第5話【問題用務員と御歳魂】
用務員室に戻った直後のことだった。
「邪魔するぞい」
「邪魔するなら帰ってください」
「あい分かったのじゃ」
用務員室の扉を無遠慮に開いた真っ白い狐がいたと思えば、ショウに軽くあしらわれて扉を閉めた。一連の流れは何だったのだろうか。
状況についていけずポカンとするユフィーリアの前に再び用務員室の扉を開き、隙間からひょっこりと顔を覗かせる純白の狐――八雲夕凪が「これでよかったのじゃ?」と言ってくる。視線の先にはショウがいた。何かを教えたらしい。
ショウはグッと親指を立てると、
「お爺ちゃんもお笑いのノリが分かってきましたね」
「この『こんと』とやらもなかなか面白いのう」
「次は熱湯風呂で熱々のおでんを食べてもらいましょうね」
「遠慮するのじゃ」
「何なら蟹に鼻先を挟まれるのも」
「遠慮するのじゃ」
次なる提案がやけに暴力的な内容であり、八雲夕凪は真顔で断っていた。当然の内容である。
「爺さん、何しにきたんだよ。新年の挨拶なのにお笑いを繰り広げるな」
「おお、そうじゃったそうじゃった。儂これでも忙しいのじゃ」
ユフィーリアに用事を促され、八雲夕凪は思い出したようにぽふぽふと手を叩く。
すると、用務員室の扉を押し除けて小さな狐たちが大量に何か紙包を抱えて入室してきた。まず最初にゴザを敷くと、その上に大量の紙包を山のように積み上げていく。
小さな狐たちは、よく見ると八雲夕凪と同じ格好をしていた。八雲夕凪が分身した訳ではなく、おそらく従者的な存在だろう。
あっという間にまあまあ大きな山を築いた紙包を前に、問題児の面々は唖然とする。この謎の物体は何なのか。
「爺さん、何これ。新年早々に嫌がらせ?」
「お年玉じゃよ」
「金かこれ」
「金な訳があるまいよ。儂、金銭面で困っとらんもん」
そもそも豊穣の神様なので、別に金銭的な問題は関係ないのである。日々の極東地域から送られる大量のお供えがあるので、生活はそれで賄えるどころか他人に分け与えて余りあるのが八雲夕凪一家の事情であった。
ではこの紙包は金でなかったなら何なのか。
八雲夕凪は紙包を指差すと、
「儂が祀られておる社でな、新年には餅を供えてくるのじゃ。餅に歳神が宿るということで『御歳魂』じゃよ」
「おお、本来のお年玉の意味かね」
キクガが感心したような口ぶりで言う。
ならばこれは全部、餅ということか。
ゴザの上に鎮座する紙包はかなりの量である。そりゃあ用務員室にはあればあるだけ食べる大食漢がいるのだが、それにしたって多過ぎやしないだろうか。極東伝統料理の『餅』をタダでもらえるのはありがたい話ではあるのだが。
八雲夕凪はコロコロと笑うと、
「儂の社にも今年も大量に届いてのう、こうして配り歩いているのじゃ。これから学院長のところにも運ばんといかんからのぅ」
「え、この量を?」
「そうじゃ。だから忙しいのじゃよ」
八雲夕凪は「じゃあの」と言い残して、そそくさと用務員室から飛び出した。御歳魂なる餅を配り歩くのに、新年から忙しそうである。
問題は、この餅の処理方法である。
ユフィーリアも分け与えても余るほどの大量の餅だ。これは一体どう料理していいのやら。
大量の餅を前に固まるユフィーリアをそっちのけで、異世界出身のアズマ親子とハルアははしゃいだ様子で餅に群がる。
「お砂糖とお醤油で食べるのが1番だ」
「磯部がいいのだが出来るだろうか」
「餅ィ!!」
大量の餅を前に、どうやって食べるのか議論していた。彼らには大量の餅など関係なく、今目の前にある欲望を処理するのに忙しそうだ。
「これから毎日餅だな」
「ショウちゃんとハルちゃんには責任持って処理してもらおうかねぇ」
「エドも食べるのヨ♪」
八雲夕凪から与えられた本場の御歳魂なる餅に問題児の大人組は肩を竦めるのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】餅にチーズを乗せてベーコンを巻いたものを作って、酒と一緒に消費。
【エドワード】トマトソースとチーズを乗せてピザのようにして食べたら美味しかった。
【ハルア】バター餅美味しかった!
【アイゼルネ】お餅はカロリーが高いから気をつけなきゃ。
【ショウ】お餅のアレンジレシピに期待大。でもやっぱり砂糖醤油が好き。
【キクガ】お餅はやっぱり磯部巻きが好き。
【八雲夕凪】本殿の社にお餅がいっぱい届くからお裾分けに回る豊穣神。