第1話【異世界少年と雪遊び】
本日もヴァラール魔法学院の中庭には、たくさんの雪が積もっていた。
「ころころころころ」
「ころころころころ!!」
問題児の未成年組、アズマ・ショウとハルア・アナスタシスは雪玉を転がして大きく作っていた。
きっかけというきっかけはない。単に「どっちが大きな雪玉を作れるか」という競争である。10分間、一心不乱に雪玉を転がし続けてより大きな雪玉を作ることが出来た方が勝ちという男同士の勝負であった。
そんな訳で、雪がたっぷりと積もって辺り一面が真っ白な銀世界となった中庭を駆け回り、未成年組の2人は雪玉をひたすら大きく成長させていた。どちらも似たような大きさをしている。白熱した戦いが繰り広げられていた。
そして、審判の時が下される。
――カンカンカンカンカンカン!!
静かな中庭に喧しく響く鐘の音に、ショウとハルアは手を止める。
並べられた2つの雪玉はどちらも同じぐらいに大きい。目視では勝敗をつけることが出来なかった。何か重さや大きさを計測する為の魔法兵器でもあればよかったのだが、あいにくと今この場にそんな都合のいいものは存在しない。
雪だるまを作ることにも飽きたが故の退屈凌ぎだったが、これではどちらが勝利宣言をすればいいのやら。使い所のない大きな雪玉を前に、ショウとハルアが互いの顔を見合わせる。
「…………これはどうするべきだろうか」
「だね!!」
さすがにショウもハルアも「自分が勝ちました!!」とは言い難い状況であると理解はしている。本当に見た目が同じなのだ、同じぐらいに大きい訳である。
意気揚々と片方が勝利宣言が出来るぐらいに大きさに差異があれば問題はなかっただろうが、どちらも似たような大きさで勝利宣言をすれば確実に喧嘩の元となる。同じ住み込みの用務員同士、余計な争いをしたくないのがショウとハルアの本音である。
すると、
「終わったぁ?」
「あ、エド!!」
「エドさん」
ザクザクと真っ白な雪を踏み締めて、ショウとハルアの先輩であるエドワード・ヴォルスラムがスコップを担いでやってくる。
「どっちも同じぐらいの雪玉で、勝敗がつけられません」
「ご覧ください、この見事な雪玉!!」
「凄いねぇ」
エドワードに勝負で作った同じ大きさの雪玉を並べて提示する。
さすがにエドワードも大きな2つの雪玉を前に、困惑の表情を見せるばかりである。どう反応していいものか分からないと言った様子だった。
それもそうである。並べられた2つの雪玉はどちらも同じような大きさで、この場には測定する為の機材が存在しない。都合よく魔法兵器もない。どちらに肩入れすれば喧嘩の火種になるのは目に見えているので、結論がつけられないのだ。
しばらく考えた末、エドワードがショウとハルアの頭に手を乗せる。
「どっちも勝ちぃ」
「わあい」
「わあい!!」
事件の早期解決が異様に早かった。エドワードの判断に、ショウもハルアも従わざるを得ない。年長者が「どちらも勝ち」と宣言すれば、そうするしかないのだ。
「エドさんは雪かきですか?」
「ううん、違うよぉ」
エドワードは中庭の隅を指差すと、
「ゲイルを作ったのぉ」
「げいる?」
「雪を固めて積み重ねてぇ、ドームみたいな建物を作ることだよぉ」
エドワードが「ほらあれねぇ」と言ってくれた先にあったのは、雪のブロックを積み重ねて作られた大きめの建築物である。見た目はショウの生きていた世界で有名な『かまくら』だ。
雪はしっかりと固められており、ぺちぺちと叩いてもびくともしない。屋根部分の曲線まで綺麗に雪のブロックが積み重ねられており、内部には壁沿いに台座が備え付けられて座ることが出来るようになっていた。崩落の心配がなさそうなほど頑丈な建築物である。
ショウは瞳を輝かせ、
「かまくら!!」
「カマクラ?」
「俺の世界ではかまくらと言うんです」
「ショウちゃんの世界にもゲイルはあるんだねぇ」
エドワードはゲイルと呼んだドーム状の建築物の近くの地面に、今まで使っていたらしいスコップを突き刺す。
「ゲイルはねぇ、狩人が何日間も山の中で狩りをする時に作るんだよぉ。テントと違って作りやすいし壊しやすいから設営も片付けも簡単なんだよねぇ」
「作る方が難しそうな印象ですけども」
「慣れちゃえば簡単だよぉ。冬場はテントが積雪で潰される可能性もあるからねぇ、ゲイルだとその心配はないしぃ」
ケラケラと軽い調子で笑い飛ばしながらエドワードは言う。
さすが寒い地方で狩りをしながら生計を立てていた移動民族出身の先輩である。いつもよりも冬場の方が3割り増しで頼りになる。こんなしっかりした建築物を簡単に作ることが出来るとは羨ましい限りだ。
エドワードはゲイルの内部を指差し、
「どうせなら入ってくぅ? あったかいよぉ」
「お邪魔します!!」
「わあ、あったかい」
「早ッ」
エドワードに促された途端、ショウとハルアは即座にゲイルの内部へと滑り込んだ。
見た目は雪だが、空間が密閉されているからか温かく感じる。エドワードの身長に合わせて作られたようで、ゲイルの内部は思った以上に広々としていた。
ゲイルの内部を覗き込んできたエドワードは、
「どうよぉ」
「いい感じ!!」
「足も伸ばせるし、何だか秘密基地みたいです」
「いいねぇ、そんな考え」
ちょっと楽しげに笑うエドワードは、
「その中であったかい飲み物とか飲んだりするんだよぉ」
「いいね!!」
「購買部でおやつと一緒に何か買いますか」
「そうだねぇ、そうしよっかぁ」
ゲイルの中で温かい飲み物となれば、ますますかまくらっぽくなってくる。本当は火鉢でも置いてお餅でも焼けば完璧なのだろうが、この世界にはこの世界なりの文化がある。お餅の件に関してはまた今度だ。
もそもそとゲイルから滑り出たショウとハルアは、エドワードの腰の部分にしがみついて「行きましょう!!」「行こ!!」と誘う。懐の広い先輩に奢ってもらう目的であった。
その時、
「おう、3人とも。元気に雪遊びか?」
「あ、ユーリぃ」
「ユーリだ!!」
「ユフィーリア、創設者会議は終わったのか?」
「終わったぞ」
中庭をちょうど通りかかった銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルが「元気だな」と笑う。その後ろでは南瓜のハリボテで頭部を覆った美人従者、アイゼルネも控えていた。
彼女たちは新年1発目の創設者会議に参加していたのだ。これまではユフィーリアだけが参加していたのだが、どこかの誰かが猛毒の紅茶をランダムに振る舞うなんていう暴挙に及ぶので、アイゼルネが参加することで七魔法王の命を救っている訳である。命の危機には変えられない。
ユフィーリアは「ああ、そうだ」と言い、巻かれた羊皮紙をエドワードに差し出した。
「エド、悪いが今年も雪山狩りを頼めるか?」
「もうそんな時期だっけぇ?」
エドワードは羊皮紙を受け取って「分かったよぉ」と応じる。
聞き慣れない単語を耳にしたショウは首を傾げるばかりだ。
雪山狩りという内容から予想できるのは、雪山で何かをすることだろう。狩りということは雪山に出現する野生動物を狩るのか。
疑問をたくさん抱えるショウの存在を察したのか、ユフィーリアが声を押し殺して笑うと簡単に説明してくれた。
「雪山狩りってのは害獣が雪山から降りて来ねえように、あらかじめ始末しておく狩りだな。エドは銀狼族で、狩猟で生計を立ててたから、雪山での狩りが得意でな。毎年頼んでんだよ」
「なるほど、そんな事情が」
このヴァラール魔法学院は、四方を山々に囲まれた辺鄙な場所に立っている魔法学校である。大自然の中で魔法を学ぶのはいいことだろうが、何せ害獣の被害はままある。たまに敷地内に鹿や熊などの野生動物が入り込んでいるのを見かけるのだ。
普段は狩人に頼むのだが、雪山の場合はあまり慣れていないようで引き受けてくれる人がいないらしい。その為、冬場の時は雪山での狩りで生計を立てていた銀狼族のエドワードに頼むのだ。
納得したように頷くショウの頭に、エドワードの大きな手のひらが乗せられる。
「ユーリぃ、今年はショウちゃんも借りてってもいい?」
「行くって言ったら冬用の装備を仕立ててやる」
会話に巻き込まれたショウは、赤い瞳を瞬かせた。嬉しいことに仲間入りさせてもらえる様子である。
「いいんですか?」
「仕留めた獲物を引き摺らなきゃいけないからねぇ。毎年、ハルちゃんが荷物持ちをしてくれるけどぉ、今年はショウちゃんとハルちゃんの2人で荷物持ちをしてくれると嬉しいねぇ」
ショウが先輩のハルアに視線をやれば、彼も「ショウちゃんも行こ!!」と誘ってくる。
狩人が野生動物を狩る瞬間など、そうそう見ることが出来ない光景だ。せっかく先輩たちがお誘いしてくれているので、ここは乗っておくに越したことはない。何事も経験だ。
ショウは頷くと、
「俺も行きたいです。お手伝いします」
「じゃあ装備作るか」
「ソリも新しいのを用意しなきゃ!!」
「俺ちゃん、狩りの道具がちゃんと動くか確かめないとぉ」
「みんな楽しそうネ♪ おねーさんも熱いお紅茶を入れなくチャ♪」
こうして、初めての雪山狩りとやらに参加することになったショウは期待に胸を膨らませるのだった。
《登場人物》
【ショウ】この世界にやってきてから雪遊びをして楽しむぐらいに体力がついてきた。
【ハルア】ショウに雪像の存在を教えてもらい、全裸のムキムキマッチョマンの雪像を作ったら、夜中に見たグローリアがその雪像を見てひっくり返った。
【エドワード】ゲイル(かまくら)作りの腕前は亡き父親直伝。小さな時は作るのにも時間がかかっていたが、大きくなってから作るのもそれほど手間取らなくなった。
【ユフィーリア】雪像作りも得意だけど、氷像作りの方が得意。
【アイゼルネ】寒い時は室内にいたい。