第2話【問題用務員とお年玉】
「新年の挨拶をしようと思った訳だが、取り込み中かね?」
「ちょうど今からペルーナパイを切ろうとしてたところだ。ちょうどいいや、親父さんも食っていけよ」
「おや、いいのかね?」
「5等分は難しいからな」
新年の挨拶に来たらしいキクガは「それではお邪魔する訳だが」と用務員室に足を踏み入れる。
相変わらず綺麗な父親である。ショウとよく似た顔立ちでありながら、年齢を重ねた美しさが滲み出ている。真っ赤な振袖も新年の雰囲気によく似合っていた。
というより、この親子は変わらず女装である。ショウが女装を選ぶ理由は「ユフィーリアが以前に可愛いと言ってくれたから」というものだが、キクガの場合は「息子が似合うなら私も似合う」という頭の螺子の所在を疑いたくなる暴論のもと、女装をしているのだ。今年も天然っぷりは健在のようだ。
キクガが居住区画に顔を見せると、真っ先に反応したのはショウだ。
「父さん」
「あけましておめでとう、ショウ。今年も君が息災であるように祈っている訳だが」
「あけましておめでとう、父さん。今年もよろしく頼む」
ショウとキクガで互いにぺこりと頭を下げ、まずは新年の挨拶を交わす。父親の前ということで、ショウも先程のような短縮呪文のような挨拶ではなくちゃんと正式な言葉遣いで挨拶をしていた。
一方でハルアは新年の挨拶なんて知らず、ショウから教えてもらった短縮呪文風味の言葉しか学んでいないので「あけおめ!!」と挨拶をしていた。当のキクガは不思議そうに首を傾げていたので、おそらく短縮呪文風味の挨拶は知らない様子だ。
ユフィーリアは机に置いていた包丁を手に取り、
「ほら親父さん、椅子に座れ。ペルーナパイ切るぞ」
「その、ペルーナパイとは?」
「新年に食べるパイで、中身にコインの有無で今年の運勢を占うそうだ」
「ほう、それは興味がある訳だが」
キクガが椅子に座ったところを確認してから、ユフィーリアはペルーナパイに包丁を入れた。
ざく、というパイ生地が断ち切れる音が聞こえてきた。生地がしなしなになっていないかと気になっていたものだが、パイ生地はユフィーリアの理想通りの硬さに焼き上がってくれていた。
中身として転がり落ちてきたのは甘辛くなるように香辛料や調味料などで煮込んだ豆と、隅から隅までギッチリと詰め込まれた挽肉たち。ふわりと鼻孔をくすぐる突き抜けるような香りは、中身を肉や豆を煮込んだ際に使用した香辛料のどれかだろう。
初めてのペルーナパイに目を輝かせるショウは、
「いい匂いだ」
「コインがあるように祈りながら食えよ」
ユフィーリアは切り分けたペルーナパイを、ショウの前に置かれた皿に乗せてやる。同じように、綺麗に6等分にしたペルーナパイを全員に行き渡らせた。
「はい、新年1発目。両手を合わせてー」
「「「「「いただきます!!」」」」」
ユフィーリアの号令と同時に、全員揃ってフォークをパイ生地に突き立てた。
パイの欠片を口に運ぶと、香ばしい小麦の香りが口いっぱいに広がる。中身に詰め込んだ挽肉と豆の煮込みも甘辛い味付けが、素朴でさくさくなパイ生地とよく合う。
挽肉から染み出してくる肉の油と豆の歯応えも抜群に相性がよく、パイ生地と絡み合って癖になりそうだ。何層にもなったパイ生地が腹の中で膨らんで、このパイだけでお腹いっぱいになるボリュームがある。
そして肝心のコインだが、
「ねえなぁ」
「こっちもないねぇ」
「残念!!」
「あら、おねーさんもないワ♪」
「俺もなかった。残念だ」
「む」
パイの中に入っているとその年が幸運なものになると言われているコインの存在は、どうやら問題児のパイの中には入っていなかった。しょんぼりと肩を落としたところで、キクガが難しい表情を見せる。
もごもごと口を動かし、それからおもむろに白魚の如き細い指先を口の中に突っ込んだ。彼の口から取り出されたものは、キラキラと肉の油で艶めく金色のコインである。
キクガは口の中から引っ張り出したコインを皿の上に置き、
「異物を発見した」
「お、今年のラッキーボーイは親父さんか。よかったな」
「何と」
どうやらペルーナパイに紛れている運勢を占う為のコインであると、キクガはようやく気づいたようだ。まさか話を聞いていなかったのか。
「父さん、おめでとう。いい1年になるといいな」
「ああ、ありがとうショウ。私もそうなることを願っている訳だが」
息子からお祝いの言葉を向けられて微笑むキクガは、ふと「そうだ」と何かを思い出すなり巾着袋の中身を漁り始める。
取り出したものは小さな封筒だ。可愛らしい犬や猫の絵が描かれており、何やら達筆で封筒の表面に文字が描かれている。手紙を送る封筒にしてはあまりにも小さすぎるので、かなり折り畳まなければならないような類だ。
その封筒を、ショウとハルアの2人に差し出してキクガは言う。
「はい、ショウ。ハルア君も。お年玉な訳だが」
「ありがとう、父さん!!」
「?」
差し出された封筒を笑顔で受け取るショウの隣で、ハルアは「あざす……?」と心底不思議そうに流れで受け取っていた。封筒を渡される意味が分かっていない様子である。
そもそも、オトシダマとは一体何だろうか。
言葉の響きから判断するに、玉を落とすか何かをするのだろい。落ちる玉なんて想像できないものだが、それに何の意味があるのだろう。
すると、
「はい、ユフィーリア君たちにも」
「え、あ、ありがとうございます……?」
「もらっていいのぉ?」
「あら、嬉しいワ♪」
キクガはユフィーリア、エドワード、アイゼルネの3人にも小さな封筒を差し出してきた。
反射的に受け取った小さな封筒は、手のひらに収まる程度の大きさで中身は薄い。封をされているものの、厚みがないので手紙か何かが入っているのかと予想する。
わざわざ手紙を手渡すなどあるだろうか。日頃から言えない感謝の気持ちとやらを、この小さな小さな手紙にこめているのだとすれば少しばかり怖い。恨み言が書かれていたら泣く自信がある。
ユフィーリアは小さな封筒を両手で握り、恐る恐るキクガに問いかける。
「あの、親父さん。これ一体……?」
「ああ、開けてみてもいいとも」
「?」
さらりと答えるキクガに若干の恐怖心を抱きつつも、ユフィーリアは小さな封筒を開ける。
中身として出てきたのは、小さく折り畳まれた紙状の何かだった。
よく見たら1万ルイゼ紙幣だった。
封筒を開けたら金が出てきて、ユフィーリアの口から「ほぺッ」とか変な声が出た。
「どどどどどうして親父さん!?」
「少額だが、もらってほしい訳だが。それぐらいにしか使い道がない」
キクガはペルーナパイを口に運びながら、
「本当はもう少し入れたかったのだが、常識的な金額がいいと思い直した訳だが」
「いやだから何で金ェ!?」
ユフィーリアは思わず叫んでいた。
エドワードもハルアもアイゼルネも、オトシダマなる封筒から1万ルイゼ紙幣が出てきて驚いていた。急にキクガからお小遣いを賜るとは思わなかったのだ。おそらくねだればお小遣いぐらいならくれるだろうが、いい年した大人がお小遣いをねだるとはこれ如何に。
これはまさか、異世界の文化だろうか。恐ろしいことだ、オトシダマとは。
開けた封筒を片手に固まる問題児をよそに、ショウは笑顔で父親にお礼を述べる。
「ありがとう、父さん。大事に使う」
「ああ、大事に使いなさい」
やはり親子の慣れたやり取りを見ている限り、異世界の文化で間違いなさそうだ。
「えと、親父さん。これどんな文化なんだ……?」
「お年玉と言い、異世界では正月に子供へ金銭を渡す訳だが」
キクガの説明曰く、元々は神様のお餅か何かを配るのがお年玉の始まりだったようだ。それが転じて、現在では金銭を渡す文化として定着したらしい。
子供の年齢によって金額が変更され、ショウの年齢ぐらいになると1万ルイゼぐらいが妥当な金額とされている。実子だから理解は出来るが、それは何故ユフィーリアたちにも渡されるのかと言うと、おそらくキクガはユフィーリアたちも子供たち判定をしているからだろうか。さすが人類家族化計画を発案するだけある。
しかし、金をもらうのはいい文化だ。
「よし分かった」
ユフィーリアは納得したように頷き、
「じゃあ、他の連中にももらいに行くか」
――新年早々、問題行動の予感であった。
《登場人物》
【ユフィーリア】生きてる年月で言ったら断然キクガより上なのに、何でかお年玉をもらえた。
【エドワード】いきなり封筒開けたら現金が出てきてびっくり。
【ハルア】唐突なお小遣いに困惑。
【アイゼルネ】何これ、チップ?
【ショウ】お年玉をもらうの初めてだ〜、やった〜。
【キクガ】父親の務めを果たすべく、お年玉を持参。ついでに我が子カウントしている問題児の諸君にも渡しておいた。