第11話【問題用務員と雪崩】
「ちくしょう」
「観念なさイ♪」
用務員室の片隅にある長椅子にうつ伏せの状態で寝転がるユフィーリアに、アイゼルネが呆れたような口調で言う。
「また魔力回路のお手入れをおサボりしていたでショ♪」
「くそが」
アイゼルネに対抗する悪態も、今や覇気がない。
現在、問題児の男子組が雪山狩りに出かけている隙を見計らって、ユフィーリアは魔力回路のお手入れを施されていたのだ。これは風呂場を半日以上も占拠してしまうので、問題児の男子組が長いこと出かけている間にやるしかない。
そんな訳で綺麗さっぱりに魔力回路のお手入れをされ、ついでにお肌のお手入れとか髪の毛のお手入れとか色々やられた上でようやく解放されるに至ったのだ。正直な話、色々とやられすぎて何をされたのかよく分かっていない。
首だけを動かしてアイゼルネを見やったユフィーリアは、
「紅茶」
「はいはイ♪」
肩を竦めたアイゼルネが、用務員室の奥に設置された戸棚に向かう。これぐらいの我儘は許容されて然るべきだ。
「それにしても、エドたちはまだ帰ってこないのかしラ♪」
「雪山狩りは結構な重労働だからな、まだしばらくかかるだろうよ」
長椅子にうつ伏せの体勢で転がるユフィーリアは、アイゼルネの心配するような口振りにさらりと答える。
雪山に住まう害獣の処理を『雪山狩り』と言うが、これが結構な重労働である。雪山は寒いので防寒対策を施すと装備が重くなりがちだし、積雪の影響でだんだんと体力も奪われていくので狩人は誰もやりたがらない仕事だ。
元狩猟民族のエドワードは、雪の中でこそ本領発揮となる珍しい狩人だった。銀狼族である彼は通常の狩猟よりも雪山を舞台にした狩猟の方が得意としている。無尽蔵にある体力のおかげで積雪にも重くなりがちな装備も無効化していた。
すると、
――――ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!
耳を劈く轟音が、外から聞こえてきた。
「何だ今の」
「副学院長が魔法兵器の実験に失敗して爆発でもしたかしラ♪」
「そんな音だったか?」
爆発音というか、例えるならそれは何かを崩すような音だったような気がする。魔法兵器の実験に失敗してあんな盛大な爆発音はしないと思う。
何だか変な感覚が残る身体に鞭を打って長椅子から起き上がったユフィーリアは、とりあえず窓の外を確認してみた。
窓の向こうに広がっているヴァラール魔法学院の校庭は、変わらず雪が積もった銀世界となっている。広々とした校庭を雪が埋め尽くしており、授業が始まる前までに雪かきの作業をしなければならないかと少しだけワクワクした。
そのさらに向こう側――ヴァラール魔法学院を取り囲むように聳え立つ山から、大量の雪が津波の如く押し寄せてくるではないか。
「雪崩が!?」
「雪崩♪」
紅茶の準備をしていたアイゼルネも、茶器を一旦置いて窓の外に目を向ける。
山の斜面を滑り落ちてくる雪崩には、薙ぎ倒してきた針葉樹や妙に大きな動物などを巻き込んでヴァラール魔法学院の校庭に殺到する。下手をすれば校舎の出入り口まで塞がれかねない。
周囲を高い山々に囲まれているので雪崩の被害は織り込み済みだろうが、あれほど大規模のものはあまり見かけない。誰かが意図的に起こしたものと推測できる。
とにかく校庭に到達するより前に雪崩を止めなければならない。
「〈氷雪の壁〉!!」
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りして、魔法を発動させた。
雪崩の行く手を阻むように、分厚い氷の壁が作られる。さながら城壁の如く聳え立つ氷の壁と雪崩が衝突し、何とか大量の雪を押し留めることに成功した。
危ないことに、氷の壁の表面には大小様々な亀裂が確認できる。ついでに氷の壁を重ねて設置するも、重力に耐えきれず氷の壁が崩壊するのも時間の問題である。
氷の壁から目を離すことなく、ユフィーリアは用務員室の事務机に投げ出したままにしてあった通信魔法専用端末『魔フォーン』を引っ掴むと、表面も見ずに慣れた指捌きで識別番号を呼び出して通信魔法を飛ばした。
『ユフィーリア、今』
「雪崩だろ、知ってる」
魔フォーン越しに聞こえてきたのは、学院長であるグローリアの声だ。
「何とか壁で押し留めちゃいるが、あのまま氷の壁が破られるのも時間の問題だ。見たところ巻き込まれた動物とかもいるし、救助するまでちょっと時間を止めておいてくれねえか」
『分かった。悪いけど救助活動の方は任せていいかな?』
「さっきまで魔力回路の手入れだとかで身体の調子が万全なんだ、任せろ」
魔フォーンによる通信魔法を終えると、ユフィーリアは魔法で冬用のコートを身につける。防寒対策として厚手のマフラーを首に巻いてから、
「ちょっと出てくる」
「おねーさんも行くワ♪」
「悪いな、アイゼ」
冬用のコートを羽織る南瓜頭の従者に謝り、ユフィーリアは校庭に急ぐのだった。
☆
グローリアが雪崩の進行を魔法で止めてくれている間に、ユフィーリアは魔法動物とかその他諸々の救助である。
「何だこのデケエの」
「あら大っきいワ♪」
雪崩に埋もれるようにして、真っ白な巨大熊と毛むくじゃらの猿がいた。彼らは目を回した状態で伸びており、正常に活動を再開するまで時間を要するだろう。
他にも何故か全裸の人間どもが雪の中に混ざっていた。何か大きなものにでもぶつかったのか全身がひしゃげており、無惨な死体となってしまっている。これは死者蘇生魔法も適用されないだろう。こんな真冬に全裸で登山に挑む馬鹿タレなのだろうか。
積もった雪をザクザクと踏みしめながら、ユフィーリアはとりあえず伸びている真っ白な巨大熊と毛むくじゃらの猿を救助する。
「ホワイトグリズリーとノースマンズだろ、これ。こんなに巨大だったか?」
「ノースマンズはもはや雪男じゃないノ♪」
雪の中から引っ張り出した巨大熊と毛むくじゃらな猿の2匹に、ユフィーリアとアイゼルネは眉根を寄せる。
熊の方はホワイトグリズリーと呼ばれる熊で、雪山に生息する魔法動物である。主に雪などを食べて生きることが出来るのだが、人間を襲って血の味を覚えてしまうと大変なことになってしまうと噂がある。ただし毛皮は高値で取引されることもあり、最近では年々個体数が減っているという報告があった。
この場にいるホワイトグリズリーは、見たところ物凄く大きい。立ち上がれば見上げるほど巨大な身体が目を引く。通常の個体でもエドワードと同じ身長ぐらいなので、これでは成長し過ぎではないかと遺伝子異常を疑いたくなる。
そして猿の方はノースマンズと呼ばれ、これもまた雪山で雪を主食とする魔法動物だ。ふわふわの毛皮は高級な洋服店でストールやマフラーの材料などに使用され、こちらも年々個体数の減少が確認されている。
通常のノースマンズは大きくても成人女性の腰の高さぐらいなのだが、この場にいる毛むくじゃらな猿はエドワードの身長を遥かに超している。これでは雪山の伝説として語られる大男『雪男』みたいではないか。
遺伝子異常の疑いがある魔法動物2匹を転送魔法で手元に呼び寄せた縄で縛っていると、
「あのー……」
「ただいまぁ」
「帰りましたー……」
晴れ渡った冬の空から冥砲ルナ・フェルノがゆっくりと下降してきた。
冥砲ルナ・フェルノにはエドワードとハルアの2人がしがみついており、飛行の加護によって自由に空を飛ぶことが出来るショウはそのすぐ側に降り立つ。ハルアとショウの表情は今にも泣きそうであり、エドワードは知らん顔をしていた。
雪山狩りから帰ってきた問題児の男子組を「おう、お帰り」と迎えたユフィーリアは、
「疲れたか? 顔色が悪いけど」
「…………」
「…………」
ショウとハルアはエドワードを見やるが、未成年組の兄貴分は2人の首根っこを掴むとユフィーリアの眼前に突き出してきた。
「ショウちゃんとハルちゃんが雪崩を起こしましたぁ」
「グローリアも呼んでくるから詳しく」
無情にも告げ口をされたショウとハルアは「何で言っちゃうんですかぁ!!」「せっかく言い訳を考えてたのに!!」とエドワードに訴えるも、彼らの主張など聞いちゃいないユフィーリアはグローリアに通信魔法を飛ばすのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】未成年組が雪崩を引き起こしたと聞いて「まあ、予想は出来たわなぁ」と苦笑。
【アイゼルネ】ショウとハルアならやりかねないという安心と信頼。
【エドワード】未成年組のストッパーだが機能しない。
【ハルア】安心安定の暴走機関車野郎。
【ショウ】先輩の背中を見て育ったので、頭の螺子が緩みつつある。