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第3話【異世界少年と雪山狩り】

 寒い雪山に明るい歌声が響く。



「ゆーきや」


「こんこーッ!!」


「あーられーや」


「こんこーッ!!」


「ふってもふっても、ずんずん」


「こんこーッ!!」


「ハルさん、相変わらずそうやって覚えちゃってるんだな」


「こんこーッ!?」


「『そんなあ!?』みたいに言わないでくれ」



 ざっくざっくと雪が積もった山道を踏みしめながら、ショウはソリを引いてエドワードの背中を追いかける。


 頬に触れる空気が冷たく、吐いた息は煙となってキンと澄んだ青空に昇っていく。見渡す限りの銀世界は酷く静かで、ショウとハルアの元気な歌声がうるさいほど反響していた。

 乱立する針葉樹には霜が降り、まるで世界そのものが凍りついたかのような錯覚に陥る。これほど見事な雪景色はぜひとも記録に残しておきたいぐらいだが、あいにくと記録媒体になるようなものが脳味噌ぐらいしかないので、網膜に焼き付ける他はない。


 重たそうな背嚢を背負うエドワードが肩越しに振り返り、



「2人ともぉ、元気だねぇ」


「元気だよ!!」


「まだまだ頑張れますよ」


「ハルちゃんはともかく、ショウちゃんは体力ついたねぇ。筋トレの効果が出てるんじゃない?」



 エドワードに言われ、ショウは照れ臭さで「えへへ」と笑う。


 最近はよく食べ、よく遊び、よく眠ることを心がけているので体力もついたような気がする。この世界に召喚されたばかりの頃からは想像できないぐらいに心身共に鍛えられた。おかげで荷物満載のソリを引き摺りながら雪山を登ることにも苦には思えなくなってきた。

 それもこれも、日頃から筋トレの先生をしてくれるエドワードと一緒に筋トレを頑張る先輩のハルアの存在が大きい。誰かと一緒にやらなければ絶対に諦めていたかもしれないのだ。



「エドさんとハルさんが一緒に筋トレしてくれるからですかね」


「嬉しいこと言ってくれるねぇ」



 エドワードは革手袋で覆われた手のひらで、ショウの頬を撫でてくる。力強い親指の感覚に笑い声が漏れた。



「ていうかぁ、さっきの歌は何なのぉ?」


「ハルさんが間違えて歌詞を覚えまして」


「こんこッ!?」


「ハルさん、そんな『そうかな!?』みたいに言わないでくれないか」


「よく分かるねぇ」



 エドワードは苦笑する。


 歌の件に関しては、ショウは半分諦めつつある。何度教えても「こんこッ」に変換されてしまうので、彼の中ではもうこの歌に合う歌詞として認識されてしまっている様子だ。こうなってしまっては修正も難しい。

 とはいえ、別に困るような内容でもないので放置することにした。これがハルアなりの解釈の仕方であれば、個人の自由を尊重するのもまた大切なことである。ぶっちゃけ無理に修正することも面倒なので、もう『個人の自由意思を尊重する』ということで納得する。


 すると、



「ん」


「エドさん?」


「エド、どうかしたの!?」



 唐突にエドワードが顔を上げ、周囲の雪景色に視線をぐるりと巡らせる。ショウとハルアが2人揃って先輩の異常に質問を投げかけると、彼は人差し指を唇に押し当てて「静かに」と言外に告げた。

 先輩からの命令に、ショウとハルアの未成年組は同時に口を紡ぐ。自分たちの口を手で塞ぐと、周囲は水を打ったように静まり返った。自分の鼓動さえも耳で拾うことが出来そうだ。


 エドワードの銀灰色の瞳が、真っ白い雪が積もった山道を睨みつけている。何がいるのかと先輩が睨みつけている方向に視線をやると、



「あ」



 その声は果たして誰のものだっただろうか。唇から漏れた声は、雪の中に吸い込まれて消えていく。


 積もった雪の下から、ぴょこんと長い耳が飛び出した。次いで真っ白な雪と同じ色をしたふわふわな毛皮と、夕焼け空を溶かし込んだかのような赤いつぶらな瞳が一面の銀世界にキョロリと巡らされる。

 雪の中に埋もれるようにして隠れていたのは、何とウサギだ。周囲に天敵がいないことを確認したのか、ぴょんこぴょんこと飛び跳ねながら雪原に姿を見せる。飛び跳ねるたびに蹴飛ばされた雪が舞い上がり、白い煙となって晴れ渡った青い空に立ち昇っていく。


 可愛らしい雪原の来訪客に、ショウとハルアは目を輝かせた。



「ウサちゃんだ」


「可愛い!!」


「ショウちゃん、ハルちゃん。静かにねぇ」



 エドワードは背負っていた背嚢を下ろしながら、



「あれはホラアナウサギだねぇ。深いところまで穴を掘っちゃうんだよぉ」


「あ、あんな可愛いのを殺しちゃうのか?」


「残念だけどねぇ」



 エドワードが背嚢リュックから取り出したものは、丁寧に整備されたいしゆみである。見た目は使い込まれた雰囲気はあれど、使い手がこまめに整備をしていたことは見て取れた。

 次いで、背嚢から弩用の矢を取り出す。キリキリと音を立てて矢を装填すると、ギラリと輝く鋭い先端を雪原をぴょんこぴょんこと飛び跳ねる真っ白なウサギを狙う。


 エドワードが獲物として狙うのだから、あの可愛いウサギも害獣判定になってしまうのだろう。必要なことだと頭では理解しているのだが、どうしても可愛いものが目の前で殺されてしまうのは心苦しい。



「エドさん、本当に殺さないとダメなんですか……?」


「エド、ウサちゃん殺しちゃうの?」



 ショウとハルアでエドワードのコートの裾を引っ張り、ウサギの駆除を何とか思い直してもらうように試みる。



「うーん、ぷいぷいちゃんを可愛がってるショウちゃんとハルちゃんの前で可愛い動物を殺すのは心苦しいんだけどねぇ」



 エドワードは困ったように笑うと、



「でもぉ、あれを駆除しないともっと大変なのが出てきちゃうからねぇ」


「もっと大変なのが?」


「何ですか?」



 首を傾げるショウとハルアは、次の瞬間、何かが爆発するような音を聞いた。


 顔を上げると、もうもうと雪の煙が立ち昇っていた。先程の可愛らしいウサギが雪の中から顔を出した時以上の煙である。もうその場所に爆弾でも埋めて爆発したのではないかという勢いだった。

 真っ白な煙の向こう側から、巨大な影がゆらりと揺れる。天を貫かんばかりに伸びたウサギの耳、凶悪な色を宿した赤い瞳が高い位置からショウたち3人を睥睨する。可愛くもない口元から覗く歯は、さながら剣のように長く頑丈そうだった。


 どこからどう見ても化け物級のウサギであった。めっちゃくちゃ可愛くない。



「あの小さいウサギは子分なんだよねぇ。子分が襲われないとぉ、今度は親玉が出てきちゃう訳よぉ」



 巨大なウサギに唖然とするショウとハルアを背中に庇い、エドワードは弩を構える。そのギラリと鈍く光る矢の先端を、巨大なウサギに向けた。



「そりゃ」



 エドワードは巨大なウサギに向けて矢を放つ。


 ぱしゅんッ、という音が耳朶に触れた。矢は冷たい空気を引き裂くように巨大ウサギめがけて飛んでいくと、寸分の狂いもなく巨大ウサギの眉間に突き刺さった。

 矢1本で仕留められるような大きさではないはずなのだが、巨大なウサギは眉間を撃ち抜かれただけでその巨体を雪の上に倒れさせてしまった。充血したように真っ赤な目から光が消え、全身がびくびくと痙攣する。


 何が起きたと先輩を見上げれば、彼は弩を掲げて言う。



「昨日のうちにねぇ、仕掛け矢を何本か作っておいたんだよぉ。あれは痺れ毒が塗ってあるんだよねぇ」


「いつのまにそんな危険物を」


「それが雪山狩りだよぉ」



 エドワードは背嚢から縄を取り出すと、ハルアに投げ渡す。



「ハルちゃん、あの巨大なウサちゃんを縛るの手伝ってぇ。あれ1匹で1万5000ルイゼだからぁ」


「ソリに乗らないんだけど!?」


「引き摺りなぁ」


「鬼ぃ!!」


「残念、狼さんですぅ」



 付き合いの長い先輩に首根っこを引っ掴まれ、ハルアは渋々と巨大なウサギを縛りにかかる。あの巨大な身体を拘束するにはなかなか骨が折れそうだ。


 先輩たちが作業をしている間、ショウはツイと視線を横にやった。

 少し離れた箇所には、先程のウサギがこちらをじっと見つめていた。エドワードが言うにはあれが子分のようである。


 ショウは足元の雪を蹴り上げると、



「炎腕、あのウサギを捕まえろ。ウサギ肉の刑だ」


「ショウちゃん、敵と見定めると容赦ないね!!」


「子分も殺しておいて損はないからねぇ」



 雪山に生えた炎腕たちで逃げるホラアナウサギとやらを追い込むショウの姿を、エドワードとハルアは巨大なウサギを縄で縛りながら眺めて笑うのだった。

《登場人物》


【ショウ】何だあのでっけえウサギ!?

【ハルア】あのウサギ、皮を剥いだら暖かそう。

【エドワード】可愛いものだったら殺さないと見込んだが、意外と未成年組の逞しさにニッコリ。

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