第4話【異世界少年と雪蛇】
巨大ウサギとついでに小さいウサギも討伐である。
「それを引き摺るのか?」
「縄に重力軽減の魔法陣を組んでもらってるから軽いよ!!」
「振り回そうとしないでほしい」
「ごめん!!」
縄に括り付けた巨大ウサギを振り回そうとして、ショウに注意されたハルアはその手を下ろす。軽さを証明する為の行動が巨大ウサギを振り回すこととはどういうことだろうか。
それでも、見上げるほど巨大なウサギを楽々と引き摺る姿を見ていると、本当に縄に細工が仕掛けられているのだと理解できる。そうでなければこんな巨大ウサギの死体を引き摺って雪山を登ることなど出来やしない。
ショウはエドワードの背嚢をぺちぺちと叩き、
「エドさん、エドさん。料金表を確認させてください」
「いいよぉ、ちょっと待ってねぇ」
エドワードが背嚢を下ろし、ポケットから折り畳まれた羊皮紙を引っ張り出す。
手渡された羊皮紙を広げて、ショウは記載された情報を確認する。
雪山狩りで仕留めた獲物をどれほどの金額で買い取ってくれるかの情報である。ずらりと並んだ動物の名前の中には『ウサギ』もあり、取引金額は1万ルイゼから1万5000ルイゼと書き込まれていた。なかなか高額なお値段なのは、学院に併設されているレストランに売り込むつもりなのだろうか。
その雪山に出現する動物たちの名前を確認すると、
「……エドさん」
「なぁに?」
「熊ってあるんですけど」
「ホワイトグリズリーねぇ、いるよぉ」
エドワードはさも当然とばかりの口調で言う。
ホワイトグリズリーという名前の熊には聞き覚えはないが、脳裏をよぎったのは「もはやそれはシロクマではないのか」というツッコミは脇に置いておく。こんな寒い状況で余計なことが思い浮かぶとは悪い傾向だ。
問題は、この山に熊が出ることである。熊はさすがにとんでもねー動物だとショウも学んでいる。元の世界でも熊の被害が酷いなどというニュースを幾度となく目にしてきたのだ。
不安げな表情でエドワードを見上げるショウは、
「く、熊さんに勝てますか?」
「何度も狩ってるから平気だよぉ」
エドワードは飄々と笑いながら力瘤を作り、
「素手でも仕留めたことあるしぃ、いざとなったらハルちゃんもいるしねぇ」
「ハルさん、熊さんを狩ったことあるのか?」
「あるよ!!」
狂気的な笑顔を見せ、ハルアは親指を立てる。この先輩たち、獰猛な動物の代表格である熊を仕留めたことがあるとは恐れ入る。しかもエドワードに至っては素手だ。
「さすが問題児……」
「ショウちゃんも冥砲ルナ・フェルノを使えば簡単だよぉ」
「神造兵器っていう強い味方がいれば意外と簡単に仕留められるよ!!」
笑顔でそんな為になるかならないか分からない助言をする先輩たちに、ショウは遠い目をするのだった。
確かに神造兵器という反則級の武器を使えば、熊など恐るるに足らずである。ショウの有する冥砲ルナ・フェルノの高火力があれば一瞬で消し炭だ。
ただ、熊という獰猛な動物と相対する恐怖心はある。相手は人間の言葉を理解できない動物だ、子供など格好の餌でしかないだろう。特に以前のショウのように骨と皮だけしか存在しないガリガリに痩せ細った状態ならば骸骨のフリでもすれば見逃してもらえた可能性もなくはないが、今の健康的な状態では動き回る餌である。
もし熊さんに出会ったら仕留めた経験のある先輩たちを差し出して逃げよう、と心に決めたところで、ショウは再び羊皮紙に視線を落とした。
「蛾とかもいるんですね」
「スノウモスねぇ。あれは無害だから雪山狩りでは仕留めないよぉ」
「リタと標本作りしたいね!!」
「ああ、そうだな。あと――」
今回、学院長のおかげで値段が跳ね上がっている鹿の次に高額な取引金額として設定されているのが『雪蛇』であった。
読んで字の如く雪の中に潜む蛇なのだろうが、取引価格が30万ルイゼというこれまた法外な値段が設定されていた。他の取引価格は1桁少ないというのに、ヴァラール魔法学院で確認した時は見逃していた金額である。
ショウは毛糸の手袋で覆われた指先で、この『雪蛇』と書き込まれた動物名を示す。
「あの、エドさん。この雪蛇って何ですか?」
「雪の中に住んでる蛇だよぉ」
「蛇さんもいるんですか」
「いるよぉ」
「この雪山、何だっていますね」
「まあ、蛇は珍しいからねぇ。あんまり見たことはないねぇ」
軽い調子で笑い飛ばしながらエドワードは言うが、ショウはこの雪蛇とやらが想像できなかった。
蛇と言えば、想像できるのが細くて長くて縄みたいな見た目をした爬虫類である。人間を丸呑みに出来るほどの大蛇と呼ばれる存在は、さすがにこの雪山ではいないだろう。
ショウとて馬鹿ではないのだ。蛇が変温動物と呼ばれる類のものであり、そして寒い場所では活動が出来ないという常識は搭載している。こんな雪山に生息する蛇などそれほど脅威ではないだろう。エドワードも言っているぐらいだし、非常に珍しいということか。
その時だ。
「ん?」
「あらぁ」
「揺れてるね!!」
足元の地面が揺れていることに気づき、ショウは周囲を見渡した。
まるで地震のように揺れているのだ。それも徐々に揺れが大きくなりつつあり、立っていることがままならなくなる。
冥砲ルナ・フェルノの加護で空に逃げるかと考えていると、目の前をエドワードの大きな背中で埋め尽くされた。何かから守るように立ち塞がる彼の手には、すでに矢が装填された弩が握られていた。
エドワードは視線だけハルアに寄越すと、
「ハルちゃん、悪いんだけどそのウサギをちょっと投げてぇ」
「あいあい!!」
ハルアは巨大ウサギを括り付けた縄を握りしめると、軽々と巨大ウサギの死体をぶん回す。ハンマー投げの要領でぐるんと1回転すると、勢いをつけて巨大ウサギの死体を空めがけてぶん投げた。
放物線を描いて雪原に落下する巨大ウサギの死体。どすん、という重々しい音を立て、雪が舞い上がる。まるで何かに対する囮か疑似餌のようである。
すると、
――――どばあああッ!!!!
大量の雪を跳ね除けて飛び出してきたのは、巨大な蛇のような生き物である。
全身は真っ白な鱗で覆われており、ふさふさの鬣が冷たい風を受けて揺れている。見た目は蛇というよりも極東地域で神聖視される龍の存在に近いだろうか。
大きな口を開け、鋭い爬虫類の双眸でギロリと狙いを定めるのはハルアが投げた巨大ウサギの死体である。なるほど、あの巨大な真っ白い蛇はウサギの死体に釣られて姿を見せたようだ。血も出ていたし、鮮血の臭いでも辿ってきたと予想できる。
雪の中から飛び出した巨大な白蛇は、ギラリと輝く牙が生え揃った大きな口を開けて巨大ウサギを丸呑みにしようと襲いかかる。
「馬鹿だねぇ」
餌に夢中な白蛇に対して、エドワードは普段の調子を崩すことなく言う。
「そんな餌に夢中で周りが見えてないなんてねぇ」
そう言ったエドワードは、弩の引き金を引いた。
ぱしゅん、と音を立てて装填された矢が白蛇の頭めがけて飛んでいく。冷たい空気を引き裂いて、矢は巨大ウサギを仕留めた時と同じように寸分の狂いもなく蛇の片側の眼球に吸い込まれた。
矢で眼球を潰された白蛇は「ぎゃあ!!」と悲鳴じみた声を上げて、雪の積もった山道を転がる。身を起こしてエドワードを睥睨しようとするも、その巨躯は起こせず、それどころかもたげた頭を横たえて完全に動かなくなってしまった。巨大ウサギを仕留めた時にも使用した痺れ毒を塗り込めた矢の効力は絶大である。
弩を下ろしたエドワードは、
「まさか雪蛇に遭遇するなんてねぇ」
「あれが雪蛇なんですか……」
「そうだよぉ。とっても珍しいからちゃんと観察しておきなよぉ」
背嚢に弩をしまい、エドワードは雪蛇と呼ばれる白蛇も拘束しに行ってしまう。あの巨大な蛇はどうやって運ぶのだろうか。
それにしても、巨大なウサギに巨大な蛇を矢1本で仕留めてしまうエドワードの狩りの腕前に驚きである。普通なら何か特殊な武器や、それこそ神造兵器に頼らなければ倒せなさそうな動物ばかりだが、冷静に対処できる先輩が凄い。
黙々と雪蛇を縛る先輩たちに、ショウは尊敬の眼差しを送るのだった。
《登場人物》
【ショウ】蛇というより、今回のものは龍では?
【ハルア】雪蛇はあんまり見たことないけど、やっつけたところを見たことはあるよ! 蛇肉って案外美味しいんだよ!
【エドワード】長く生きてるからそりゃ熊も蛇も色んな動物を討伐してきてるよぉ。