りかかった真っ白な九尾の狐、八雲夕凪に目をつけたユフィーリアとキクガ。ここで出会ったのが彼の運の尽きである。
「爺さんそーれ」
「ぶわッ、何するんじゃい問題児ぃ!?」
八雲夕凪の顔面めがけて、ユフィーリアは試験管の中身を叩きつける。顔面で真っ赤な液体を受け止めた八雲夕凪は盛大に咳き込んでいた。
肌が爛れるような症状も、急に苦しみ始める症状も見られない。毒薬ではないということが判明しただけでも儲け物である。
八雲夕凪は顔に付着した魔法薬を拭うと、
「何をなさいますか!?」
声の調子はそのままに、口調だけが何故か女の子っぽいのに変わっていた。
「あ、あれ、妾は一体どうして、え?」
「なるほど、女性の口調になってしまうのかね」
キクガは納得したように頷いていた。
しどろもどろになる八雲夕凪をよそに、ユフィーリアは試験管に完成した魔法薬を次々と詰め込んでいく。
これはもう楽しい予感しかしない。早速色々な人物に使いに行こう。
「親父さん、来るか?」
「もちろん同行しよう。私も興味がある訳だが」
「妾はどうなるんでございますかぁ!!」
悲鳴を上げる八雲夕凪を放置して、ユフィーリアとキクガは謎めいた効果を発揮する魔法薬を持って校舎内に駆け込んでいくのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】自分で問題行動を起こして最悪の展開をやらかすことが多い。そのせいで怒られる。
【キクガ】自分が被害に遭わなければ別に怒らない。
【八雲夕凪】最近、何もしていないのに問題行動の餌食になることが多い。