第4話【問題用務員と落とし玉】
仕方がないので、とりあえず学院長室からは撤収した。
「あいつ、未成年組だけ可愛がるよな」
「何だかんだ子供には甘いんだよねぇ」
「学院長もそれなりにお爺ちゃんなのヨ♪」
「グローリア君にも可愛がってもらっているようで嬉しい訳だが。いじめられていたとしたらどうしてくれようかと」
「どうしてくれようかと?」
「どうしようとか心配じゃなくてぇ?」
キクガの言葉にユフィーリアとエドワードが目を剥くが、とりあえず学院長のグローリア・イーストエンドからは相場の金額のおよそ数百倍ぐらいは値段がつきそうな宝石をお年玉として与えられた。
未成年組の手に握られている小さめの箱には、ラピスラズリとオパールの宝石がそれぞれ詰め込まれている。見た目から判断してかなり質が高いようで、深い青色をした大粒のラピスラズリと乳白色の中に色とりどりの光が見え隠れする綺麗なオパールはどこか不思議な魅力を携えていた。
まさか宝石をお年玉として渡されるとは思ってもみなかったらしい未成年組の2人は、
「どうしようか、この宝石」
「ポッケに大事にしておこ!!」
「ああ、それがいいな……」
そっと未成年組の2人は、もらったばかりの宝石を自分たちの着ている服のポケットに収納した。さすがに高価な宝石をポンと渡されたものだから、箱を扱う手つきは丁寧である。
「魔法使い、金銭感覚がぶっ壊れすぎやしないか……? 23ルイゼだけしか出てこなかったと思ったら宝石が出てきたのだが」
「あれは特殊なだけだ。アタシを見てみろ、庶民的だろ」
「お金を持ってる時の余裕は貴女も同じような雰囲気だがな、ユフィーリア」
魔法の実験に使えそうなものならば何百万ルイゼかかろうと金を出す学院長と違い、ユフィーリアはまだ良心的ではないかと我ながら思う。確かに宝石や魔石も購入したりするが、あれは身を守る為の護符などに加工するので裸の宝石をお年玉と称してポンと渡すイカレ野郎とは違うのだ。
普段は用務員室の大人組で、食材や日用品もお安めのお得品を買ったりするものである。宝石を購入する頻度は稀だ。こちとら問題児で給与の乱高下があるのだから、高い買い物はあまり出来ない。
ところが、周囲の視線は痛かった。
「ユーリの場合は本でしょぉ。魔導書1冊の値段を調べたら相当な金額だよぉ」
「どこが庶民的だよ、このお嬢様!!」
「常識人ぶってるけれどユーリも大概ヨ♪」
「給与の乱高下で悲鳴を上げているのに、普通に何冊も魔導書を買い込むお財布事情が気になるのだが」
「生活に問題がなければ私は何も言わない訳だが……」
「何でこっちが責められるんだよ、おかしいだろ!?」
別方向の金銭感覚を指摘され、ユフィーリアは堪らず叫んだ。だって面白そうな魔導書が発売される方が悪いのに、どうしてそこまで責められなければならないのか。
「大体、アタシよりもやべえ金銭感覚持ってる奴いるからな!!」
「1冊1万ルイゼしたお高めの魔導書をしれっと5冊も購入したユーリ以上にやべえ金銭感覚を持ってる奴っているのぉ? ルージュ先生とかぁ?」
「ルージュは基本的にあれでも倹約家だからな。アタシ目線からすると」
エドワードの言葉を否定すると同時に、ユフィーリアの耳にするりと聞き覚えのあるマッド発明家の声が滑り込んできた。
「あ、問題児諸君じゃないッスか。今年もよろしく」
「ほら来たぞお前ら、金銭感覚が馬鹿な奴が」
「え、何? 新年早々に罵倒?」
ちょうどそんな時に現れた副学院長のスカイに、ユフィーリアは無遠慮に指を差して言う。彼の足元でぴこぴこと長い尻尾を振りながらお散歩中だったドラゴン型魔法兵器のロザリアが「ぎゃッ」と肯定するように鳴いた。
こと魔法工学という分野は金がかかる。やれ部品とか、魔石とか、設計用の工具だとかで出費が嵩むのだ。魔法工学を学ぶ生徒の中では予算をやりくりして上手に金を使い、時には設計図や開発案などを研究施設などに売ったりして開発資金を調達したりしている訳である。
スカイも同じような金の稼ぎ方をしている魔法使いの1人だ。だが彼の場合、莫大な利益を生み出す魔法兵器を開発して資金を調達したかと思ったら、クソみたいな魔法兵器を開発して無駄遣いしてしまうので結果的に阿呆な金銭感覚になってしまっている訳である。
スカイは不満げに眉根を寄せ、
「ちょっと、ボクが稼いでいるんだから何に使おうが勝手じゃないッスか」
「最近、何を開発した?」
「魔フォーンに手紙を送れる機能を追加したッスね。春に新機能を加えて市場に流通予定ッス」
「で、それで荒稼ぎした資金は何に使った?」
「爆走する三輪車型魔法兵器の開発に」
「何でそんなものを作ったんだ」
「分かんない」
ユフィーリアの質問に答えるたび、スカイの頭の螺子が外れた部分が露わになっていく。これはもう阿呆な金の使い方であると嫌でも分かる。
「副学院長、お年玉ちょーだい!!」
「お年玉ください」
「オトシダマ?」
ハルアとショウの2人にお年玉をねだられ、スカイは首を傾げる。が、その文化をどこかで知っていたのか不明だが、副学院長は「いいッスよ」と応じた。
厚手の長衣の下をゴソゴソと漁ると、スカイはダボダボの袖で覆われた腕を突き出してくる。何かを握っているようなことは分かるが、果たして何を握っているのか。
ハルアが両手を差し出すと、スカイが握っていたものをパッと手放した。
「はい、オトシダマ」
ゴットン!! と音を立てて鉄球がハルアの手のひらを潰した。
手のひらに収まるぐらいの鉄球は超重量を誇るようで、ハルアが重さに耐えきれずに前につんのめる。鉄球を支えきれずにすっ転び、彼の手のひらに鉄球がめり込んでいた。
お年玉ならぬ『落とし玉』である。笑えない冗談だ。
「手があああああああああああああ!!!!」
「いーひひひひひひ!! 年越し前に銅羅なんて学院長室に置くからッスよ問題児、罠に引っかかったなぁ!!」
高らかに哄笑を響かせるスカイ。どうやら年越し前に問題児が酔っ払った表紙に購入した銅羅を押し付けたことに、多少根に持っているようだった。ここで仕返しをしてくるとは何と卑怯なことか。
痛がるハルアの手から、エドワードがひょいと鉄球を持ち上げる。どれほど超重量で作ろうと問題児が誇る筋肉野郎の剛腕には敵わず、あっさりとハルアの手のひらの上から退かされてしまった。
ボールのように鉄球を弄ぶエドワードは、鉄球を握り込んだ手をスカイの頭上に掲げる。ついでに副学院長が逃亡を図らないように、足元は腕の形をした炎――炎腕で拘束されていた。
余裕の態度から一転して冷や汗を掻く副学院長に、エドワードと炎腕の召喚者であるショウが詰め寄る。
「ウチの若えモンが世話ンなったな」
「俺の先輩が大変お世話になったようで」
「え、あの、エドワード君? ショウ君?」
凄んでくるエドワードとショウに対して狼狽えるスカイへ、問題児が淡々とした口調で要求する。
「慰謝料」
「え」
「慰謝料だって言ってンだろ、ちょっとその場で飛んでみろ」
「あの」
「飛べねえってンなら」
エドワードがスカイの頭上に掲げた鉄球を握る手に力を込める。めき、と音がした。
「この『落とし玉』をお返ししなきゃなンねえなァ?」
「やり返されると知りながら喧嘩を売ったのだとすれば愚かですよ、副学院長」
「ひいいいいすんませんっしたあああああああ!!」
問題児の要求通り、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねるスカイ。ポロポロとこぼれ落ちてくるのは魔法工学で使用する魔法兵器の部品ばかりだが、売れば金にはなるだろう。
やり返されると理解しながら喧嘩を売ったのが運の尽きである。せいぜいお年玉を捻り出されるがいい。
カツアゲされる副学院長を眺めるユフィーリアは、
「部品って換金できるっけ」
「購買部に持ち込めばやってくれるわヨ♪」
「あれほど脅しが板につく人間はなかなかいない訳だが。冥府で働いてくれないものだろうか……」
「親父さん、我が子カウントするなら冥府に引き込むの辞めてもらっていいっすかね」
エドワードとショウの2人によるカツアゲ現場を眺めながら、ユフィーリアたちは副学院長から回収したお年玉をどうやって換金するか話し合うのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】カツアゲした魔法兵器の部品で荒稼ぎ。「副学院長お墨付き」とか言ったら結構高値で売れた不思議。
【エドワード】見た目を活用してカツアゲ。
【ハルア】おてていたい。でもすぐなおった。
【アイゼルネ】魔法兵器の部品って高く売れるのね、初めて知った。
【ショウ】父親の血の片鱗を見た。誰がヤクザだって?
【キクガ】エドワードのあの凄み、冥府で獄卒として働いてもらえないだろうか。あと息子の成長具合に感動。
【スカイ】うるさかった銅羅を溶かして重たい鉄球に加工した。問題児を揶揄ったらやり返された馬鹿タレ。