第5話【異世界少年とお弁当】
登山も疲れたので休憩である。
「はい完成」
「ものの20分足らずでこんな立派なものを作ることが出来るとは」
「慣れって凄えね!!」
目の前に拵えられたゲイルに、ショウとハルアの未成年組は感動する。
お昼休憩ということで、ショウの引き摺るソリに積まれていた携帯用のスコップでエドワードがゲイルを作ってくれたのだ。雪を固めて積み重ねていく作業を眺めていると、作り慣れているのがよく理解できた。
あっという間に3人は仲良く入ることが出来る大きめのゲイルが完成し、早速とばかりに内部に潜り込む。キンと冷えた空気が遮断され、寒さもマシになった。
エドワードは大きめの聖杯のようなものを地面に突き刺し、
「ハルちゃん、ここに紙と枝を入れてぇ」
「あい」
ソリに積まれた荷物の中から紙に包まれた枝の束を取り出してきたハルアは、エドワードの指示に従って枝をポキポキと折って聖杯の中に放り込んでいく。ついでに用務員室から持ち込んだ古紙もぐしゃぐしゃに丸めてポイポイと次々に放り込んでいた。
枝は購買部であらかじめ購入していたもので、古紙に関しては用務員室の紙製怪獣であるステディに「くださいな」とお願いをして持ってきたものだ。こんな雪の中なので焚き火などはしにくく、燃える材料を事前に持ち込んでおく必要があるそうだ。
聖杯の中が枝と古紙でいっぱいになったところで、エドワードが「ショウちゃん」と呼ぶ。
「炎腕に頼んで火をつけてもらえるぅ?」
「分かりました」
ショウは雪で覆われた地面をポンポンと叩いて、腕の形をした炎――炎腕を呼び出す。足元から1本の炎腕が出現し、聖杯の中を満たす枝と古紙めがけて5本の燃える指先を勢いよく突っ込んだ。
ガサガサと聖杯の中身を掻き回すこと数秒、あっという間に枝と古紙に火が灯って焚き火が完成する。おそらく、この聖杯モドキは焚き火台か何かなのだろう。
めらめらと燃える炎のおかげでさらに暖かくなり、ショウの口から思わず息が漏れる。防寒対策をたくさんしてきたとはいえ、やはり寒いものは寒いのだ。
「はい、ショウちゃん!!」
「わあ、凄いな」
「だよね!!」
ハルアが突き出してきた籠には、隙間なくサンドイッチが詰め込まれていた。硬く焼いたバゲットで作ったサンドイッチもあれば、保存に適した黒パンを用いたサンドイッチまで揃えられている。雪山という厳しい環境でも美味しく食べられるようにと工夫が凝らされていた。
瑞々しい野菜がたくさん挟まったサンドイッチやカリカリになるまで焼かれたベーコンと溶けたチーズが挟まったサンドイッチ、果ては自家製らしい実がゴロゴロと入ったジャムのサンドイッチまで多岐に渡る種類が籠の中にいっぱい詰められていた。どれもこれも美味しそうである。
ショウは野菜がたくさん挟まったサンドイッチを手に取るのだが、
「表面をちょっとだけ炙ると美味しいよ!!」
「炙っちゃうのか? 大丈夫か?」
「炙っちゃうの!! 平気だよ!!」
同じく野菜がたくさん挟まったサンドイッチを手に取ったハルアが、目の前でめらめらと燃える焚き火の上にサンドイッチを翳す。両面を火で軽く炙ってから、大きな口でパンにかぶりついていた。
ハルアと同じ手法で、鶏肉が挟まったサンドイッチを焚き火に翳すエドワードが「ショウちゃんもやりなぁ」と促してくる。なるほど、どうやらこの世界ではこうやって食べるのが普通のようだ。
一旦食べかけたサンドイッチを掴み直し、ショウも2人の先輩たちを真似て焚き火でサンドイッチの表面を炙る。じわじわと炎に炙られたことで、パンが温かくなっていった。
「ユーリが魔法上手でよかったよぉ。保存がちゃんとしてるからねぇ」
「普通の人はここまで出来ないものなんですか?」
「保存の魔法は割と広く使われている魔法だから出来るっちゃ出来るけどぉ、維持をするのが難しいよねぇ。高確率でパンか具材のどっちかが萎びちゃうもんねぇ」
たっぷりの鶏肉が挟まったサンドイッチにかぶりつき、エドワードが「美味ッ」なんて声を漏らしながら言う。
サンドイッチに齧り付いて分かる通り、野菜の瑞々しさが保たれているのはひとえにユフィーリアの高い魔法の技術によるものだ。元の世界でも保存方法には様々な工夫が凝らされていたのだが、そこそこ長い時間を持ち歩けば野菜の鮮度は確実に落ちる。これほど野菜がシャキシャキの状態を維持できるのも魔法のおかげだ。
最愛の旦那様の魔法の腕前が高いことを改めて実感した。「魔法の大天才だからな」と常日頃から口にしてくるだけの技術力はある。これはもう『魔法の大天才』を胸を張って自称しても文句はない。
ユフィーリアの高い魔法技術に感謝をしながら野菜のサンドイッチを口の中に詰め込むと、隣でハルアが「あーッ!!」と声を上げた。
「ショウちゃんショウちゃん、大変なものをオレは発見したよ!!」
「どうしたんだ、ハルさん。まさかユフィーリアお手製のサンドイッチの中にルージュ先生の毒物でも混ざっていたか?」
「そうなったらオレはスパイダーウォークで雪山を登ることになっちゃうよ!!」
「それもそうか」
ハルアが嬉しそうな表情で取り出したサンドイッチは、食パン2枚を使用したごく一般的なサンドイッチである。見た目こそ異常はなさそうだが、注目すべきはその中身だ。
何とそのサンドイッチには、チョコレートクリームとマシュマロが挟まっていたのだ。お食事系サンドイッチの中におやつ系サンドイッチも混ざっているとは嬉しい限りである。しかもチョコレートとマシュマロのサンドイッチなど、確実に焚き火で炙った方が美味しい食べ方が想定されている。
ショウもまた瞳を輝かせ、
「わあ、スモアサンドイッチか?」
「焼いたら絶対に美味しい奴!!」
「焼こう焼こう」
「焼こう!!」
いそいそと籠からマシュマロとチョコレートクリームのサンドイッチを取り出したショウとハルアは、早速とばかりに焚き火で炙り始める。焚き火の熱を受けてパンに焼き目がついていき、さらに挟んであるマシュマロとチョコレートクリームがじゅわじゅわと溶け出していく。
焚き火で作る料理の代表格と言えば、焼きマシュマロである。中庭に雪が積もる前は焚き火でよく焼きマシュマロを作ったものだが、またこうして食べることが出来るのは幸せだ。
スモアサンドイッチを焚き火で炙るショウとハルアの姿を眺め、エドワードは苦笑した。
「そんなに嬉しいのぉ?」
「焼きマシュマロは至高ですよ、エドさん」
「チョコレートとマシュマロの相性は抜群なんだよ!!」
「チョコレートはいらない」
エドワードは真顔で首を横に振った。
子供の頃にチョコレートを食べ過ぎて吐いたことが心的外傷を作ったのか、普段は何でも好き嫌いなく食べる上に時には皿まで食べることで有名なエドワードが真顔で拒否の姿勢を貫くのは珍しいことである。まあ子供の頃は好きだった食べ物が大人になってから嫌いになる、というパターンは珍しくもないので、ショウは特に何も言うことはない。
焚き火で炙ったことによりいい具合の焼き目がついたスモアサンドイッチに、ショウとハルアはほぼ同時にかぶりついた。
「んー、甘くて美味しい」
「美味え!!」
「よかったねぇ」
甘いスモアサンドイッチに、ショウとハルアの表情が綻ぶ。とろとろに溶けたマシュマロと温かなチョコレート、そしてパンとの相性が抜群である。
「雪の中で甘いスモアサンドイッチを食べられるなんて贅沢だな」
「しかも火で炙って食べるのがいいよね!!」
「これぞ雪山狩りの醍醐味だよねぇ」
断熱性の高いゲイルの中、問題児男子組はサンドイッチのお弁当に舌鼓を打つのだった。
《登場人物》
【ショウ】スモアサンドイッチの存在を知って、たびたびユフィーリアにおねだりするようになった。
【ハルア】異世界料理『厚焼きたまごサンド』に感動した。
【エドワード】やっぱりサンドイッチにはステーキとか挟んでほしいねぇ。肉大好き。