第5話【問題用務員と年明け】
「間もなく新年を迎えます。皆様、準備はよろしいでしょうか?」
温泉施設内に、従業員の声が響き渡る。
ようやく年越しということもあり、温泉施設の利用客たちは持ち込んでいた杖を構える。年越しと同時に魔法で花火を打ち上げるのがレティシア王国なりの年明けの祝い方なのだ。
大人も子供もワクワクとした面持ちで年越しの瞬間を待っていた。温かなお湯に浸かりながらもよく眠気に耐えられたものである。
ちゃぷりと湯船に身体を沈めたユフィーリアは、ぽっかりと開いた温泉施設の天井に視線を投げて「ふあぁ」と欠伸をする。
「眠くなってきた」
「ビンタするぅ?」
「顔が取れるから止めろ」
「ショウちゃんが拾ってくれるよぉ」
エドワードが大きな手のひらを構えて言うので、ユフィーリアは渋々と身体を起こした。『顔が取れたらショウが拾ってくれる』とは何だ、あり得そうで怖い。
「今頃、学院長室はとんでもねーことになってそうだな」
「ユーリはあんな魔法なんてよく使えるわネ♪」
「最近、魔導書で読んだ」
頬に浮かんだ汗を持ち込んだタオルで拭うアイゼルネに、ユフィーリアはざぶざぶと身体にお湯をかけながら言う。
酔っ払った拍子に購入した銅羅は、学院長室に設置してきた。異世界文化『除夜の鐘』というものがあり、その鐘の音を聞くと煩悩が消え去って綺麗な心で新年を迎えられるらしいのだ。あいにくとこの世界の鐘と言えば時刻を告げるものしかないので、うっかり購入した銅羅で代用した訳である。
学院長室に人がやってくると自動的に発動する魔法を銅羅に仕掛け、今頃はひとりでに動いているバチがどじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃと元気に打ち鳴らしていることだろう。音も扉が閉ざされると聞こえなくなることを懸念して、大きな音で出迎えてくれるように拡声魔法も仕掛けておいた。
すると、
「レッツスイム!!」
「ハルちゃん大人しくしなって言ったでしょうがぁ!!」
我慢が出来なくなったハルアが、とうとう広い浴槽を泳ぎ始めてしまった。ざばばばばばとお湯を掻き分けて泳ぐ馬鹿タレを、エドワードが追いかける。水場になると途端に頭の螺子がさらにぶっ飛ぶのは、おそらく年が明けても変わらないだろう。
呆れた様子で広い浴槽を泳いだ結果、エドワードに頭を締め上げられてジタバタと暴れるハルアを眺めていると、不意に横から「ユフィーリア」と呼ばれた。
振り返ると、ショウが何やら可愛い笑顔を浮かべて近寄ってくる。ピトリと肩を寄せ、触れ合った肌から彼の体温が伝わってきた。何やら可愛いことをしてくる嫁である。
「今年はいっぱいお世話になった。来年もよろしく頼む」
「お前の異世界知識には期待してるぞ」
「ああ、大いに期待していてくれ。まだまだ、貴女を楽しませる知識はあるぞ」
そう言って、彼はとても綺麗に微笑んだ。その笑顔がまた可愛らしく、ユフィーリアが頭を撫でてやると猫のように赤い瞳を細めて手のひらを受け入れてくれる。
その時、利用客が一斉にカウントダウンをし始めた。
年越しはもうすぐの様子である。ユフィーリアも雪の結晶が刻まれた煙管を掴む。アイゼルネも手品のようにトランプカードを指先に挟んでいた。それは浴室にまで持ち込んで濡れないのだろうか。
そして、その瞬間が訪れる。
「ハッピーニューイヤー!!」
「いえーい!!」
温泉施設の利用者が、一斉に魔法で火花を打ち上げた。
ぱぱぱぱぱッ、ぱぱぱぱぱッ!! と色とりどりの花火が夜空を彩る。ぽっかりと開いた天井の穴から覗く夜空に、キラキラと7色の光が弾けた。新年を迎えたことで温泉施設の利用者たちはこぞって酒やジュースなどを傾け、硝子杯を打ち鳴らし、新たな年を迎えたことを盛大に喜んでいた。
ユフィーリアとアイゼルネもまた、花火を打ち上げて新年を迎えられたことを祝福する。ぱらぱらと青色と緑色の光が弾けてお湯の水面に落ち、溶けて消えゆく様が幻想的であった。
が、
「なるほど、盛大に花火を打ち上げるのがレティシア王国風なのか」
「ショウ坊?」
ざばり、とお湯を掻き分けて浴槽の中で立ち上がったショウは、右手を掲げる。その合図と共に現れたのは三日月型の魔弓――冥砲ルナ・フェルノだった。
何をするかと思えば、冥砲ルナ・フェルノに炎の矢をつがえている。それで狙うのは温泉施設の天井にぽっかりと開いた大きな穴だ。
穴の向こうから見える色とりどりの火花めがけて、ショウは炎の矢を放つ。
「はっぴーにゅーいやー」
「いやーッ!!」
「ハルちゃん、エクスカリバーは洒落にならない!!」
泳いでいたハルアがいつのまにやら神造兵器のエクスカリバーを携えており、光り輝く刀身を振り回して天井の大穴めがけて光の奔流を解き放っていた。神造兵器を持ち込むとか馬鹿の所業である。
炎の矢と光の奔流は温泉施設の天井の穴をちょっぴりだけ拡張しながら、夜空に舞う火花を掻き消して遥か遠くへと消えていった。天井から崩れ落ちた瓦礫が浴槽めがけて落ちてきて、ぼちゃんばちゃんなどと音を立てる。
酔っ払いが多い為か、はたまた新年を迎えた影響か。怒り出す人はおらず、それどころかはしゃぐ利用者が多かった。
「今年も、賑やかになりそうだな」
「そうネ♪」
神造兵器を取り出したことで兄貴分のエドワードから締め上げられる未成年組の姿を眺めながら、ユフィーリアとアイゼルネはしみじみと呟くのだった。
ちなみに、帰ってからしっかりと学院長から説教されることを、今はまだ知らない。知らないったら知らないのだ。
新年が明けても問題児は問題児のままである。
《登場人物》
【ユフィーリア】年明けと同時に花火をやりすぎて学院長室を吹き飛ばしたことがある。
【エドワード】調子に乗ってダンベルを投げ、用務員室の窓を割ってユフィーリアにアッパーカットを叩き込んだ。
【ハルア】公衆の面前で神造兵器を取り出してぶっ放す馬鹿。何しとんねん。
【アイゼルネ】今年も年越しの花火で誰が何かやるかと思っていたら未成年組がやらかしたかー、と遠い目。
【ショウ】異世界の文化に則って冥砲ルナ・フェルノをぶっ放した。