第8話【異世界少年と研究施設】
捕まえた密猟者たちに案内させて、研究施設に到着した。
「見た目は洞窟!!」
「本当だ」
「洞窟みたいだねぇ」
首根っこを押さえつけた密猟者たちを引き摺りながら雪山を登り、到着した果てに見つけたものは薄暗い洞窟である。
雪が積もった中で唐突に出現した岩場に洞窟が作られており、先を見通すことが出来ないほど薄暗さに支配されている。外では研究施設であるということが分からない。
もう暴れることのない密猟者たちに視線をやれば、彼らは諦めた様子で全身をだらんと弛緩させていた。1発ぐらい殴れば研究施設の内部情報を吐いてくれるだろうか。
密猟者たちの拘束は先輩のエドワードに任せ、先鋒としてショウとハルアが洞窟の入り口に近寄る。
「洞窟だね!!」
「奥に行ったら研究施設っぽくなるのだろうか」
そしてショウとハルアはエドワードに振り返り、
「音が聞こえてこないから何がいるのか分からないです」
「入ってきていい!?」
「危ないから1人で特攻するのは止めなぁ」
エドワードは縄で縛った状態のまま引き摺ってきた密猟者たちの襟首を掴んで揺らし、
「先導して入ってぇ」
「何で」
「全裸放置」
「やります」
エドワードの要求に対して密猟者の1人が生意気な態度を取ってきたので、すかさずショウが全裸にひん剥く脅しのカードを切ったことで言うことを聞かせた。やはりこの極寒の中で全裸になるのは堪えるのだろう。
密猟者たちは恨めしげな視線を寄越してくると、縄で縛られた状態のまま2人仲良く連れ立って洞窟に歩み寄る。没収した猟銃を使用していたぐらいなので入り口を偽装するような魔法は施されていない様子である。
何の偽装工作も施されていない洞窟の入り口に足を踏み入れ、薄暗い闇の中に紛れ込んでいく密猟者たちの背中をショウたち問題児男子組も追いかけていく。少し先も見通せないぐらい、そして密猟者たちの背中も見失いそうになるほど洞窟内は暗い。
ショウはゴツゴツとした洞窟内の壁を撫で、
「炎腕、頼む」
そう呼びかけると、ゴツゴツとした洞窟の壁から垂直に炎腕が生えた。
炎腕を見た密猟者の2名は、揃って「うおッ」と驚きの声を上げていた。確かに腕の形をした炎の存在は、初めて見た時は驚くだろう。何かの幽霊と思うことは間違いない。
でも密猟者相手にそんな遠慮などをしてやるほど、問題児は甘くないのだ。犯罪者には容赦をしない。
狭い洞窟内で立ち止まりかけた密猟者たちの背中をエドワードが蹴飛ばして、
「早く行け」
「指図するな」
「全裸」
「黙ります」
反抗する割には全裸で黙るとは、彼らはそこまで社会的なモラルを守るのに必死なのだろうか。まあこの洞窟内も薄らと寒いので、こんなところで全裸になろうものなら凍えるということなのだろうが。
密猟者たちはやはり恨めしげな視線を寄越してくるが、全裸が怖い彼らはショウたちの要求に従うしかない。ゾロゾロと洞窟内の奥を目指して歩いていく。
炎腕に行き先を照らしてもらっていると、不意に視界の端で明るさを認識した。顔を上げると、どうやら洞窟の終わりが見えてきたらしい。遠くからゴボゴボという水を泡立てるような音が聞こえてきた。
炎腕には引っ込んでいてもらい、洞窟の奥から漏れてくる明かりを目指す。数十秒と置かずに洞窟を抜けると、明るくて広い空間に出た。
「わあ」
「凄えね」
「広いねぇ」
密猟者2名に案内されてやってきた場所は、縦に長い空間だった。山の中に作られた空間のようで壁や天井などは岩肌が剥き出しの状態となっており、石が詰め込まれた洋燈が等間隔で配置されて縦に長い空間を照らしている。
鉄骨などを組み合わせて作られたスロープは壁沿いに配置され、穴の底には巨大な水槽が3つほど鎮座していた。緑色の液体で満たされた水槽には熊や毛むくじゃらの猿みたいな見た目の動物がぷかぷかと浮いており、何本もの管が動物たちを水槽に繋ぎ止めていた。
それらの動物を上から見下ろしていたショウたち問題児は、
「学校の敷地内にこんなものを勝手に作らないでほしいのですが」
「学院長とルージュ先生に報告してキクガさんに拷問コースかぁ、副学院長の玩具になるかぁ、うちの魔女様に存在そのものを抹消してもらわないとねぇ」
「ヴァジュラもあるよ!!」
「七魔法王なんて怖くねえ」
密猟者2名は余裕綽々の態度で、
「連中が怖くて研究なんかに協力できるか。こっちは高え報酬をもらって仕事してんだ」
「七魔法王が怖いなら全裸も怖くないですね、覚悟はよろしいですか」
「いやちょそれとこれは話が」
「覚悟はいいですか」
ショウがすぐさま距離を詰め、密猟者2名の襟首を掴む。縄で縛られているので服を剥くことは出来ないが、冥砲ルナ・フェルノで燃やすことは出来る。
その時、「誰だそこにいるのは!!」という声が鼓膜を突き刺した。
声の方向に視線をやれば、眼鏡で白衣の上から厚手のコートを羽織った男がショウたち問題児と捕まった密猟者2名を睨みつけていた。おそらくこの研究施設で働く研究者だろう。
コートの下から木の枝のような杖を引っ張り出した研究者然とした男は、
「侵入者が!! 殺して――」
「ちぇすとぉ!!」
研究者の男が魔法を使うより先に、ハルアが素早く飛びかかっていた。
巨大なウサギや雪蛇を外に置いてきた影響で身軽になったことも理由として考えられるだろう、風のような速度で肉薄するなり男の顎めがけて掌底を叩きつけていた。背筋を仰け反らせた男は鉄骨を組み合わせただけのスロープに背中から倒れる。
耳障りな音が縦穴全体に響き渡り、穴の底を駆け回っていた研究者たちが一斉にこちらを見上げていた。顔を引き攣らせ、応戦するべくコートの下から木の枝を想起させる杖を引っ張り出していた。
エドワードは密猟者の2人を自分の盾にするように突き出し、
「動くなあ!!」
エドワードの怒声が縦穴全体に響き渡った。
びりびりと空気を震わせる声に、さすがのショウも身を竦ませる。自分が怒られた訳ではないのに、そんな気分にさせられる迫力があった。
動けたのはハルアぐらいのもので、彼はすぐさま密猟者たちの側に駆け寄ってくると木の枝のようなものを密猟者の男の首に突きつけた。気絶した研究者から奪った魔法の杖だろう、いつのまに奪ったのだろうか。
顔を引き攣らせた密猟者たちに構わず、エドワードはこちらに杖を突きつける研究者たちに向けて言う。
「いいか、動けばこいつらがどうなるか分かってンだろうな。こいつらにやることをテメェらにもしてやるからな」
エドワードがそう脅しをかけるも、杖を構える研究者たちは構わないとばかりに一斉に詠唱をし始めた。なるほど、密猟者たちは所詮、捨て駒ということか。
それもそうだろう、研究者たちはこの研究施設である縦穴で極寒など味わうことなく研究に没頭し、密猟者である男たちは汗水垂らして彼らの研究に貢献していた。捕まろうが代わりなど簡単に確保できるとでも思っているのか。
脅しに失敗したエドワードは、
「ショウちゃん、この状況から通用する脅しって何かあるぅ?」
「さっきまでの格好いいエドさんはどこに行っちゃったんですか」
「このおじちゃんたちが捨て駒だって分かってから可哀想になってねぇ」
「確かにそれはそう」
ショウはスロープから穴の底を見下ろすと、
「今から全裸にひん剥きます」
「「「「「え」」」」」
詠唱途中だった研究者たちの声が止まった。
ショウはポンと手を叩き、炎腕を大量に召喚する。普段こそ燃えるものと燃えないものを区別してくれる炎腕だが、他人には容赦などしない。何か別の罠かと思うほど大量に生えた腕の形をした炎は、研究者たちを根こそぎ捕まえた。
衣服を燃やすなどはもったいない。ジタバタと暴れる研究者たちを押さえつける炎腕は、慣れた手つきで研究者たちからコートや白衣やその下に隠されていたセーターや下着までも剥ぎ取っていく。顔だけの最低限の露出だった研究者たちの格好が、あっという間に肌色の面積を増やした。
きゃあきゃあと絹を裂くような悲鳴が縦穴を満たしていく様を眺め、ショウは朗らかに笑いながら言う。
「全裸になった人から正座してください、研究施設の目的などのお話をお伺いします。正直に話した人には衣服を1枚ずつご返却しますが、逆らったり生意気な態度を取れば1枚ずつ衣服を目の前で燃やしていきます。凍りつきたい方は遠慮せず言ってくださいね、外にお連れしますので」
ショウは「あ、そこの気絶した人も全裸にひん剥いてくれ」と炎腕に命じ、スロープで大の字に伸びている研究者の男も全裸にひん剥かせる。寒さに飛び起きた男の首根っこを引っ掴み、炎腕に引き摺らせて仲間の元に連れて行った。
容赦のない後輩の行動に、密猟者だけではなく先輩のエドワードとハルアでさえも「敵に回さなくてよかった……」と安堵するのだった。
《登場人物》
【ショウ】他人の嫌がることを時と場合と相手を選んで容赦なくやる。父親譲り。
【ハルア】他人の嫌がることはやっちゃダメとユフィーリアに教わったが、最近はショウに毒されつつある。
【エドワード】他人の嫌がることはやらないが、暴力に振る傾向がある。