第2話【問題用務員と銅羅】
記憶にないが、何故か目の前に銅羅がある。
「記憶を飛ばすまで飲むなって言ったろうがよ!!!!」
「アイゼが止めてくれるって言ったじゃん!?!!」
「全員の責任でしょう頭を冷やしなさイ♪」
「「はいすまんせんッ!!!!」」
銀髪碧眼の問題児筆頭、ユフィーリア・エイクトベルは二日酔いでガンガンと痛む頭をさすりながら目の前に置かれたブツの処理に悩む。
銅羅である。どこからどう見ても銅羅である。何でこんなものをどこで買ったのかと疑問に思ったが、用務員室の執務机を見ると購買部の領収書がくしゃくしゃに丸められて放り出されていた。酔っ払った勢いで購買部に駆け込み、銅羅を購入したらしい。
お値段、何と10万5,890ルイゼ也。こんな銅羅如きに10万ルイゼも吹き飛ばしたのかと考えると、お酒の力とは如何に恐ろしいか理解できる。その10万ルイゼがあったら何が出来たのか。
さて、そんな銅羅の処理だが、
「副学院長に売り渡すか、20万ルイゼぐらいで」
「買わないでしょぉ、副学院長もぉ。いくら金属でも素材は何でもない真鍮製だよぉ」
問題児随一の巨漢、エドワード・ヴォルスラムが常識的なことを宣う。その常識が酒を飲んでもまだ残っていれば、この銅羅購入を止めてくれたというのに。
「ちょうどいいワ♪ ユーリとエドの理性がなくなったらこれを叩いて正気に戻させましょうカ♪」
「止めろ耳が馬鹿になる!?」
「もう馬鹿になってんのよぉ、俺ちゃんたちぃ。こんなもんを記憶飛ばした状態で買っちゃうんだから相当な馬鹿だよぉ」
南瓜のハリボテを被った肉感的美女、アイゼルネは銅羅専用のバチを手で弄びながら言う。いつあの吊り下げられた巨大な鉄板をどじゃーんと叩かれるのか分からず、轟音にただただ恐怖するしかない。
このバチが未成年組の手に渡ろうものなら、即座にあの暴走機関車野郎の少年が力いっぱいに叩きまくるだろう。耳が死ぬ。終焉の日に鼓膜がご臨終など勘弁してほしい。
そんな恐怖がユフィーリアの脳裏をよぎったものの、何故か未成年組は用務員室に姿を見せない。こんな愉快なものが用務員室に置かれ、大人組が揃ってぎゃーぎゃーと喧しく騒いでいれば近寄ってきそうなものだが、一体どこに消えたのか。
ふと用務員室の隅に置かれたペット用のベッドを見やると、
「あ、ぷいぷいがいねえわ」
「お散歩に出かけたかねぇ」
「酔っ払うユーリたちにお付き合いできなくなったんでショ♪」
「アイゼ、お前まともぶってるけど同罪だからな」
用務員室のアイドルの座に君臨するツキノウサギのぷいぷいがいないので、おそらく日課のお散歩に出かけたのだろう。愛想を尽かして出て行ったという訳ではなさそうだ。
いいや、どうだろう。その両方かもしれない。愛想を尽かしたからこそ、少し冷静さを取り戻すまでぷいぷいのお散歩に出かけたという予想も思考回路が弾き出してきた。途端に血の気が失せる。
雪の結晶が刻まれた煙管を掴んだユフィーリアは、力なく「あはは……」と笑う。
「ショウ坊に嫌われたら世界を終わらせてアタシも死ぬかぁ」
「終焉の日が本当の意味での終焉を迎えることになりそうだねぇ」
「新年を迎えさせてちょうだイ♪」
最愛の嫁に愛想を尽かされるという最悪の未来を予想するあまり、世界を巻き込んだ派手な自殺をユフィーリアが画策していると、閉ざされた用務員室の扉がほんの僅かに開かれた。
「ユフィーリア、落ち着いたか?」
「ショウ坊、アタシのこと嫌ってない?」
「世界が滅んでも大好きだが?」
「よかった」
ほんの僅かに開いた扉から顔を出した最愛の嫁が安定の回答を述べてくれたことで、ユフィーリアは心の底から安堵した。よかった、世界を滅ぼさなくて済みそう。
用務員室の無事を確認したからか、ぷいぷいのお散歩に出かけていた未成年組のショウとハルアがようやく用務員室に戻ってきた。ショウの腕から抜け出したぷいぷいはぴょんぴょんと飛び跳ねながら用務員室の隅に置いてあるベッドに移動し、ベッドの上に放置されている藁を整えてからその身を横たえる。
どうやら購買部にも出かけていたようで、ハルアは大きめの紙袋を抱えていた。お菓子や飲み物だけかと思いきや、何と水の瓶まで揃っている。真冬に手渡されると凍えるほど冷たい水の瓶を、ハルアは素直になれないガキ大将よろしく「ん」と突き出してきた。
「どうせ二日酔いで頭がイタタになってるだろうからってショウちゃんがね!! オレはその眉間にエクスカリバーでも叩き込んでやろうと思ったんだけどね!!」
「優しい未成年組に育ってくれて嬉しいなぁ」
素直になれないハルアから水の瓶を受け取り、ユフィーリアは冷たい水で喉を潤す。頭はまだ痛むが、先程よりマシになったと言えよう。
「あの、ユフィーリア」
「ん?」
「レティシア王国の終焉の日にはお風呂に入りながら過ごすのか?」
「あー、確かそんな文化があったな」
ユフィーリアは水の瓶を傾けながら、ショウの質問に応じる。
レティシア王国には温泉が湧く地域があるようで、その地域には大衆浴場がたくさん営業しているのだ。その温泉をわざわざ汲んできているようで、レティシア王国の都市部でも大衆浴場が人気なのだ。現在では世界でも第2位の温泉湧出量を誇っている。
そんな訳で、レティシア王国の終焉の日は大衆浴場の全てが無料で開放してお風呂に入りながら年を越すという文化が根付いたのだ。酒も食べ物も持ち込みが許可されており、風呂に入りながら冷たい酒を飲めるという優雅な年越しを過ごせるのだ。
まあ、レティシア王国は巨大な国なので人口も多い。こぞってこの文化を堪能しようと世界中から人が集まるので、大衆浴場もすし詰め状態になるのだが、
「そういやレティシア王国に新しく露天風呂が出来るって言うから、招待券の抽選に申し込んだら当たったんだよな。あれ使うか」
「じゃあ今年の年越しはレティシア王国でやるのぉ?」
「今年中に使った方がいいだろ。心残りは今年中に解消しておくのが問題児流だ」
ユフィーリアの言葉に、ショウの表情がパァとあからさまに輝く。先程の話題を出したからちょっと興味があったのだろう、ハルアと嬉しそうに「行けるぞ、ハルさん」「やったね、ショウちゃん!!」なんてやり取りを交わしていた。
「ところでユフィーリア」
「何だ、ショウ坊。露天風呂は多分水着で入ると思うから、夏用の水着を引っ張り出してこいよ」
「それは了解したが……」
ショウとハルアの視線が、何故か用務員室に我が物顔で鎮座している銅羅に注がれる。
「どうして銅羅が?」
「オレらの玩具!?」
「酔っ払った拍子に買ったみたいなんだよな、購買部の領収書があった」
ユフィーリアは遠い目をすると、
「ショウ坊、これ異世界知識でどうにかならねえか? レティシア王国の大衆浴場に連れて行ってやるから」
「期待に応えたいのは山々なのだが、さすがに異世界知識もそこまで万能では――」
困惑したような表情で「出来ない」という旨を伝えられたかと思いきや、彼はふと何かを思いつく。銅羅の冷たい表面をペタペタと触れ、こんこんとノックするように叩いてみた。しゃんしゃん、みたいな細い音が奏でられる。
「ユフィーリア、異世界知識のお時間だ。ぜひ協力してもらいたい」
「おう、何だ何だ。楽しそうな予感しかしねえな」
「まずは――」
ショウからの説明を受け、ユフィーリアは「よしやろう」と迷わず実行を決めた。
彼の説明からして、魔法で片付ければ問題はない。ショウの作戦通りに魔法を仕込むのは一般の魔法使いや魔女なら至難の業だが、ここにいるのは星の数ほど存在する魔法を手足の如く操る天才魔女である。出来ないはずがない。
にっこりと笑顔を見せたショウは、
「それでは今年最後の問題行動、名付けて『除夜の鐘作戦』を開始しよう」
おー、と用務員室に元気な問題児の応答が響き渡った。
《登場人物》
【ユフィーリア】酔って記憶を飛ばして銅羅を買った馬鹿野郎。何で誰も止めてくれなかったのか。
【エドワード】今年最後の日だからと酒を飲んで記憶を飛ばして、ユフィーリアが銅羅を買ったことにも気づかない。そして実は自分も多少お金を出していたことにも気づいていない。
【アイゼルネ】今年最後の日だからと同じく酒を飲んで記憶を飛ばし、何故かクローゼットに押し込められた謎のマネキンに気づいて飛び上がった。どうやら買っていたらしい。
【ショウ】大人たちがお酒を飲んで酔っ払っているのでお散歩と称して避難。
【ハルア】からみ酒してくるならヴァジュラを放つ、としたところでショウに散歩に連れ出された。命拾いしたね!!