第2話【異世界少年と出発】
雪山狩り本番である。
「準備できた」
「でけた!!」
「あったかそうだねぇ」
正面玄関に集合した問題児男子組は、雪山に挑むということでモコモコの防寒装備に身を包んでいた。
ショウもハルアも雪山用の分厚いコートを羽織り、頭には毛糸の帽子と耳当て、分厚い毛糸の手袋まで装備していた。さらにマフラーもぐるぐる巻きにして建物の中にいると暑いぐらいの服装である。
荷物として大きめのソリを引き摺っており、ショウの持つソリの方には木箱やら籠やらがたくさん積まれているのに対して、ハルアの持つソリは空っぽの状態だった。これは不公平とかそういう訳ではなく、単にハルアの方がこれから重たい荷物を積むからである。
全身モコモコの冬仕様になってきた未成年組の頬を、エドワードが大きな手のひらで撫でてくれる。彼の手も革製の手袋で覆われており、何だかちょっとひんやりした。
「ちゃんとあったかくしてきたぁ? これから寒い中をいっぱい歩くからねぇ」
「ちょっと暑いぐらいです」
「凄え脱ぎたい!!」
「凍傷になるから止めなぁ」
ハルアが今にもコートやマフラーを剥ぎ取ろうとする手を、エドワードが押さえつけていた。このまま脱いで寒い雪山を歩き回れば、間違いなく凍りついてしまう。
このままでは汗を掻いて、余計に寒さを感じる羽目になってしまう。出来れば早々に出発したいところだ。
すると、
「お、準備できたか?」
「お待たセ♪」
ユフィーリアとアイゼルネが大きめの籠と一抱えほどもある大きな水筒を持って、正面玄関に姿を見せた。
「雪山狩り用に弁当を作った。水筒の中身は紅茶な」
「ありがとう、ユフィーリア」
「これから重労働に出かける嫁を見送らねえ旦那がどこにいるよ。普通は逆だけどな」
軽快に笑い飛ばすユフィーリアがショウに手渡してくれた籠は、かなりズッシリとして重たかった。閉じられた蓋から香ばしい匂いが漂い、思わず涎が口の中に溜まってしまう。
重たい籠を手渡されたかと思えば、同じような籠をもう1つ渡された。最初に渡された籠よりもより重たかった。こちらは一体何なのか。
中身を問う目を最愛の旦那様にやれば、彼女はニッと口の端を吊り上げて笑った。
「弁当は食べる時のお楽しみだ。そっちの重たい方がエドの分で、最初に渡した方はハルと分けて食えよ」
「エドさん用に分ける必要が?」
「分けなきゃお前らの分まで食われちまうからな」
笑いながら言うユフィーリアに、エドワードからの非難の視線が飛ぶ。
「ちょっとぉ、俺ちゃんのこと何だと思ってんのぉ」
「食いしん坊」
「正解」
「よく分かってんじゃねえか」
自分でもあればあるだけ食べる大食漢であるという事実は受け入れている様子である。ちょっと不満げな表情ではあるものの、エドワードも「わざわざ用意してくれてありがとぉ」とお礼を言う。
「それでぇ、それだけが理由で来ないよねぇ」
「分かってんじゃねえか」
ユフィーリアがそう言うなり、右手を振って羊皮紙を手元に転送する。それをエドワードに差し出した。
羊皮紙を受け取ったエドワードは、内容に視線を走らせる。上から下まで確認してからショウとハルアに無言で羊皮紙を渡してきた。内容を確認してもいいということなのだろう。
少しばかり丸まった羊皮紙を広げると、何かのリストのようだった。動物の名前がずらりと並び、その横に数字が書き込まれている。どうやら金額のようである。
「鹿の値段がやけに高いけどぉ、一体何があったのぉ?」
「雪山に厄介な魔法動物が住み着いたって噂があってな。グローリアの奴が研究で使いたいって言うから値段が馬鹿みたいに高えんだよ」
ユフィーリアとエドワードの会話を横で聞きながら、ショウは羊皮紙に書かれた情報を確認する。
確かに他の動物たちの値段には『5000ルイゼ』とか高くても『1万ルイゼ』程度であるのにも関わらず、鹿の値段だけが何故か『50万ルイゼ』という法外な値段に設定されていた。1頭の鹿を仕留めただけでこの値段をポンと出すとは、さすが名門魔法学校を統括する学院長である。
隣で一緒に値段を確認していたハルアは、琥珀色の双眸がこぼれ落ちんばかりに驚いていた。彼を見やれば、首を緩やかに横に振られる。ハルアでも鹿に50万ルイゼという値段がつけられたところを見たことがないのだろう。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、
「まあ、厄介だとは言いつつも大丈夫だろ。未成年組がついてるし、いざとなったら飛んで帰ってこい」
「普通に仕留めることが出来ればいいけどぉ」
「あ、あと出来れば綺麗な状態がいいんだとよ。五体満足の状態の死体を連れてきたら追加で20万だと」
「そんなにお金を出すなんて珍しいねぇ。本当に何を考えてるんだかぁ」
エドワードは「まあいいやぁ」と言いながら、大きめの背嚢を背負う。それから正面玄関の脇に取り付けられた通用口を、身を屈めて潜り抜けた。
「行ってきます、ユフィーリア」
「アイゼも紅茶ありがとね!!」
ショウとハルアは見送りに来てくれたユフィーリアとアイゼルネに手を振り、荷物満載のソリを引き摺りながら通用口から外の世界へ飛び出した。
☆
キンと冷えた空気が肌を撫で、思わず「ぶえ」という不細工な声が漏れてしまった。
「ちべたい」
「寒いからちゃんとマフラー巻いておきなぁ」
「うぶぶ」
エドワードにマフラーを引っ張り上げられ、ショウの口元が完全にマフラーに埋もれてしまう。でもおかげで暖かくなった。
大自然の中にポツンと存在するだけあって、暖かさの欠片も感じない厳しい寒さが身を包んでいた。これほどの重装備でなければ本当に凍死してしまう恐れがある。厚手のコートの下にしっかりとセーターや肌着などで防寒対策を施してきたにも関わらず、厳しい寒波はそれらの防壁を突破して寒さを身体に突き刺してくる。
ハルアはこの寒さに慣れているのか、ショウの肩をポンと叩く。
「動けば暖かくなるよ!!」
「そうだろうか……」
「これからいっぱい歩くからね!!」
ハルアの言葉に、エドワードが「そうだよぉ」と頷く。
「雪山を歩き回って害獣を探さないといけないからねぇ。そのうち慣れてあったかくなるよぉ」
「そうだといいんですけど……」
ショウはエドワードの格好を見やり、
「エドさんは寒くないんですか……」
「寒いっちゃ寒いけどねぇ、俺ちゃんの場合は動ける格好をしないといけないからねぇ」
エドワードの格好は全体的に着膨れをしているショウやハルアと違って、厚手のコートの下にはタートルネックセーターとマフラーを合わせた重装備とは言えない服装をしていた。足元は動きやすいようにトゲトゲがついた頑丈そうなブーツで、雪の中でも問題なく歩けそうである。
雪だるまのように衣服で膨れたショウとハルアとは別で、エドワードは全体的に機動力を重視している様子だった。こんな寒いのに、碌な防寒対策を取らないとは愚かだとは思うが、寒い地域で育った彼にとってこの寒さは慣れたものなのだろう。
エドワードはヴァラール魔法学院のすぐ側に聳える雪山を指差し、
「近場のところから攻めていこうねぇ。あまり遠くの方に行くとぉ、今日中には帰って来れなくなっちゃうからぁ」
「飛びますか?」
「それはまたの機会にねぇ。遠くに行くと今度は装備を変えなきゃいけないからぁ」
雪が積もった階段を下りるエドワードは、
「はい、じゃあ行こっかぁ。はぐれないようにしっかりついてきてねぇ」
「あいあい!!」
「頑張ります」
荷物満載のソリを引き摺り、ショウとハルアはエドワードの背中を追いかけて寒い雪山を登るのだった。
《登場人物》
【ショウ】これから初めての狩猟だ、楽しみだ。
【ハルア】エドワードの雪山狩りに何度か荷物持ちで同行している。今年はどれぐらい狩れるかな。
【エドワード】狩猟民族出身なので、狩りは得意。特に誰もやらない雪山狩りが得意なのでこの時期はよく駆り出される。
【ユフィーリア】本当はショウと変わってやりたいけど、寒すぎて身体が動かなくなるので今回は見送るだけに留める。せめて弁当は作った。
【アイゼルネ】今日のお紅茶は濃いめに入れておいたワ♪