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第8話【異世界少年と約束】

 生徒たちにとっては待ちに待った冬休みである。



「あああ〜〜……宿題がぁ〜〜……」


「忘れ物は大丈夫かしら……」


「購買部に寄っていい? 私の家、結構遠いから何かお菓子でも買っておかないとお腹空いちゃって……」



 ヴァラール魔法学院の正面玄関には、たくさんの生徒が旅行鞄を引き摺りながら集合していた。


 冬休みは夏休みと違ってそこまで長くはないが、それでもまとまった休みというものは嬉しいものである。普段は親元を離れて寮生活をしている生徒たちが実家に帰って家族と過ごせるまたとない機会なのだ、よほどのことがない限りは『家に帰らない』という選択肢はない。

 教職員も年末年始の休暇が楽しみなのか、生徒たちに混ざるようにして大量の荷物を抱えた状態で正面玄関の巨大な扉を潜り抜けていった。彼らも普段は教職員専用の寮にて生活をしている。久々の実家、そして家族との再会を楽しみにしているに違いなかった。


 ショウとハルアは、そんな賑やかな正面玄関に姿を見せた。もちろん目当ては冬季休暇で帰ってしまう友人の見送りだ。



「リタ!!」


「リタさん、おはようございます。もう出発ですか?」


「ハルアさん、ショウさん。はい、これから列車に乗るところです」



 大きめの旅行鞄を引き摺って正面玄関にやってきたリタを見つけ、ショウとハルアは迷いなく彼女に近づいた。大量に出された宿題と寮に残してきた生活必需品をたんまり詰め込んだ旅行鞄は重そうである。



「持ちますか? 魔法列車までは重いでしょう」


「いえいえ、大丈夫です。浮遊魔法の練習にもなりますし」



 リタは重さなど感じさせないほど軽々と、旅行鞄を持ち上げる。どうやら魔法を使用して旅行鞄の重さを軽減させている様子だった。さすが魔女の卵である。



「お2人とも、年越しパーティーの時はありがとうございました。お2人がいなかったら、もしかしたら私はもっと酷い魔力欠乏症を引き起こしていたかもしれないです」


「助けられたならよかったよ!!」


「そうです、無事で本当によかったですよ」



 リタの言葉に、ショウとハルアは心の底からの安堵で返す。


 悪夢の繭とかいう肉塊に魔力を吸われたリタは、あわや重度の魔力欠乏症に陥るところだったのだ。事情を知らないショウが悪夢の繭を『ピニャータ』という異世界文化でボコボコにすることを提案していなければ、もっと被害は拡大していたかもしれない。

 保健室に運び込まれた彼女の元へお見舞いに行った時も顔色は悪そうだったが、今ではすっかり元気になっている様子で安心した。これで動けないほど体調が悪かった時は、ぶっ飛ばしてしまった朝霧を地の果てまで追いかけて冥府に叩き落としてやるところだった。


 ハルアはしょんぼりと肩を落とし、



「ごめんね、リタ。せっかく年越しパーティーに誘ってくれたのに」


「あれはハルアさんが悪い訳ではないんですから、謝らないでください」



 リタも苦笑で返す。


 あれは問題児の問題行動が原因ではなく、朝霧が悪夢の繭などというトンチキ魔法動物を持ち込んで兄の八雲夕凪に復讐を企てたのが悪いのだ。ハルアが悪い訳でもないし、ましてや謝罪をする必要性はない。

 それでも約束を守れなかったことは事実である。「約束は守るもの」としてユフィーリアから教育を受けたハルアにとって、約束を守れなかったことは謝罪する行為に該当するのだ。



「年越しパーティーは中止になってしまいましたけど、来年の創立記念パーティーもありますし。その際はとっても豪華になるって聞きましたよ」


「そうなんだ!!」


「それは楽しみですね」


「はい、それで、その……」



 リタは頬を赤らめ、視線を俯かせる。


 そんな彼女を目の当たりにして、ショウは「お」と察知した。それから口を閉ざし、そっとリタとハルアから距離を取る。これは邪魔をしたらいけないと冷静な脳味噌が答えを導き出した。

 これだけ分かりやすい反応を前にしても、ハルアは不思議そうに首を傾げているだけだ。彼は『恋』とやらがどういうものか分かっていないに違いないが、教えてやるのは無粋である。ここは黙って控えているのが最適解である。


 もじもじと胸の前で手を組んだり指を組み替えたりするリタは、



「あの、ハルアさん」


「何!?」


「創立記念パーティーでは、年越しパーティーのリベンジをさせてもらえますか?」


「リベンジ!?」



 首を傾げるハルアに、リタは意を決して言う。



「創立記念パーティーでは、一緒に踊ってください」


「いいよ!!」



 ハルアは即答だった。恋する乙女の心境など砂粒ほども理解していないだろうが、とりあえず快い返事ではあった。


 その時、遠くの方でカーンカーンという鐘の音が鳴る。

 魔法列車がもう出発してしまう時刻だ。いつのまにか正面玄関は少数の生徒が慌てた様子で巨大な扉から校舎の外に飛び出していくのみとなっており、取り残されているのはリタぐらいのものである。


 弾かれたように顔を上げたリタは、急いで旅行鞄を引き摺りながらこちらへ振り返る。



「ではお2人とも、よい年越しを過ごしてくださいね!!」


「お手紙書くね!!」


「来年、また元気に会えることを祈っています」



 大きく手を振りながらリタが校舎の外に飛び出していく姿を、ショウとハルアは笑顔で見送った。


 魔法列車はたくさんの生徒を乗せて出発する。車輪の動き出す音が遠くの方で聞こえてきた。

 それと同時に、正面玄関の巨大扉が自動的に閉まる。ピタリと隙間すらなく閉ざされた玄関は巨大なかんぬきで固く施錠され、外側からも内側からも開けられなくなってしまう。


 シンと静まり返った正面玄関に、ショウとハルアの声が落ちる。



「創立記念パーティー、楽しみだな」


「だね!!」


「ダンスを練習しておかなきゃだな」


「どんなダンスを踊ればいいかな!? 鶏の被り物でも用意すればいい!?」


「ハルさん、それは止めよう。ちゃんと格好いい社交ダンスをユフィーリアたちから学ぼう」



 なおも馬の被り物を装備してパーティー会場の真ん中で踊り狂うことを計画しているハルアをやんわりと止めてやり、ショウは用務員室に戻っていくのだった。

《登場人物》


【ショウ】あらあら、リタさん勇気を出したね。これは創立記念パーティーが楽しみだ〜♪

【ハルア】創立記念パーティーでお約束を果たせそうだな!!


【リタ】勇気を出してハルアをダンスに誘った。自分から誘うことが出来てよかった!

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