第13話【異世界少年とセツコ】
ショウは最愛の旦那様に頼んで、ある人物に通信魔法で連絡を取ってもらった。
「こんにちは、リタさん。冬休みはいかがお過ごしですか?」
『こんにちは、ショウさん。もうすぐ冬休みも終わってしまいますので、何だか寂しいですね』
手鏡に映ったのは赤いおさげ髪が特徴的な少女――リタ・アロットである。ちょうど宿題の残りでも片付けていたのか、彼女の手元には一瞬だが羊皮紙の束が映り込んだ。
あるいは、両親の研究としてついていった砂漠で見つけた魔法動物の報告書でもまとめているのかもしれない。彼女はかなり勉強熱心だから行動の予想がつく。
手鏡の向こうにいるリタは不思議そうに首を傾げ、
『それで、どういったご用件でしょうか』
「実は聞きたいことがありまして」
『はい、何です?』
「リタさんは『雪の王』ってご存知ですか? 真っ白な鹿さんで、角から氷柱が垂れている魔法動物です」
『あ、マシロヒョウセツヨウセイシカですね。とても珍しいんですよ、まだ世界でも5体しかその存在を確認できていませんので』
リタは緑色の瞳をキラキラと輝かせながら熱く語り始める。
『身体から冷気を纏った魔力が常に放出されている状態でして、例えるなら冷感体質のユフィーリアさんが冷気を吸い上げないで常時行動をしている時と同じ状態なんです。近づくと本当に冷たく感じるんですよ。それで特に雪や氷に特化した魔法が得意でして、嘶いただけで雪崩を引き起こすという噂も』
「あの、リタさん。その『雪の王』って何を食べますかね?」
『食べる? 食べ物ですか?』
それまで『雪の王』に関する生態を語っていたリタは、ショウの質問を受けてキョトンとした表情を見せる。
『マシロヒョウセツヨウセイシカは氷雪科の魔法動物なんです。氷雪科の魔法動物は氷や雪が主な食事なんですよ。氷や雪に溜まった魔力を食べて栄養を補給しているんです』
「なるほど、そうなんですね。大変参考になります」
『あの、こちらが質問するのはおかしな話なんですが。どうしていきなりマシロヒョウセツヨウセイシカのことを……?』
不思議そうにするリタに、ショウは手鏡をある方向に向ける。
そこはヴァラール魔法学院で飼育されている魔法動物の飼育領域である。羽の生えた白馬『ペガサス』や8本足の馬『スレイプニル』、角の生えた馬の『バイコーン』などが飼育されている厩舎だ。彼らはリタたち魔法動物関連の授業を専攻する生徒たちにお世話されており、悠々自適に学院生活を満喫している。
そんな厩舎に新たな仲間が追加された。真っ白な毛並みが特徴的な鹿で、透き通るような青い瞳が聡明さを湛えている。頭から生えた立派な角からは何本も氷柱が垂れ下がっており、その神秘的な雰囲気に誰もが息を呑むことだろう。
その真っ白な毛並みの鹿は現在、餌の飼葉を追加しに来たハルアの頭に鼻先を突っ込んでもしゃもしゃと彼の髪をしゃぶっていた。
「セツコおおおおおお!! それ餌ちゃう、オレの髪やあああああ!!」
もしゃもしゃ、もしゃもしゃ、と一心不乱に髪の毛をしゃぶる真っ白な鹿から離れようと躍起になるハルアの姿を見ながら、ショウは手鏡に映る友人に言う。
「ご覧ください、当校に本年から新しい仲間が加わりました。隙さえあれば髪をもしゃもしゃしてきます、助けてください」
『お父さんお母さん学校に大変なものがあああああーッ!!』
「あ」
ぶつん、と通信魔法が途切れてしまった。リタの悲鳴が最後に聞こえた気がするのだが、やはり相当珍しい魔法動物のようである。
自前の手鏡をメイド服のエプロンドレスのポケットに戻し、ショウは髪の毛をもしゃもしゃされているハルアを真っ白な鹿から引き剥がした。髪の毛をもしゃもしゃされていたハルアは疲弊し、真っ白な鹿の方が寂しそうに「けーん……」と鳴く。鳴いても無駄である。
疲弊した様子のハルアは、
「リタ、何て言ってた?」
「氷や雪を食べるそうだ」
「ユーリに出してもらおうか」
「そうだな」
飼葉はとりあえず食べないことを知り、ショウとハルアはユフィーリアに餌となる氷を出してもらおうと校舎内に引き返すのだった。
《登場人物》
【ショウ】髪の毛をもしゃもしゃされるから禿げてないか心配。
【ハルア】ショウよりも酷い頻度で髪の毛をもしゃもしゃされる。
【セツコ】この度、ヴァラール魔法学院にて保護されることとなった希少な魔法動物。未成年組の存在を非常に気に入っている。セツコと名付けられているが、本当の性別は雄である。