第5話【問題用務員と犯人確保】
諸悪の根源、確保である。
「下ろすんですの!! こういう役目はグローリアさんでしょう!?」
「僕は好きでやられている訳ではないからね、君と違って」
「わたくしも好きでやられている訳ではありませんの!!」
「あれ、そうなの? てっきり仕返しを望んでいるから毒物とか劇物とかを作りまくるのかなって思ったよ」
中庭の木に宙吊りにされたルージュが、キャンキャンと甲高い声で喚く。彼女の訴えに対してグローリアが朗らかに笑いながら応答していた。
ちなみにだが、宙吊りにされたルージュの下ではめらめらと焚き火が燃えている。いつ炎の中に顔面から飛び込むことになるか恐怖心との戦いである。焚き火の様子を確かめるショウとハルアの手つきに遠慮はない。
焚き火の上でジタバタと暴れるルージュは、
「どうしてこんなことをするんですの!!」
「それ言っちゃう? アンタが毒物を七魔法王のところに置き去りにするとかいうテロ行為に手を染めたからッスよ」
「洒落にならねえのじゃ。今回ばかりは儂、るーじゅ殿を擁護する気はないぞい」
スカイと八雲夕凪からも見捨てられ、ルージュは「むきィ!!」と金切り声を上げた。味覚が完全に終わっている彼女にとって、あの地獄を体現したかの如き紫色のペルーナパイは至極の出来栄えとでも思っているのだろう。
あれは確実に人間を殺すことが出来る兵器である。もしくは呪われたパイか何かだ。とにかくあれを食せば、次の瞬間、目の前には幾多の眼球を持つ靄のような見た目をした冥王様と冷徹な冥王第一補佐官が取り仕切る法廷に立たされることとなる。
アイゼルネに入れてもらった温かい紅茶をちびちびと舐めながら、ユフィーリアは呆れた口調で言う。
「反省してねえな、あいつ」
「本当だねぇ」
「何度言えば気が済むんでしょうネ♪」
「身共も擁護する気はありません。夏の巨人スイカの件を思い出しました、そのまま怒られてください」
「色んな方向から見捨てられているんですの!!」
エドワード、アイゼルネ、そしてリリアンティアでさえルージュの救出を拒んだ。焚き火の管理をしているのは未成年組なので、ユフィーリアが「止めてあげろ」の一言でもあれば即座に焚き火から下ろしてもらえるだろうが、ユフィーリアはそんな指示を出すつもりは毛頭ない。
包丁の刃を溶かすほどの威力を持ったペルーナパイを作成する馬鹿野郎は、反省して二度と台所に立たないようにせねばならない。今回はまだヴァラール魔法学院が冬休みだから被害は七魔法王だけに留まったが、これが生徒がいる通常の学院の様子だったら被害者は出ていたかもしれないのだ。
すると、
「通報を受けてきた訳だが」
「あれ、親父さん」
ルージュの処刑場となりつつある中庭に、冥王第一補佐官のアズマ・キクガがひょこりと顔を覗かせた。これで七魔法王が全員集合である。
「通報って誰から?」
「ショウからだが」
ユフィーリアの質問にさも当然と言わんばかりの反応を見せるキクガに、焚き火の様子を見守っていたショウが満面の笑みで振り返った。
「父さん、来てくれたのか」
「ショウ、無事かね。そこの燃やされそうになっている愚か者の手料理などは食べていないな?」
「もちろんだ。あんなのを食べたら俺が俺ではなくなってしまう」
「どういう意味ですの!!」
ショウの辛辣な言葉に対して叫ぶルージュだったが、そのお綺麗な顔面をキクガが鷲掴みにしたことで強制的に黙らされる。手つきに容赦がなかった。相手が異性だろうと、息子に仇をなす場合は優しさの欠片もなくなるらしい。
「貴様はまた性懲りもなく台所に立ったのかね。ショウが教えてくれた訳だが、猛毒の材料を片っ端から突っ込んで骨をも溶かすペルーナパイを作ったみたいではないか。この世に貴様の味覚に合う人間はいないといい加減に学ばないのかね、その脳味噌はおがくずでも詰まっているのか?」
「ぶふ、ぶふふええ」
「言い訳は聞かない訳だが。全く、新年早々に厄介なことを……」
キクガはそう言って、右手を掲げる。
どこからか伸びてきた純白の鎖『冥府天縛』が、縄で縛られたルージュの身体をさらに拘束する。これで魔法が使えなくなった。
純白の鎖で全身を拘束されたルージュを地面に丁寧に下ろし、その鎖の先端を掴む。地面に丁寧な手つきで下ろしてやった姿を見た時には情けでもかけてやったのかと思ったが、彼女の身体に巻きつく鎖の先端を握ったところを見ると、おそらくたまたま優しく地面へ下ろしてやっただけなのかもしれない。
キクガは朗らかな笑みを見せると、
「では、私はこれを冥府の刑場に叩き込んでこなければならない訳だが。まだ寒さは続くから、暖かくして過ごしなさい」
「父さん、ありがとう。わざわざ運ばせてしまってごめんなさい、本当だったら冥砲ルナ・フェルノでズドンと冥府まで落としてやるつもりだったのだが……」
「構わないとも、ショウ。運動不足解消の為に多少は動かねば」
そう言い残し、ルージュを引きずりながらキクガは冥府へと帰っていった。
いつのまにかショウはルージュに冥府拷問刑の適用を要求していたらしい。判断が早い嫁である。「こいつは反省しねえな」というのがもう分かっていたようだ。
そして反省しないのを見越して、すでに父親に通報済みとは指揮官の特級資格に合格するだけはある。今頃、ルージュは冥府の刑場にて数々の拷問を受けていることだろう。
ユフィーリアは肩を竦め、
「新しくペルーナパイを焼くかな」
「え、ご馳走になっていい?」
「ゴチになりまーす」
「ゆり殿、儂も儂も」
「母様のパイ……!!」
「何でゾロゾロ出てくるんだよ」
馬鹿舌によるペルーナパイテロの被害者たちが続々と手を挙げたので、ユフィーリアは新年早々に2つ目のペルーナパイを焼くことになったのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】ルージュは何で反省しないのだろうとは思うが、何度も問題行動をやる問題児筆頭なので頭にブーメランが刺さってる。
【エドワード】他人事のように言っているが、問題行動のせいで頭にブーメラン刺さっている。
【ハルア】焚き火あったかい。
【アイゼルネ】マッサージ関連で何度も問題行動を起こしているので、学ばないとルージュを批判することは出来ない。
【ショウ】焚き火あったかいなぁ。
【グローリア】今年の目標はルージュから猛毒取扱関係の資格を剥奪することに決めた。
【スカイ】冥府で拷問されるならエロトラップダンジョン貸し出すけども。
【ルージュ】今回の元凶。捕まったことに納得していない。
【キクガ】息子から通報を受けてルージュに冥府拷問刑を適用して冥府に連れて行った。今度は刑場を引き摺り回してやる。
【八雲夕凪】いつもだったら自分が罪を被るだろうが、ルージュが怒られていると味方はしない。味方に思われたくない。
【リリアンティア】巨人スイカの件はまだ許していませんので……!