第12話【異世界少年とついてくる雪の王】
こってりと叱られた。
「しょぼ……」
「しょぼぼ……」
「口で言わない」
雪崩を発生させた原因になってしまったショウとハルアは、それはそれは落ち込んだ雰囲気で冬の空を飛んでいた。もちろんエドワードも冥砲ルナ・フェルノに乗せて一緒である。
たっぷりと説教を受けたあと、ユフィーリアに「とりあえず置いてきた荷物とかを取りに行ってこい。それから研究施設とやらの位置も確認してこい」と命じられ、こうして冥砲ルナ・フェルノで一っ飛びしている訳だ。学院長から烈火の如く怒られたのでしょんぼり具合も全開である。
ショウは恨めしげにエドワードへ視線をやり、
「エドさんも『雪の王』が雪崩を発生させたって知ってたじゃないですか。何で言ってくれないんですか」
「『雪の王』がいたなんて言えないよぉ。あれはもうめちゃくちゃ珍しい魔法動物ってことで伝説扱いされてるんだからぁ」
伝説扱いされた魔法動物をこの目で見ました、なんて言っても信じてはくれないかもしれない。「宇宙人をこの目で見た!!」と主張することと同義である。
それよりも雪崩を容易く発生させることが出来る原因がこの場にいるのだから、疑われて「じゃあ探しに行ってこい」と言われるより先に未成年組を犯人に仕立て上げた方がいいという結論に至ったのだ。これは酷い扱いである。
冷たい空を飛んであっという間に山頂付近の研究施設前までやってきたショウたち問題児は、
「無事だったな」
「流されなくてよかった!!」
「雪崩で流されてたらどうしようかと思ったよぉ」
研究施設として案内された洞窟前に置いてきた雪山狩りの道具と本日の戦果は、他の野生動物にも荒らされず無事だった。巨大なウサギも雪蛇もそのままの状態で放置されている。
念の為に研究施設には何か残っていないかと確認するも、人の気配が全くない。研究者たちは残らず裸にひん剥いて雪の中に放り出した上、魔法動物の複製体に蹴飛ばされて雪崩にも巻き込まれたのだから当然と言えば当然である。あの密猟者たちは逃げてしまったようだが、魔法で痕跡はいくらでも追えるのでユフィーリアに任せることとする。
研究施設の入り口である洞窟の前に旗を突き刺しておいたショウは、
「これで分かりますかね」
「副学院長の魔眼が拾ってくれるでしょぉ」
冷たい風に靡く真っ赤な旗は目印にはなれど、何の仕掛けも施されている気配がないので気づいてくれるか心配ではある。だが、この世には世界中をどこでも覗き見し放題という魔眼もあるので、やはり魔法使いや魔女の出番である。
「あ」
「あ!!」
用事も済んだので帰ろうと冥砲ルナ・フェルノを呼び出すと、少し離れた位置で真っ白な鹿――『雪の王』がじっとこちらを見つめていた。
雪崩の原因を作った鹿である。しかもついでにショウとハルアが怒られる原因にもなっているのだ。『雪の王』が雪崩を引き起こさなければショウとハルアだってお説教を受けなくて済んだのに。
ショウとハルアは唇を尖らせ、
「貴方のせいで怒られたじゃないですか!!」
「オメェのせいで怒られたでしょ!!」
「魔法動物に八つ当たりをしないのぉ」
八つ当たりと称して飛びかかろうとするショウとハルアの襟首を引っ掴んだエドワードは、
「ほらぁ、お世話になりましたってご挨拶しなぁ」
「イーッ!!」
「がーッ!!」
「威嚇をしないのぉ」
未だに『雪の王』へ敵意を持つショウとハルアは最後の最後で威嚇をしてから、仕方なしに雪山狩りの道具と戦果を抱えて冬の空に飛び立つ。
相手は人間の言葉を介さない魔法動物である。いくら威嚇したところで意味などない。おそらくもう出会うこともないので、これっきりの付き合いになるはずだ。
そう思っていたのだが、空を飛ぶショウは妙な寒さに気づいた。気温が異様に低すぎる。行きと帰りで時間が経過しただけでここまで寒くなるものか。
「寒くないか?」
「寒いね!!」
「夕方だから気温が下がってるんじゃないのぉ?」
エドワードの言葉に納得しかけるが、眼下に広がる雪山の様子でショウは寒さの正体を発見した。
「『雪の王』がついてきてる!!」
「本当だ!!」
「何でぇ?」
見れば、あれだけ威嚇していた『雪の王』がショウたち問題児を追いかけてきているではないか。ずっとついてくるから気温が下がったままなのだ。
仕方なしに一旦降下すると、走ってきた『雪の王』はショウたちと少しの距離を置いて止まる。真っ白な毛並みと色鮮やかな青色の瞳はとても美しく、希少な動物と呼ばれるまで乱獲される気持ちも分かる気がした。
ショウは雪山の奥を指差すと、
「森へお帰り」
森へ帰るように促す。
しかし『雪の王』は嫌がるように頭を振ると、ざくざくと雪を踏みしめながら近づいてきた。体感温度がますます下がり、防寒対策を施した服装をしてきても身を切るような寒さが襲いかかってくる。
やがて真っ白な鹿がショウの目の前に立ちはだかると、突き出た鼻先をショウの頭に押し付けてきた。そして唐突にはみはみと髪の毛を貪ってくる。
「やあああ〜、食べないで〜」
「コラ、ショウちゃんの髪の毛を食べちゃダメでしょ!!」
ハルアが『雪の王』を一喝すると、おもむろに雪山狩りの道具が詰まった荷物から袋を取り出した。その袋にはおやつとして購買部で買ったクッキーがたんまりと入っている。
そのクッキーを1枚取り出すと、ハルアは『雪の王』の目の前に「ほらこっち食べなさい!!」と突き出す。食べ物で気を引こうという訳である。とても素晴らしいアイディアだ。
ところが、
「あああああ〜、食べないで〜!!」
「は、ハルさーん!?」
『雪の王』が興味を示したのはハルアの掲げるクッキーではなく、ハルアの髪の毛だった。赤茶色の髪の毛に鼻先を突っ込むなり、『雪の王』はショウにやった時と同じようにもしゃもしゃと貪り出す。
ショウは慌ててハルアを『雪の王』から引き剥がす。このままでは『雪の王』に髪の毛を食べられてしまう恐れがあった。今はまだ食われた形跡はないが、髪の毛がしっとりと湿っている。
真っ白な鹿から距離を取る未成年組だが、そんなショウとハルアの髪の毛をもしゃもしゃすることが気に入ったのか、『雪の王』はじりじりと距離を詰めてきた。何がしたいんだ、この魔法動物。
「エドさんバリア」
「髪をもしゃもしゃしたいんならこの人がお勧めだよ!! 髪の毛が硬めだからもしゃもしゃし甲斐があるよ!!」
「何で俺ちゃんを盾にするのよぉ」
ショウとハルアはエドワードを犠牲にして自分たちはもしゃもしゃ攻撃から逃れようとするのだが、
「いやああああ〜、食べないで〜!!」
「ハルさーん!!」
「何なんだろうねぇ」
盾にしたエドワードを突破して回り込んできた『雪の王』に髪の毛をもしゃもしゃされ、悲鳴を上げるハルアを救出すべくショウは真っ白な鹿に飛びかかるのだった。
☆
それからたっぷり1時間が経過した。
「ユフィーリア」
「ユーリ」
ヴァラール魔法学院に戻ってきたショウたち3人がやってきたのは、雪崩が侵食しつつある校庭である。
そこでは学院内に残っている教職員が、校庭に侵食してくる雪を魔法で片付けている最中だった。埋まっていた全裸の研究者たちは軒並み木製の棺へ詰め込まれ、魔法動物の複製体は縄で縛られて大人しくさせられている。残るは薙ぎ倒された針葉樹や岩などの瓦礫の片付けになるだろうが、まだ時間がかかりそうだ。
雪の結晶が刻まれた煙管を指揮者のように振りながら雪を片付けていたユフィーリアは、
「おう、お帰り。その研究施設ってのは見つか」
何やら話しかけながらこちらを振り向いたユフィーリアが、さながら氷像よろしく固まる。
並んで立つショウたち3人の背後に、真っ白な鹿が控えていた。もしゃもしゃとショウの頭に鼻を突っ込んで髪の毛をしゃぶってくるのだが、何度追い払ってもついてきてしまうので諦めたのだ。問題児男子組の表情は死んだ魚のようになっていただろう。
その真っ白な鹿を目の当たりにした誰もが動きを止めた。それもそのはず、頭から突き出た立派な角からは氷柱が垂れ、見事な真っ白い毛皮は手触りがよく、色鮮やかな青色の瞳は聡明さで溢れている。どこからどう見ても特殊な魔法動物であることは明らかだった。
そんな特殊な魔法動物から気に入られてしまったショウとハルアは、
「助けて」
「助けてくれ」
切実に助けを求めたが、ユフィーリアを筆頭にヴァラール魔法学院の関係者が慌てふためき出してしまったのでそれどころではなくなってしまった。
学院長からやけに熱の入った説明を受けたが、どうやら『雪の王』は世界でも5体しか確認できていない非常に珍しい魔法動物らしい。研究の為にヴァラール魔法学院で保護することを決定したそうだ。
現状、他人は警戒されてしまうので、お気に入りであるショウとハルアがお世話係に命じられ、ほぼ毎日のように髪をもしゃもしゃされることをまだこの時は知らなかった。
《登場人物》
【ショウ】髪をもしゃもしゃされた。こんなの初めて。
【ハルア】この鹿、舐めてくるんですけども。
【エドワード】未成年組が『雪の王』に髪をもしゃもしゃされて笑った。笑っちゃダメだとは思ってるけど笑っちゃった。
【ユフィーリア】未成年組が『雪の王』を連れてきてびっくり。本当にいるんだな、『雪の王』って。