第3話【問題用務員と温泉施設】
そんな訳で、今年最後のレティシア王国へお出かけである。
「人が多い」
「色んなところから来てるもんねぇ」
「半獣人とか見かけるね!!」
「せっかくの終焉の日だものネ♪」
「賑やかだ」
レティシア王国に転移魔法で移動したユフィーリアたち問題児を迎えたものは、大量の観光客だった。
獣王国が主な住まいの半獣人や側頭部から角を生やした悪魔族、幽霊から変人奇人様々な観光客が犇めいている。彼らの中に混じって「こちらの施設は空いております」「こちらはご飯が美味しいですよ」と温泉施設の従業員らしき人物が呼び込みを行っていた。
転移神殿から出た途端に観光客でごった返すレティシア王国を目の当たりにしたユフィーリアは、何かもう白目を剥きたくなった。
「帰りてえ……」
「ユーリぃ、招待券はどこの奴なのぉ?」
「『マグノリアの泉』ってところ」
ユフィーリアが取り出した招待券に書かれている店名を確認し、エドワードがぐるりと周囲を見渡す。こんな時、通行人よりも頭1つ分飛び抜けている彼の存在は便利である。
「あ、あったよぉ」
「どっち?」
「右方向」
エドワードが指を差した方向に視線をやると、確かに何やら真新しそうな建物が確認できた。ユフィーリアの身長では屋根しか見えなかったが、魔法が使えるユフィーリアにとっては屋根さえ見えれば十分である。
右手を軽く振って閲覧魔法を発動させると、表示された建物名を確認する。閲覧魔法が読み取った情報には確かに『マグノリアの泉』とあり、さらに開店日まで表示されていた。開店日はつい最近なのでオープンしたばかりであることが伺える。
場所さえ分かれば、あとは観光客を掻き分けて向かうだけである。早速行動をしようとするのだが、
「あばばばばばばばば」
「えくすかり、ゔぁ、ああああああああ」
「おい未成年組が流されてる流されてる!!」
「ハルちゃんショウちゃんしっかりしなぁ、傷は浅いよぉ」
「あら大丈夫かしラ♪」
観光客の大津波が押し寄せ、ショウとハルアが押し流されそうになっていた。ショウは助けを求めるように華奢な腕を伸ばし、ハルアはこの人混みを一掃しようと神造兵器を取り出そうとしている。終焉の日に特大の事件を起こすつもりか。
慌ててエドワードがショウとハルアを抱きかかえて救出すると、未成年組はあまりの人の多さにお目目をぐるぐると回していた。どこか着ている洋服もしわくちゃである。こうなることは予想されていたので仕方がない。
ショウは頭をふらふらと揺らしながら、
「な、何が起きた……?」
「終焉の日だからなぁ」
ユフィーリアはショウの頭を撫でてやり、
「大丈夫か?」
「大晦日とはこれほど色々な施設が混み合うとは知らなかった……家に引きこもってばかりだったから……あれが正解だとは叔父さんたちから学ぶとは思わなかった……」
「オーミソカ? 何だそれ、脳天カチ割りパーティーか?」
「ハルさんの暴力的な思考回路の出所は貴女か?」
何やら死んだ顔でぶつくさと呟いていたショウだったが、ユフィーリアの疑問には素早くツッコミを返していた。おそらくハルアも同じような反応をしたのだろう。
「終焉の日というのは、俺が元いた世界では『大晦日』と言うんだ」
「なるほどな。異文化については風呂に入りながら教えてくれ」
「え?」
赤い瞳を瞬かせるショウに、ユフィーリアは「おいおい」と笑う。
「何の為に水着を持ってきたと思ってんだよ。終焉の日の風呂はどこも混浴だぜ?」
☆
温泉施設『マグノリアの泉』は天井がくり抜かれた露天風呂形式となっていた。
「わあ」
「おっきい風呂!!」
目の前に広がる巨大な浴槽に、未成年組は瞳をキラキラと輝かせる。
石造りの浴槽には大量のお湯が注がれており、中心に据えられた巨大な噴水からどばどばと絶えず湧き出している。何種類か温泉がある極東方式とは違い、泳げるほど巨大な浴槽1つしかないレティシア王国方式を採用されており、利用者が各々好きな場所で同じお湯を楽しんでいる。
見た目は中心に巨大な噴水を据えた、公園でよく見かけられる池か何かである。そうなると、利用者はさしづめ水遊びを楽しむ子供だ。この設備内では子供も両親に連れられて温泉を楽しんでいる様子である。
そして何と言っても、レティシア王国の温泉施設の売りは飲み物や食べ物の持ち込みが許可されているということだ。湯船にお盆を乗せて酒や冷たいジュースを楽しむことが出来る訳である。
「新しい施設だから売店が充実してるな」
「お酒もあるぅ」
「まだ飲むつもりなのかしラ♪」
お酒の売店に目が吸い寄せられてしまったユフィーリアとエドワードの腕を、アイゼルネが冷ややかな声と共につねってくる。痛みで我に返った。
つい今朝、お酒で失敗したばかりである。記憶を飛ばすまで酒を飲み、挙げ句の果てに10万ルイゼを超える銅羅をご購入しちゃったのだからもう失敗は出来ない。あとこんな衆人環視の中で記憶を飛ばすまで酔っ払った暁には、建物ぐらいは吹き飛びそうである。
ユフィーリアとエドワードは揃って首を横に振り、
「飲まねえよ、飲まねえってば」
「飲むつもりないじゃんねぇ」
仲良く「酒は飲まない」と宣言するユフィーリアとエドワードだったが、
「……でもちょっとだけなら」
「だよねぇ、せっかくの終焉の日だしぃ」
「この人たちったら学ばないんだかラ♪」
薄弱な意思にアイゼルネが憤慨する。酒で失敗したことは学んではいるものの、それはそれとして終焉の日という特別な日だからこそ酒を楽しみたいという欲望もある。
すると、利用客で混み合って賑やかな温泉施設内に「ねえねえ、お姉さん」と軽薄な声がかけられた。
顔を上げれば、水着を着用した男性の集団がユフィーリアとアイゼルネに向けて爽やかな笑顔を見せていた。夏場にたっぷりと日に焼いたのか、肌は小麦色をしている。どこにでもありふれているナンパ集団といった装いであった。
ユフィーリアはアイゼルネを庇うように前に立つと、
「こちとら男連れだ。お前らの目にはこのガタイのいい男が目に入んねえか?」
「うちの連れに何か用か、クソガキども」
エドワードもナンパの気配を感じ取り、温厚で平和主義な性格から珍しく威嚇でもって応じる。
この見上げるほどの身長を持つエドワードが近くにいるというのに、ユフィーリアとアイゼルネにナンパを仕掛けてくるとはいい度胸である。「湯煙で姿が見えませんでした」なんて言い訳は通用しない。
案の定と言うべきか、エドワードの存在を認めるや否や途端に舌打ちをしてナンパ集団は態度を変える。
「チッ、男連れかよ」
「お高く留まりやがって」
こちらに聞こえるような声での暴言を吐き捨てる。いつもだったら「あ?」と応戦していたが、今回ばかりは心穏やかな気持ちでいることが出来た。
何故なら、ナンパ集団の背後にはすでに彼らがいたからである。
頭の螺子の所在を疑いたくなる笑顔を浮かべた暴走機関車野郎と、可憐なメイド服風水着を身につけて満面の笑みを見せる狂信者の2人組が。
存在に気づかれていないのをいいことに、未成年組が狙ったのはナンパ集団の穿いている水着である。
「お風呂では全裸が常識ですよ」
「裸の付き合いって奴だね!!」
「「「「ぎゃあああああああ!?!!」」」」
ナンパ集団全員の水着が強制的に引き摺り下ろされ、公衆の面前で醜態を晒すという結末を迎えた。
野郎どもの口から甲高い悲鳴が飛び出すと同時に、周囲の利用者たちからも絹を裂くような絶叫が上がる。見えてはいけないもの見せない為に水着の着用が義務付けられているというのに、これではまるで意味などなかった。
さらに未成年組は慌てて水着を直そうとするナンパ集団の目の前に立つと、
「いってらっしゃいませー」
「頭まで浸かって100秒だよ!!」
そんなことを宣い、ナンパ集団どもを浴槽めがけて突き飛ばした。
熱い湯に背中から飛び込むナンパ集団。ばちゃばちゃとしばらく暴れていたが、浴槽そのものが浅い為、溺れる心配がないことに気づいて落ち着く。
彼らは未成年組を睨みつけていたが、未成年組はどこ吹く風である。2人揃ってニコニコ笑顔で、下品にも中指をおっ立てて挑発していた。
そして、喧嘩の火蓋が切って落とされた。
「クソガキども!!」
「我らが兄貴のお姿が見えない節穴どもがユフィーリアとアイゼさんの美しさを理解できるとお思いですか、身の程を知れ!!」
「女の人もいるところなのに全裸で居続けるなんて恥ずかしくないんだね!! 逆に尊敬するよ!!」
「誰のせいだと思ってるんだ!?」
大人なナンパ集団に、未成年組は徒手空拳で飛びかかる。相手は自分たちよりも年上だが、年の差を覆す見事な身体能力で彼らを翻弄していた。
いつのまにか利用者は遠巻きに眺めるだけではなく、全裸のナンパ集団と未成年組の取っ組み合いを余興か何かだと思って楽しんでいた。売店の飲み物や食べ物が飛ぶように売れていき、どちらが勝つかなんて金を賭けるまで至った。
野次が飛び交い、歓声が浴槽内に響き渡る。施設の従業員が止めに入るのも時間の問題だろうが、それまでは全力で楽しんでやろうという利用者たちの心意気が感じられた。
ユフィーリア、エドワード、アイゼルネは未成年組の馬鹿騒ぎを止めることなく最前線で観戦し、
「やべえ、麦酒飲みたい」
「これは盛り上がるよぉ」
「飲まないって言ったでショ♪」
数分後、従業員が止めに入るより前にショウとハルアがナンパ集団を沈め、大歓声の中で戦いは幕を下ろすのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】喧嘩祭りを前に、ビール飲みてえなと思う。
【エドワード】アイゼルネの監視のせいでお酒が飲めないのは悲しい。失敗した自分が悪いんですけれど。
【ハルア】お風呂で騒ぐなと教えられてはいるものの、今回のこれは騒がざるを得ないわボケェ!!
【アイゼルネ】ユフィーリアとエドワードがお酒を飲もうとするのを止めるのに目を光らせる。こんな公衆の面前で記憶を飛ばさないでほしい。
【ショウ】ナンパは悪、許すまじ! キエエエ!!