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第1話【異世界少年と終焉の日】

 この世界で大晦日とは『終焉の日』と言われるらしい。



「なるほど。今年という過去が終わり、新しい年を迎えるからか」


「そうだよ!!」



 今年最後のぷいぷいのお散歩、そして購買部で問題児が個人で開催する年越しパーティーの為のお菓子や飲み物を調達することになった未成年組のアズマ・ショウは納得したように頷いた。


 今日は年内最後の日である。「今年は色々あったなぁ」なんてしみじみ思っていたら先輩のハルア・アナスタシスから購買部への買い物に誘われたのだ。ついでに今年最後のぷいぷいのお散歩にも行ってしまおうということで、静かな校舎内を満喫している訳である。

 普段は生徒たちで賑やかなこの校舎内も、冬休みに突入したことで生徒や教職員たちはいなくなり、しんと静まり返っている。校舎内に残っている生徒や教職員たちは僅かなもので、この広大な校舎内では努力しなければ会えない。面倒なので別に会おうとも思わないが。


 相変わらず先に進んでしまうぷいぷいを手綱で制限するショウは、



「じゃあ、今日は年越しパーティーではなくて終焉パーティーだなぁ」


「そうだね!! どっちでもいいと思うけどね!!」



 お菓子や飲み物などの商品が詰まった紙袋を抱えるハルアが、いつもの頭の螺子が弾け飛んだような笑顔で言う。



「ちょっと豪華になるとね!! お風呂で終焉の日を迎えるんだよ!!」


「どうしてお風呂で」


「レティシア王国の文化だったかな!? 大衆浴場が開放されて、お酒とか飲み物を飲みながらお風呂に入ってどんちゃん騒ぎするんだよ!!」


「楽しそうだ」



 いつもは元の世界の文化を持ち込むショウだが、この世界独特の文化にも興味津々なのだ。異文化を体験したいところではある。

 ただ、今年最後の日ともなれば大勢の人がレティシア王国に集まりそうなものだ。何せレティシア王国はこの世界に於ける最大の国である、ヴァラール魔法学院内でもレティシア王国に実家がある生徒がなかなかいるのだ。


 ショウなちょっと寂しそうな表情で、



「どうせならそんな異文化を体験してみたいところだが、無理だろうな。高そうだし」


「困った時はユーリに相談だよ!! ユーリなら何でも答えてくれるし、ショウちゃんのおねだりも聞いてくれるんじゃないかな!?」


「そうだろうか」



 とはいえ、大好きな旦那様に負担をかけたくないというのがショウの本音である。元の世界でも大晦日は何でもかんでも高額だったのだ、人気のある異文化ならなおさら高額になりそうなものだ。

 ただ、やはり異文化体験は気になる。大晦日はお風呂に入って過ごすなんて、ショウにとっては考えられない文化だ。この機を逃すと、次は来年まで体験が出来なくなってしまう。


 決意を固めたショウは、



「よし、用務員室に戻ったらおねだりしてみよう」


「そうだよ、ショウちゃん!! 欲は出していこう!!」



 満面の笑みで言うハルアの言葉の中に、ショウはふと思い出すものがあった。脳裏をよぎったのは元の世界の大晦日の文化である。



「元の世界にも終焉の日と同じ内容の行事があって、それは『大晦日』と言うんだ」


「オーミソカ!? 何それ、脳味噌カチ割りパーティーでもやるの!?」


「その発想はなかった。まさか『みそ』から連想されてしまったか?」



 先輩の暴力的な思考回路によって大晦日の文化が一気に血腥ちなまぐさくなってしまったことに、ショウは苦笑する。知らなければ多分、彼のような反応をするのだろうか。



「大晦日では除夜の鐘といって、煩悩を消し去る鐘を鳴らすんだ」


「ボンノー!? 何それ、脳味噌が爆発するの!?」


「爆発の『ボン』ではないなぁ」



 まさかの煩悩という言葉までも、先輩の思考回路によれば乱暴な意味合いが含まれたものに早変わりしてしまうようである。何とも末恐ろしい先輩だ。



「煩悩というのは、欲望のことだな。欲を綺麗に落として、新年を綺麗な心で迎えようという考えで除夜の鐘を鳴らすんだ」


「そっかぁ、じゃあオレはいっぱい鳴らさないとダメだね!!」



 ハルアはちょっとしょんぼりとした表情で、



「オレ、ボンノーだらけだもん。除夜の鐘を100回鳴らさないと」


「人間の煩悩の数は108個と言われているし、ちょうどいい数字ではないか? 生きていれば煩悩に塗れることもあるだろう」


「ショウちゃんもボンノーあるの!?」


「そりゃあ、あるに決まっているだろう。俺のことを何だと思っているんだ、ハルさん」


「可愛い後輩!!」


「ありがとう、先輩」



 先輩目線から言うと、ショウは聖人君子か何かに見えているようだ。残念ながらショウはそこまで綺麗な心を持っている訳ではなく、むしろ煩悩塗れであることは自覚している。

 新作のお菓子も食べたいし、年明け早々に発売する『ラッキーバッグ』なる不思議な商品もほしい。最愛の旦那様ともっとイチャイチャしたいし、先輩たちと色んな場所にお出かけして遊びたいのだ。除夜の鐘を叩いた程度では解消しきれないほどの欲望を、ショウも秘めている訳である。


 人並みに煩悩に塗れたショウは、



「誰だってやりたいことや食べたいものがいっぱいあるのに、鐘を鳴らした程度で解消はされないと思う」


「ショウちゃんの世界は何でそんなの鳴らすんだろうね!!」


「楽しいのではないか? 鐘を鳴らすのが」



 ショウの適当な回答に、ハルアが「そっか!!」と応じる。純粋な先輩のことだから信じてしまいそうだ。



「ぷ、ぷ」


「ぷいぷい、ダメだぞ。今日はお部屋に帰るんだ。雪遊びはこの前やったばかりだろう」


「ぷ」


「ダメったらダメ」



 しんしんと雪が降る外の世界に飛び出そうとするぷいぷいを手綱で引き止め、ショウは「全く、隙あらば雪の中に飛び込もうとするんだから」と言いながらぷいぷいを抱っこした。

 ぷいぷいは雪遊びが大層お気に入りのようで、お散歩のたびに雪遊びを所望するのだ。雪遊びをするとなったら本格的にもこもこの洋服に着替えて手袋とマフラーまで装備しないと凍えてしまうので、防寒具を何も身につけていない今のショウとハルアではぷいぷいの雪遊びにお付き合い出来ないのだ。


 不満げなぷいぷいの鼻先に購買部で買ったばかりの胡桃のおやつを差し出しながら、ハルアは笑う。



「ぷいぷいも煩悩塗れだね!!」


「ぷ?」


「可愛い煩悩だな」


「ぷぷぷ」



 ハルアから差し出された胡桃のおやつを、ぷいぷいは首を傾げながらもカリカリカリと齧る。話の内容をよく理解していないようだ。おやつを美味しそうに食べるぷいぷいもまた、煩悩塗れということである。



「ところで」


「何!?」


「……俺たちは用務員室に戻っても問題ないだろうか」


「…………」



 ショウの質問に、ハルアが答えることはなかった。


 実は今年最後の日ということもあり、用務員室では朝から大人たちがお酒を浴びるほど飲んでいたのだ。ショウとハルアがぷいぷいの散歩と称して用務員室から飛び出してきた頃はまだ飲んでいたので、おそらく今頃は吐瀉物を撒き散らして大人しくしているかもしれない。

 事あるごとにお酒を飲んで失敗している彼らは、まさに煩悩塗れであった。除夜の鐘に括り付けて打ち鳴らした方が反省してくれるかもしれない。


 少し考えてから、ハルアは真っ黒いツナギのポケットに手を突っ込んだ。



「まだお酒飲んでいたらエクスカリバっちゃおう」


「エクスカリバっちゃうか」


「もう何度言っても聞かないなら身体に教え込むしかないよね!!」


「凄いな、えっちな漫画とかで聞き覚えのある台詞が今や寒気のする言葉にしか聞こえない」



 しかし、来年も最愛の旦那様や頼れる先輩たちには健康でいてほしいものである。嫁として、ここは心を鬼にしてショウも冥砲ルナ・フェルノで応戦すべきだろう。

 冥砲ルナ・フェルノによるお仕置きファイヤーを考えつつ、ショウとハルアは用務員室への道筋を辿るのだった。

《登場人物》


【ショウ】大晦日がこの世界に来ると『終焉の日』という名前になるのが面白いなぁ。元の世界の大晦日? 無事に新年を迎えられることをひたすら祈ってた。

【ハルア】終焉の日、それは合法で夜更かししていい日! 意地でも起きているぞ!


【ぷいぷい】大晦日? 終焉の日? 何だかよく分からないけど雪遊びしたい。

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