第3話【問題用務員とペルーナパイテロ】
この不幸のペルーナパイ、まだ続きがあった。
「ユフィーリア、何を持っているんだ?」
「え?」
ショウに指摘され、ユフィーリアは自分の手に視線を落とした。
何か黒いものを握り込んでいた。例えるならそれは何かの持ち手である。どこかで見覚えのあるものだと思ったら、包丁の柄だった。
柄の部分だけが残り、その先は溶け出したかのような痕跡を残した状態で消失している。包丁の刃の部分があったはずの場所だ。
まさかの包丁の刃が溶け落ちていた。こんなことってある?
「ユーリぃ、処理し終わ」
「おべべばばばばかかああああああ!?!!」
「え何? まさかあの腐臭の放つ何かを食ったのぉ?」
居住区画から恐る恐る顔を覗かせたエドワードが見たものは、意味不明な言葉を絶叫しながら包丁の柄を窓に向かって全力投球するユフィーリアだった。
窓を突き抜けて空の果てに消えた包丁の柄は、哀れ綺麗な星になることとなった。そもそも刃が消失した時点で使い物にならない。星になれただけマシということだろう。
金属さえも溶かす異次元のペルーナパイを目の当たりにしたユフィーリアは、
「あいつの料理の腕前はどうなってやがる、確実に悪い方向に成長してるじゃねえか!!」
「何が送られてきたのよぉ」
「大体は想像できるけれド♪」
「もち……もち……かあしゃま、おいたわしや……」
エドワードに続いてアイゼルネとリリアンティアも居住区画から顔を出し、何やら哀れみの視線をこちらに向けてくる。そんな目線は止めろ。
あの不幸のペルーナパイを作成した馬鹿野郎ことルージュ・ロックハートは、確実に料理の腕前が成長していた。以前まではギリギリ食器や調理器具を溶かすまでは至らなかったのだが、今回は初めて金属を溶かすことに成功してしまった訳である。
あんなものを食えば人体にどんな悪影響が出るか分かったものではない。内臓は焼け爛れ、末端まで機能不全に陥り、30分と経たずに冥府の法廷でショウの父親と一緒に裁判を受ける羽目になっているかもしれないのだ。絶対に食えないものをどうして送ってくるのか。
首を傾げたエドワードは、
「送り主はどうせルージュ先生だと思うけどさぁ、何が送られてきたのか教えてくれてもいいじゃんねぇ」
「ペルーナパイだよ、包丁の刃を溶かすぐらいに何か変なのが混ざってた」
「それ本当にペルーナパイ? 何かの生物兵器とか特級呪物じゃなくてぇ?」
「中身にコインが入ってたからペルーナパイだろうよ。つーか」
ユフィーリアは遠くに全力投球してしまった包丁の柄が飛んでいった方角に視線をやると、
「包丁の刃は溶かすのに、あのコインが溶けていなかった理由は一体何なんだろうな。魔法かな」
「防衛魔法でも使われていたんじゃないノ♪」
「だよなぁ……金属を溶かすぐらいのブツに仕込むコインだもんなぁ……」
ユフィーリアは遠い目をするしかなかった。
包丁の刃を溶かして消失させるぐらいの脅威を持ったペルーナパイに仕込むコインとなったら、まず普通に仕込むだけでは間違いなく溶ける。跡形もなく溶けて「これがペルーナパイ? コインなんてないじゃないか」みたいなオチになることを避ける為にコインには防衛魔法が何かを仕込んだに違いない。
そうでもしなかったら、あんな劇物の中にコインが無事な状態で残っている訳がなかった。そもそもあんな劇物を最初から作らないでほしい。
すると、
「ユフィーリア、ちょっといい……?」
「ごめんユフィーリア、今ちょっと時間いいッスか?」
「ゆり殿、助けてくれなのじゃ〜……」
用務員室の扉を弱々しく開け、いつになく参った様子の声と共に学院長のグローリア・イーストエンド、副学院長のスカイ・エルクラシス、そしてお飾りの植物園の管理人である八雲夕凪が顔を見せた。
彼らの手には真っ白な模様のない箱が抱えられている。嫌な予感しかしない。
ユフィーリアは彼らの抱える箱を指差すと、
「まさか」
「部屋の前に置いてあったんだよ」
「卵が腐ったような臭いがするから何かと思ったら、何か得体の知れない物体が箱の中で蠢いていたッス」
「勘弁してほしいのじゃ、何なのじゃこれ」
グローリア、スカイ、八雲夕凪は泣きそうになりながらケーキ屋の見た目をした白い箱を示す。
まさかとは思うが、ルージュは彼らにもペルーナパイのテロ行為をしていた様子である。包丁の刃を溶かすほどの威力を兼ね備えた地獄のペルーナパイをよくもまあこんなに用意できたものだ。
話を聞くと、どうやら中身は同じように紫色の物体で、何故か食べ物のはずなのにもこもこと上下に伸び縮みしたり紙皿の上を僅かに蠢いたりと常識に当てはまらない行動を見せているようだった。ユフィーリアが箱を開けた時と同じような状態であることは確定である。
ユフィーリアは慈愛に満ちた笑顔を見せると、
「ちなみにそれ、うちとリリアのところにも届いてな」
「あ、そうだったんだ。中身は?」
「ペルーナパイだよ」
「ぺ……?」
グローリアはふとペルーナパイについて考えるように、両腕を組んで首を捻った。
中身を見たからには分かるだろう、あれがペルーナパイではないということに。おそらくユフィーリアのように切り分けることをしなかったからか、あの箱の中に収まり紙皿の上をもこもこと移動する謎の物体がペルーナパイであるということが想像できずにいるのだろう。
ユフィーリアだって、あれは「ペルーナパイではない」と否定したかった。でもどろっとした液体の中に混ざり込んでいたコインの存在が、ユフィーリアの意見を一蹴する。もはやあれはペルーナパイ以外の何物でもない。
グローリアは「またまたぁ」と笑い飛ばし、
「あんなのがペルーナパイって訳じゃないでしょ。何かの間違いだよきっと」
「中身を切ってみたらコインが入ってた。コインが入ってて、今の時期に食うものって言ったらペルーナパイ以外にないだろ」
「…………切ったの、あの紫色の謎物体?」
「切ったよ、あの紫色の謎物体改め地獄のペルーナパイをな。そして包丁の刃が溶けたから残った柄だけ全力投球してどこかに飛んでいった」
「スーッ……」
グローリアは天井を振り仰いだ。あの紫色の謎物体を確認したことがあるからこそ、あれがペルーナパイであるということが未だに信じられないらしい。
「…………キクガ君に頼んでまた冥府でお説教してもらおうかな」
「それをやっても意味ねえだろ。説教しても焼け石に水だ」
ユフィーリアはため息を吐いた。
ここで冥府の役人でありショウの父親であるキクガに説教を頼んでも、彼とルージュは犬猿の仲である。火に油を注ぐような真似をすれば巻き込まれる確率が高くなる。
ならば、一体どうやってあの毒物作成馬鹿を止めるべきか。おそらくだがルージュは悪意の欠片すらなく、全て善意であの地獄のようなペルーナパイを作ったことだろう。自分の味覚に合うものは他人も食べられるという妙な常識の押し付けさえ除けば、至って常識的な魔女だ。
「こうなったら仕方がねえ、魔法でペルーナパイの幻覚を見せてお返しをしてやろうか」
「泥でも食わせる気ッスか? それともこの暫定ペルーナパイの上から幻覚を被せるつもり?」
「暫定とか言ってやるなよ。本人は多分、真面目にペルーナパイを作ったぞ」
ペルーナパイテロに対抗するなら偽物のペルーナパイをお見舞いしてやるという作戦はいいところまで考えたが、果たしてどうやって偽物のペルーナパイを自然に相手へ食わせることが出来るだろうか。
ルージュのことだからやり返されることを前提に作っているかもしれない。もしユフィーリアが素直にペルーナパイをお返しとして持ち込んだとしても、素直に口にしてくれないだろう。
それなら、異世界知識の出番ではないか。
「ショウ坊、何かいい異世界知識はねえか?」
「あるぞ」
ショウは待ってましたとばかりにニヤリと笑い、
「見せてあげよう、我らが故郷たる異世界『日本』が誇る異世界技術を」
《登場人物》
【ユフィーリア】包丁溶けた。何だよこのパイ。
【エドワード】上司がとんでもねーことを叫びながら何かを全力投球したので、我が目を疑った。悪夢か?
【ハルア】悪夢のようなパイがペルーナパイだと聞いて、新年に食べたあのペルーナパイは一体……?
【アイゼルネ】何か紫色のようなものが見えた気がしたけれど……?
【ショウ】他の人にも同じようなペルーナパイが配られており、テロの気配を察知。こんな毒物、食べ物への冒涜だろう。
【リリアンティア】ひたすら餅を食って精神状態を回復中。
【グローリア】学院長室の外から腐乱臭がすると思ったら箱が置いてあり、中身をちゃんと確認してから用務員室に向かった。
【スカイ】動物型魔法兵器が一斉に反応したので何だと思ったら謎の箱が放置されていた。見た目がもうやばいものしか詰め込まれていないんだけど。
【八雲夕凪】こんなお供えいらんわい。