第1話【問題用務員と謎の箱】
「リタからお手紙届いた!!」
「届きました!!」
「よかったぶへ痛い痛い痛い見えてるから見えてるから見えてるからぁ!!」
今朝届いたばかりの友人からの手紙に、未成年組のアズマ・ショウとハルア・アナスタシスは興奮気味に見せびらかす。
すでに開封された封筒にはショウとハルアの名前が並んで書かれており、中身の便箋は広げられ、同封された写真は何やら楽しげに笑う少女の姿が映っていた。背景に映るのは砂漠であり、燦々と陽光を降り注がせる晴天が彼女の背中に広がっている。
ついでに砂埃を纏いながら砂漠から飛び出してきたのは、見上げるほど巨大なオオムカデであった。普通の少女であれば悲鳴でも上げそうなものだが、写真の少女はオオムカデを指差してはしゃいでいる。動物好きだとは聞いていたが、昆虫も同じぐらいに好きな様子だ。
そんな光景を遠巻きに眺める銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは微笑ましげに、
「よかったなー」
「お返事書きたい!!」
「ユフィーリア、便箋持っていないか?」
「うんうん、せっかくの友達だもんな。返事書こうな」
ユフィーリアは用務員室の執務机から手紙用の綺麗な便箋とインク瓶、それから羽ペンをショウとハルアに貸し与えた。
早速とばかりにショウが羽ペンを握り、ハルアと2人で「何を書こうか」「お年玉のこと書こ!!」と手紙の返信内容を話し合っていた。あれやこれやと話題を出して何を手紙に書くべきか議論が交わされる。
未成年組にもいい友人が出来たものだ。きっと冬休みが明けた暁には、これまで起きた出来事をネタにして話の花を咲かせることだろう。特にオオムカデの様子を観察に行った友人からの話題提供は事欠かなさそうだ。
「早速絡まれてたな、エド。お疲れ」
「本当、リタちゃんは凄い子だねぇ。オオムカデを見て平気なんてぇ」
未成年組に絡まれていた彼らの兄貴分、エドワード・ヴォルスラムはヘロヘロな様子で応じる。未成年組のあまりの元気さにやられた模様だ。
「普通の女の子だったらオオムカデを見た途端に悲鳴を上げるのにねぇ」
「リタ嬢の場合は歓声を上げるだろうな。写真も、ものすごいはしゃぎっぷりだし」
砂漠の中を自由に泳ぐオオムカデが地上に飛び出してくるたび、写真の中の少女は緑色の瞳を期待と興奮にキラキラと輝かせて指を差しまくる。あのオオムカデが如何に素晴らしい生き物か、どれほど凄いことなのかを伝えようと一生懸命さがひしひしと感じられた。もう言葉が聞こえてきそうである。
常識の中にある少女と同じ年頃の女の子といえば、虫は苦手で可愛いものが好きという印象だ。特にオオムカデのようなたくさん足の生えた昆虫は大嫌いだし触れないし見るのも嫌という女の子が多いような気がする。
そう、今まさに用務員室の隅で震える彼女と同じような。
「♪」
「ああ、アイゼが膝を抱えちゃってるぅ……」
「虫とか大嫌いだもんな」
用務員室の隅で南瓜頭の美女、アイゼルネが膝を抱えていた。ガタガタと小刻みに震えているのは、写真に映るオオムカデを恐れている証拠である。
写真の少女とは違い、アイゼルネはとにかく虫が大嫌いである。「足が4本以上ある生き物はみんな気持ち悪くてカサカサしてて嫌いなのヨ♪」というのが彼女の主張だ。とにかく足が4本以上あって可愛くない生物は嫌いな様子である。
ユフィーリアはアイゼルネの肩をポンと叩き、
「アイゼ、写真だから安心しろ。飛び出してこねえから」
「見た目も気持ち悪いじゃないノ♪」
「じゃあ見ないように認識阻害魔法でもかけろ。お前の方が得意だろ」
幸いにも実物をお土産として持ってきてくれた訳ではなく、あくまで記録媒体でしか残っていない事象だ。見ないようにすればいいだけである。あとは記憶の方はユフィーリアの絶死の魔眼でどうにかしてやるしかない。
アイゼルネも弱々しい雰囲気で「分かったワ♪」と応じるだけに留めていた。もう見ないようにするのが精一杯で、写真を広げてお手紙の返信をしている最中の未成年組から懸命に視線を逸らしている。涙ぐましい努力であった。
すると、
――コンコンコン。
用務員室の扉が、外側からノックされた。
「誰だろ」
「学院長とかぁ?」
「お年玉のカツアゲを今更ながら罪に問うてきたのかしラ♪」
「止めろ、嫌なことを言うの」
なさそうでありそうなことを指摘してくる大人組を尻目に、ユフィーリアは用務員室の扉を開ける。
扉の先にいたのは、学院長の青年ではなかった。視線を少しばかり下にやると、見覚えのある真っ白な頭巾で覆われた小さな頭とご対面する。
さらに視線を下ろすと赤くなった鼻と頬、期待に輝く新緑色の瞳、もこもこのコートとマフラーと手袋と耳当てまで装備した完全冬仕様の幼い聖女様が立っていた。彼女の後ろには身体に見合わない大きな荷車に、何やら大きな円筒形のミルク缶がどんと置かれていた。
永遠聖女様のリリアンティア・ブリッツオールが手土産片手にご降臨なされた。後ろにあるミルク缶に色々な予想がユフィーリアの脳内で立てられたことは言うまでもない。
「母様、今年もリリアの大自然定期便をご贔屓によろしくお願いいたします!!」
「おう、リリア。今年もよろしく」
ユフィーリアは新年の挨拶もそこそこに、彼女が持参した手土産らしきものに視線をやる。
「ところでリリア、そのミルク缶はどうした?」
「ふふふ、実はですね」
リリアンティアは「えへん」と胸を張ると、
「リリアは今年より、酪農にも手を伸ばすことになりました。牛さんと鶏さんを育てております!!」
「幅広くやりすぎだよお前!? 何を目指してるんだ!?」
「世界平和です!!」
「聖女の鑑!!」
まさかの方向性にユフィーリアは驚きが隠せなかった。
ヴァラール魔法学院の敷地の一角に広がる大農園だけでは飽き足らず、まさかの酪農産業にまで手を伸ばすとは想定外である。「酪農はまだ初心者なので信者様の中に酪農家の方がいらっしゃいまして……」と語っているので、彼女も色々と挑戦している最中なのだろう。
挑戦することはいいことだ。特にリリアンティアは農業で一定以上の実績を積んでいる。動物の糞は農業用の堆肥にも使えるだろうし、全く関係のない産業ではないはずだ。相変わらず突拍子もなく挑戦してしまうので驚くばかりだが。
リリアンティアは荷台からミルク缶を下ろしながら、
「それでですね、身共が育てている牛さんのお乳を雪で冷やして『雪待ち牛乳』を作りました。よければご活用ください!!」
「お、雪待ち牛乳なんて今しか味わえねえ奴じゃねえか」
牛型の魔法動物から取れる牛乳の中でも、特に冬にしか作られない牛乳が『雪待ち牛乳』と呼ばれるものだ。これは雪の中で牛乳を冷やすことで濃厚な味わいと深いコクが出る製造法で、季節限定の為に今しか出回らない牛乳である。
この牛乳は特にチョコレート菓子などに使われることが多いのだが、他にも様々な活用方法がある。贅沢にクリームシチューなどにも使ってみても美味しいだろう。
ユフィーリアはミルク缶を用務員室に運び入れようとするが、
「リリア、荷台に何か箱が積まれてるけど」
「あ、あう、それは、その……」
リリアンティアはしどろもどろな態度で言う。
荷台には白い箱が積まれていた。何の模様もなく、店の名前も刻まれていない。見た目はケーキ屋の箱だが、怪しいことこの上ない代物だった。
試しに持ち上げてみると、何やら異臭がする。箱の隙間から漏れ出てくる異臭は腐った卵のような悪臭とも言えよう。持ち上げた途端に漂ってきた腐臭に「うッ」とユフィーリアは堪らず呻く。
リリアンティアは泣きそうな表情で、
「だ、誰かが身共の小屋に置いて行ったみたいで……あの……その……」
新緑色の瞳いっぱいに涙を溜めたリリアンティアは、ユフィーリアに半泣きで助けを求めた。
「母しゃま〜〜!! 助けてください〜〜!!」
「食わなかっただけ偉い。よく耐えたなリリア、美味しいおやつ作ってやるから経緯を説明してくれ」
泣きついてきたリリアンティアを用務員室に招き入れつつ、ユフィーリアはこの謎の箱の対処について思考回路を巡らせるのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】エドワードにびっくり箱を仕掛けたらそれほど驚いてくれなかったので、未成年組に仕掛けて驚かせて楽しんだことがある。
【エドワード】びっくり箱を上司から仕掛けられて思うように驚かなかったのが影響して、しばらくいじけられた。
【ハルア】この前、上司からびっくり箱を仕掛けられた時は窓に向かって全力でスパーキング!!
【アイゼルネ】そういう悪戯がしたいなら相談して欲しいワ♪
【ショウ】びっくり箱には素直に驚いたが、学院長が渡してきた呪物の方がよっぽど驚いた。
【リリアンティア】永遠聖女様。最近、酪農までやり始めた。わからないことは大人に相談しろとユフィーリアから耳にタコが出来るまで聞いたので、謎の箱をユフィーリアに相談しにきた。