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第2話【問題用務員とペルーナパイ】

 とりあえず、新年早々に八雲夕凪からもらったばかりの餅でバター餅を作ってやった。



「もち……おいひいです……もち、もち……」


「泣きながら食うな、怖かったのは分かるから」


「もち……もち……かあしゃまのおりょうり……」



 泣きながらバター餅を食べるリリアンティアを雑に慰めてやりながら、ユフィーリアは用務員室の隅に置かれたテーブルの上の箱に視線をやる。


 リリアンティアが持ってきた白い箱は、中身があまりにも軽い。ついでに腐った卵のような匂いまで漂ってくるのだ。絶対に碌なものではないことは容易く想像できる。

 この悪臭が染み付いた白い箱を用務員室に持ち込んだ途端、エドワードが急いで用務員室に引っ込んだ。悪臭に鼻をやられたのだろう、扉の向こう側から呻き声のようなものが聞こえてくる。


 白い箱から無理やり視線を外したユフィーリアは、



「リリア、これ誰が置いたか分かるか?」


「分かりません……」



 バター餅をもちもちと頬張りながら、リリアンティアは弱々しい声で返す。



「ですがこの腐臭には見当がつきます……」


「だよな……」



 ユフィーリアもこの腐臭には見当がついていた。おそらく奴の仕業だとは思うが、こんな爆弾を幼い聖女様の住居の前に放置するような真似はしないと信じたいところである。

 正直な話、この箱を開けるのは躊躇われる。開けたらとんでもない爆弾とご対面を果たす羽目になるかもしれないのだ。この爆弾を処理するのは心底嫌だ。


 でも、リリアンティアに爆弾の処理を命じる訳にはいかない。



「よし分かった」



 ユフィーリアは覚悟を決めると、



「リリアとアイゼは居住区画に避難、ハルとショウ坊は巻き込んでやるから覚悟しろ」


「巻き込まれた!!」


「貴女の為ならば喜んで犠牲になろう、ユフィーリア」



 バター餅の皿を抱えさせたリリアンティアと紅茶の準備中だったアイゼルネを居住区画に押しやり、ユフィーリアは改めて白い箱を見やる。


 ケーキ屋の箱に見えるそれは、模様が何も描き込まれていない真っ白なものだ。おそらく箱だけをどこかで調達したのだろうが、市販の箱なのでどうしても隙間から腐臭が漏れている。物品にこびりついた腐臭を処理するのは大変そうだ。

 何かしらメッセージでも書いてあれば犯人の特定に役立つ――というかもう犯人に対する証拠として突きつける気満々だったのだが、箱のどこを探しても見つからない。自分が犯人であるとバレない為に書かなかったのかもしれないが。


 道連れとして巻き込んだハルアとショウに目配せをしてから、ユフィーリアは真っ白なケーキの箱を開ける。





 ――もぞッ。





 何か動いた。



「せい」



 ユフィーリアは慌てて白い箱の蓋を閉じる。


 箱の向こうで何かが蠢いたような気がしたのだ。そういう気がしただけで実際は違うかもしれないが、とにかく何かが動いたような感覚が箱越しに伝わってきたのだ。

 ちら、と視線を未成年組にやれば、彼らは2人揃って抱き合いながら顔を青褪めさせていた。何なら首を横に振っていた。「開けてはならぬパンドラの箱である」ということは理解している様子だった。



「ええい、ここで逃げては第七席の名が廃る!! 気合いだせいやああああああ!!」



 湧き上がってくる恐怖心を無理やりねじ伏せて、ユフィーリアは箱の蓋を一気に開けて中身を机の上に叩きつけた。


 紫色の何かだった。

 あとついでに液状生物スライムよろしく蠢いていた。


 開けたことを後悔したくなった、というのはもはや言うまでもない。



「おごぉ……ッ」


「うわ酷え!!」


「何だこの地獄は」



 目の前に鎮座する得体の知れない地獄のような産物にユフィーリアは白目を剥きかけ、ハルアはドン引きの表情を見せ、ショウはあからさまに距離を取った。最愛の嫁からの冷めた視線は雪の降る外の世界に放り出されたかのような気分にさせられる。

 申し訳程度の紙皿の上に鎮座するその紫色の物体は、何故かもこもこと紙皿の上を動いていた。机の天板には移動する気配はないが、食べ物だろうと予想できるのに自らの意思で伸び縮みしているのだ。食べ物ではなくて動物か何かだっただろうか。


 その物体が収められていた白い箱を盾の代わりにしながら、ユフィーリアは顔を顰める。



「液状生物に毒でも突っ込んだか、これ」


「そうだとしてもここまで酷くはないと思うよ!!」



 ハルアはツナギにたくさん縫い付けられたポケットを漁り、



「どうする? エクスカリバーで消し炭にする? それともダインスレイヴで溶かす?」


「お前もやべえと思ってることだけは分かった。用務員室が消し飛ぶから止めろ」



 ユフィーリアはハルアを制すると、転送魔法で包丁を転送してくる。普段の料理に使っている包丁のうちの1本だ、これが犠牲になったところで普段の料理は何の影響もない。



「ゆ、ユフィーリア、それを切るのか……!?」


「止めてくれるな、ショウ坊。アタシはこれの正体を突き止める義務がある」


「義務というか、貴女は単に楽しんでいるだけでは?」


「そうとも言う」



 ショウに指摘されたユフィーリアは軽く笑い飛ばしてから、包丁を構えた。


 紫色のもこもこと蠢く謎の物体に包丁を突きつけると、逃げようとしているのか全体的に遠ざかるような素振りを見せた。だがそれよりも先にユフィーリアが紫色の物体に包丁を突き刺す。

 何かを切っているという手応えは感じられた。だからおそらく食べ物をああしてこうしてどうにかしてしまった影響で、こんな特級呪物みたいな見た目をした得体の知れない何かが完成してしまったのだ。考えたくないが、そうとしか思えない。


 ユフィーリアは紫色の物体に丁寧に切り分け、



「う」


「わあ」


「わあ……」



 試しに中身を確認してみたら、どろりと半固形の紫色をした中身が飛び出してきた。幸いにも紙皿の上からこぼれることはなかったが、溢れる腐臭に鼻が曲がりそうになる。


 慌ててユフィーリア、ハルア、ショウは鼻を摘んで紫色の物体から距離を取った。これは間違いなくとんでもない物体であった、何だこれは。

 この物体を作った人物は、どういう気持ちで11歳の純粋無垢な聖女様のもとに届けたのだろうか。明らかに毒殺したいとしか思えない代物ではないか。何の料理かも予想できていないのに。


 すると、ショウが「ん?」と何かに気づいた。



「ユフィーリア、何かコインみたいなものが見えるぞ」


「え」



 ユフィーリアが切り分けた紫色の物体を見やると、こぼれ落ちた紫色の中身に混ざって黄金のコインが見えていた。ちょっと溶けていたのは言うまでもない。

 コインが中身に混ざり込んでいる料理は、考えられる限りで1つだけである。しかも時期的にはまだ合っている食べ物だ。


 新年に食べるペルーナパイである。運試しの食べ物が不幸しか呼ばないブツとして用務員室に送り込まれた。



「これペルーナパイかよォ……!!」


「どうするんだ、ユフィーリア。これの処理は?」


「どうするもこうするも、本人のところに熨斗つけて送り返してやりてえところだけど」



 ユフィーリアはとてつもなく嫌な予感がした。


 リリアンティアにだけこの不幸のペルーナパイを送る訳がない。彼女は早い段階で気づいて用務員室に持ってきたのだ――用務員室前にその物体が置かれるより前に。

 だとすると、地獄はまだ続いているかも知れない。もはやテロ行為である。


 ユフィーリアは天井を振り仰ぐと、



「ハル、ショウ坊」


「あい」


「何だ?」


「ちょっと廊下を見てきてくれ。何かあったら持ってきて」


「あいあい」


「分かった」



 未成年組は素直に頷き、用務員室の扉から外の廊下に出ていく。

 数秒と経たずに、彼らは白い箱を抱えて泣きそうになりながら戻ってきた。リリアンティアのところに置かれていたものと同じ、ケーキ屋の箱みたいな見た目をした極小の地獄である。


 これでようやく確信した。



「テロだぁーッ!! 第三席の奴がテロを起こしやがったーッ!!」



 ユフィーリアは未成年組が抱えて戻ってきた白い箱を鷲掴みにするや否や、窓の外から思い切りぶん投げていた。



 ちなみにすでに開封してしまったリリアンティアの分に関しては、炎腕に土下座で頼み込んで燃やしてもらった。

 こんなの食えるか。

《登場人物》


【ユフィーリア】こんな地獄みてえなペルーナパイなんて見たことねえよ。

【エドワード】腐臭のせいで鼻が馬鹿になりそう。

【ハルア】もこもこと動くペルーナパイなんて聞いたことないから、これ消し飛ばした方がいいんじゃないか。

【アイゼルネ】強制的に避難させられたので地獄のペルーナパイを目の当たりにしていない。

【ショウ】ユフィーリアの為なら危ないことに巻き込まれても構わない。


【リリアンティア】あまりの恐怖から安心感のあるユフィーリアの手料理を食して泣き始める。だってこんな気味の悪い箱なんて怖かった。

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― 新着の感想 ―
やましゅーさん、こんばんは。 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >「テロだぁーッ!! 第三席の奴がテロを起こしやがったーッ!!」 無自覚の問題児代表、ルージュ先生、見事にやらかしました…
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