第7話【異世界少年と密猟者】
密猟者を追いかけて鬼ごっこ開始である。
「待てや密猟者ぁ!!」
「お縄だよ!!」
「武器を捨てて投降すれば正座でお説教のあとに警察組織へ引き渡します」
「何なんだよお前らァ!?」
密猟者の中年どもは、顔を引き攣らせてざくざくと雪を踏みしめながらも逃げる。何とか懸命に逃げる。
しかし、足場が非常に悪い影響もあって問題児男子組にすぐ追いつかれそうになっていた。そもそもショウたちと相手の身体能力の違いも影響しているだろう。普段から悪いことをして身体を動かす不健康な連中と違い、問題児は毎日鍛錬を欠かさない健康的な阿呆である。
足場の悪い雪道を加速して密猟者の1人を捕まえたのは、問題児の中でもとびきり身体能力の高いハルアだった。
「確保!!」
「ぐええッ」
「あ、ロドリー!?」
密猟者の背中に飛びついたハルアは、彼の首に腕を巻き付けると容赦なく締め上げる。男の口から潰れた蛙のような悲鳴が漏れた。苦しそうにもがきながらハルアを振り解こうとするも、暴走機関車野郎と名高いハルアを引き剥がすことが出来るのならば実践してみてほしいところだ。
仲間の密猟者は問題児に捕まった彼を助けようと自前の猟銃を構えるも、すぐ横合いから飛んできた矢が木製の銃把を貫通したことで身を竦ませる。「ひいッ」と悲鳴が漏れたのも束の間、冥砲ルナ・フェルノの飛行の加護によって飛んできたショウの華麗なドロップキックを食らって吹き飛ばされた。
倒れた密猟者の背中にのしかかるショウは、
「俺も自前でプロレスできます、食らえ父さん直伝サソリ固め!!」
「あーだだだだだだだ膝が腰がやばい折れる折れる折れる!!」
密猟者の両足を掴み、膝の辺りで交差させて拘束した上で捻りも加えて腰を落とすプロレス技――サソリ固めが華麗に決まる。本来ならば焔腕に任せるべきだが、最近ではショウ自身もプロレス技を嗜むようになった。
容赦のない締め技に、密猟者の男の口から絶叫が迸る。雪の積もった地面を手で叩いて降参を告げるものの、技をかけることに必死なショウは加減が出来ずにギチギチと密猟者を拘束し続けた。
ようやく追いついたエドワードが、
「ショウちゃん、ハルちゃん。あんまりやるとおじさんたちが死んじゃうからほどほどにしようねぇ」
「しゃーッ、んなろーッ!!」
「ふにゃーッ!!」
「技かけることに必死ぃ」
そのまま密猟者を殺しかねないショウとハルアの未成年組を、無理やり中年の野郎どもから引き剥がすエドワード。岩をも持ち上げてもケロリとしている剛腕の前では、未成年組の暴力性など意味をなさなかった。
未成年組から解放された密猟者2名は、冷たい雪の上に転がるなり「助かった……」「生きてる……」なんて呆然と呟く。命が助かって安堵しているところだが、残念ながら本番はここからだ。
言っても未成年組は子供なので、手加減の出来ない締め技に走りがちではある。拷問をしようとしたって加減がわからずに殺してしまう場合が考えられた。でも未成年組の保護監督としてこの場にいる唯一の大人のエドワードは、問題児筆頭と一緒に色々なことを経験して大人になったのだ。
そんな訳で、持ち込んだおやつのクッキーで未成年組を大人しくさせたエドワードは、のしのしと密猟者に歩み寄る。
「私有地で狩猟は禁止ですぅ。ただちに止めるか死んでくださいねぇ」
「あだだだだだだだだ締め技を脱したと思ったら次はこれかああああああああああああ!?」
「頭が壊れる壊れちゃうううううううううう!!」
密猟者たちの顔面にその大きな両手を乗せたと思えば、容赦なく5本の指でギリギリと締め上げる。しかもこちらは完全に手加減をしていた。手加減をした上で万力のように固定してギチギチと力をこめていくものだから、頭を潰されるかもしれないという恐怖心が密猟者たちの精神を染めていく。
「はい、誰からの指示か言ってごらん。ちゃんとねぇ、拷問するからぁ」
「拷問するんじゃねえかああああああ!!」
「死にたくないよおおおおおおおおお!!」
「当たり前じゃんねぇ、ここってヴァラール魔法学院の私有地だよぉ。ちゃんと不審者には拷問するに決まってるじゃんねぇ」
ジタバタと暴れる密猟者たちの顔面を締め上げ続けるエドワードは、
「このまま言わないんだったら未成年組の玩具になるよぉ」
「ぎゃあああああ言います言います言わせてください!!」
「話します話します殺さないでくださいお願いします!!」
「ちょっとでも逃げる素振りを見せれば玩具だからねぇ。――死者蘇生魔法が適用されるほど綺麗な死に方が許されるとは思うンじゃねえぞ」
最後にエドワードは低い声で唸ってから、密猟者たちを解放した。
顔面を押さえる密猟者たちは、とりあえず命があることには安堵するのだが、問題児が目の前で仁王立ちをしている様に怯えて口を閉ざしてしまう。先程までの「話します」という殊勝な態度はどこに行ったのか。
これはショウとハルアの玩具コース確定だろうか。ショウはハルアと顔を見合わせ、この密猟者どもをどうしてくれようと視線で語りかける。ハルアが何かを突き刺すような手振りを見せたので、おそらくヴァジュラでも召喚して丸焦げにすることを伝えてくれているような気がした。
すると、
「俺たちは確かに密猟紛いのことをした。だがお前らが言うような密猟者と呼ばれるのは心外だ」
「口の利き方に気をつけた方がいいですよ。この極寒の地で裸にひん剥かれたいですか?」
「ひいッ」
訥々と喋り出した密猟者の片割れが、何か「自分たちは密猟者ではない」と主張してきた。それはつまり、自分たちは罪を犯していないと言い訳をしているようなものである。
そんな言い訳が通用するのは、生まれて間もない子供ぐらいだ。何十年と人間として生活してきて馬鹿げた言い訳を使うなど、頭が足りていない証拠である。
ショウが冷たい目でそう告げると、語り出した密猟者の男が「ほ、本当だ!!」と叫ぶように主張した。
「確かに猟銃で仕留めようとはしたが、ちゃんと研究した暁には死者蘇生魔法を適用して森に帰すつもりで」
「見るからに貴方がたが使用している猟銃の弾丸は散弾のようですね。ガッツリ死体に穴が開きますし、何よりぐちゃぐちゃに傷つけられることは確定的だと思われます。死者蘇生魔法の適用は死体の損耗率が3割未満ですので、3割を超えれば適用されませんがその辺りはちゃんと学んでおりますか?」
「…………」
「ハルさん、玩具にして遊ぼうか」
「分かった!!」
「待ってくれ判断が早すぎるだろう!?」
素早い判断で「密猟者には鉄槌を下すべき」と結論づけたショウに、密猟者が焦ったような口調で待ったをかけた。
何か理由を聞こうにも、どうせ碌なことではないことは分かっている。彼らは「研究に使用した暁には云々」と言っていたので、あの『雪の王』なる真っ白な鹿も研究に用いるつもりだったのだろう。何の研究に使うつもりなのか聞きたくない。
密猟者は今にも泣きそうな表情でエドワードへと振り返り、
「おい、お前のガキか!? 常識はどこに行った!?」
「研究って何ぃ?」
「あ、いや、あの」
「研究って何ぃ?」
密猟者の男が口を滑らせた情報をしっかり聞いていたエドワードが、今度はハルアを抱えた状態で脅す。今でこそだらんと全身を弛緩させて飼い主にされるがままに運ばれる猫を想起させるが、雪の積もった大地に降ろされた途端に飛びかかることは予想できた。
もはや密猟者の命も秒読みだが、彼は往生際悪く言い訳を考えているようだった。その悪い頭で考えられる言い訳なんてあるのか。
その時、今まで黙りこくっていた密猟者のもう片割れが口を開いた。
「複製だよ」
「え?」
「おい、ロドリー!!」
仲間の密猟者に胸倉を掴まれるも、そのロドリーと呼ばれた男は疲れた表情で言った。
「山頂ら辺にある洞窟で、魔法動物の複製体の研究をしてる錬金術専門の魔法使いの集団がいるんだ」
《登場人物》
【ショウ】最近、炎腕に頼らず自力でプロレス技が出来るようになった。得意な技はサソリ固め。
【ハルア】首を決めれば勝てるとエドワードから教わった。
【エドワード】言わずと知れた問題児の筋肉担当。関節技どころか片手で相手の顔面をボールのように掴む。