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第3話【学院長とカツアゲ】

「はあー……しんねん……」



 ヴァラール魔法学院の学院長、グローリア・イーストエンドは熱い紅茶の入ったカップを両手で持ちながら魔法兵器エクスマキナ『魔力ストーブ』から発される温風に当たっていた。


 年越し前に問題児の銅羅攻撃に見舞われたりしたものの、何とか無事に年を越すことに成功した。銅羅は副学院長のスカイ・エルクラシスが回収していったが、果たしてあれは何をどう使うつもりなのか。

 いや、考えるのはよくないので止めておこう。どうせお馬鹿な発明家のことである、余計なことに巻き込まれたくない。


 少し濃いめに入れた紅茶に息を吹きかけて冷ましながらちびちびと舐めていると、



「あけおめことよろ金寄越せ!!」


「うわ強盗」



 学院長室の扉が開かれるなり、名門魔法学校の創立当初から問題児として名前を馳せる銀髪碧眼の魔女――ユフィーリアが突撃してきた。しかも何だか強盗みたいな台詞のおまけ付きである。

 彼女の人形めいた美貌は、妙に楽しそうな雰囲気を醸し出していた。おそらくこの悪タレ魔女に何か余計なことを吹き込んだ馬鹿がいるのだ。その馬鹿の想像はつくが。


 グローリアはユフィーリアをジロリと睨みつけると、



「新年早々に何しにきたの」


「お年玉をもらいにきたんだよ、お年玉」


「オトシダマ?」



 聞き覚えのない単語に、グローリアは首を傾げる。


 言葉の響きだけに注目するなら、玉を落とすとかそんなものだろうか。だが残念なことに学院長室に落とせるような玉は存在しない。

 探しても魔法の研究に使用している水晶玉ぐらいのものだが、あんなものを落とせばただの凶器である。そもそも最初に「金を寄越せ」と強盗みたいな要求をしていたから、水晶玉なんて出したら叩っ斬られるに決まっている。


 ただまあ、オトシダマとやらには興味があるので、グローリアはその意味を聞いてみることにした。



「何そのオトシダマってものは?」


「何か目上の人間が目下の人間に金を渡す異世界の風習だって」


「へえ」



 グローリアは熱い紅茶をずずずと啜りながら、



「目上の人間って言ったね」


「おう」


「僕は23歳なんだけど」


「そうだな」


「君は28歳だよね」


「永遠のな」


「年下の僕が年上の君にお金をあげるのはどうなの?」



 年下の人間に金をせびるということは、もうそれはつまりカツアゲである。問題行動以外の何物でもない。

 その常識を語るならば、ユフィーリアが逆にグローリアへオトシダマとやらをあげなければならない訳である。何故ならユフィーリアの方が年上を宣言しているからだ。見た目に大差はないとしても、28歳を自称している時点で相手の方が年上である。


 しかし、そんな指摘など問題児には些事であった。



「気にするなよ、そんなこと☆」


「うわあ、年上なのに年下に金をせびるんだ」


「つーか、お前も23歳なんて自称だろ。本当は互いに同じぐらい生きてるじゃねえか、何を年下ぶってんだよ」


「ほえ?」


「目玉が飛び出るまで殴るぞ」



 痛いところを指摘されたので馬鹿のふりをしたら、ユフィーリアが拳を構えてきやがった。いつもだったら逆の立場だろうに。


 ぶっちゃけた話、グローリアも23歳という年齢は自称である。もう長いこと「23歳です」と言い続けて数千年は経過している。一向に年を取る気配はない。

 そんな訳で、グローリアとユフィーリアの年齢差は不明である。近いかもしれないし、遠いかもしれない。互いに年齢を適当に自称しなければならないぐらいに長い時を生きているので、もしかしたら同い年かもしれないのだ。年齢差など誤差に感じる。


 ため息を吐いたグローリアは、



「大体、お金なんて持ってないよ。僕は現金を持たない主義だし」


「印税で稼いでんじゃねえのか」


「微々たるものに決まってるでしょ」



 未だに疑いをかけてくるユフィーリアに、グローリアは自分の財布を懐から引っ張り出す。自前の長財布は思った以上にペラペラだった。



「ほら、小銭しかない」


「うわ、学院長がハルよりも現金を持ってない」


「余計な哀れみだよ」



 長財布をひっくり返すと、ちゃらちゃらちゃりーんと音を立てて小銭のみが転がり落ちてくる。全部の金額で23ルイゼしかなかった。


 可哀想なものでも見るかのような視線を寄越してくる問題児筆頭に、グローリアは飄々と笑いながら応じる。渡す為の現金がないので心にも余裕があった。

 別に全財産がこれらの小銭ではない。もちろん銀行口座にしっかり貯蓄しているが、元々グローリアは大金を持ち歩かない主義なのだ。どちらかと言えば請求書払いが多いので、現金を持ち歩かなくてもいい訳である。


 執務机の上に転がった小銭を悲しそうな表情で眺めるユフィーリアは、



「お前ら、やべえぞ。グローリアの財産、23ルイゼなんだけど」


「無駄遣いでもしたぁ?」


「オレよりお金持ってないって異常だと思うよ!!」


「学院長ってお貧乏なのかしラ♪」


「おいたわしや」


「冥府に来るかね? 特別待遇で雇用する訳だが」


「ゾロゾロ来たなあ」



 学院長室の外で様子を伺っていた他の問題児と、何故かキクガまで現れたことで学院長室は賑やかになった。問題児が来ると必然的に賑やかなものになる。

 というか、キクガの勧誘には承服しかねた。グローリアは別に全財産が23ルイゼしかない訳ではなく、ただ現金を持ち歩かないだけなのである。それなのに学院長の立場を安月給と見積もらないでほしいものだ。


 グローリアは不満げな表情で、



「貧乏じゃないから。ただ現金を持ち歩かない主義だからだよ」


「ああ、だから現金が23ルイゼでも余裕でいられるんだな」



 ユフィーリアは執務机に転がり落ちたグローリアの23ルイゼを回収すると、それらの小銭をショウとハルアに分け与える。



「ほらよ、ショウ坊とハル。学院長からのお年玉だ、ちゃんとお礼言っておけよ」


「ありがとうございます、なけなしの現金をいただいて」


「ありがと、学院長!! ご飯が食べられなくなったらごめんね!!」


「ああ何だ、未成年組にあげるのか」



 未成年組に小銭を分け与え、グローリアは納得した。

 確かに、未成年組はグローリアよりも遥かに年下である。数千年を生きている実年齢から見ても、つい最近生まれたばかりでないかと錯覚するほど年下なのだ。お年玉の概念が『目上の人間が目下の人間に現金をあげる』ということに、あながち間違いではない。


 グローリアは「ちょっと待った」と制止をかけ、



「未成年組にあげるんだったら話は別なんだけど。23ルイゼなんて格好がつかないじゃないか」



 そう言って、グローリアはとりあえず執務机の引き出しを漁る。


 引き出しの奥底から引っ張り出したのは、箱に収納されたラピスラズリの宝石とオパールの宝石である。贔屓にしている宝石商が「今年はいいのが採れた」ということで、品質も良さげだったので市場に出回る前に買い取ったのだ。

 未成年組は魔法が使えないので魔法の実験の触媒には出来ないだろうが、美術品ぐらいにはなるだろう。飽きれば売り払ってしまっても問題はない。


 手のひらに乗るほどの小さな箱をショウとハルアに手渡し、



「はい、オトシダマ。これでよかった?」


「相場の何百倍で大変驚いておりますが、一体こんなの買うお金はどこから?」


「銀行だよ。貧乏じゃないんだからね」



 そんな訳で未成年組にオトシダマとやらをあげて平和に終わるはずだったが、



「おいグローリア、何でそんな高価なものがあるんだよ。アタシにも寄越せや」


「ないよ、大人でしょ」


「ふざけんな贔屓だろ」


「未成年組の2人はお子様だからいいじゃないか。そういう意味でしょ、オトシダマって」


「何なら臓器出せ臓器、おら飛んでみろ」


「自分だけもらえないからって意地でも僕からカツアゲしようとしてるんじゃないよ出ていけ!!」



 これ以上問題児と関わると赤字になりそうな予感しかなかったので、グローリアは転移魔法で強制的に問題児どもを学院長室から追い出した。

《登場人物》


【グローリア】新年早々にカツアゲをやられた学院長。問題行動をしなければ未成年組にはまあまあ甘いが大人は厳しい。


【ユフィーリア】グローリアと昔から付き合いがあるので堂々と言い合えるし何なら禁忌の年齢の話題も口にできる。

【エドワード】ユフィーリアよりかはそこそこ学院長から扱いはいい。問題行動さえしなければ。

【ハルア】問題行動をしてない時、学院長とはそこそこ仲良し。敵意は持ってないよ!

【アイゼルネ】何だかんだと気にかけてはくれる。問題行動をしなければ。

【ショウ】問題行動と、ユフィーリアが絡まなければ学院長とはまあまあ仲良し。ぷいぷい関係でよくおやつをもらうから。

【キクガ】何かの拍子で冥府に勧誘するのは人手が足りていないからか。

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