第7話【問題用務員と中止】
悪夢の繭は討伐され、犯人もお星様になってしまったことで、事態は収束する形となった。
「ああ大講堂を直さなきゃ……料理とか大丈夫かな……」
ぶつくさと呟きながら、グローリアは魔法で半壊した大講堂を修復していく。時間が巻き戻り、散らばった瓦礫がパズルのように組み合わさって見事に壁が完全に直された。
他の教職員は生徒たちの誘導や救助、治療作業に向かっていた。あの悪夢の繭の生贄にされかけた訳である。環境を破壊するほどのトンデモ魔法動物の卵の餌にされそうになり、保有する魔力を根こそぎ吸われそうになったのだから魔力欠乏症で体調不良になってもおかしくない。
大講堂を完璧に修復するのを確認してから、グローリアはようやくユフィーリアたちへ振り返った。
「ありがとう、ユフィーリア。君たちが外にいてくれてよかったよ」
「そうかい、そいつはよかったな」
ユフィーリアはひらひらと手を振って応じる。
年越しパーティーから締め出しを食らった時はどうしたものかと思ったが、結果的には犯人に報復も出来たし何も言うことはない。悪夢の繭なんて面倒なおまけも余興と考えれば割り切れる。
悪夢の繭を棍棒でしばき倒して疲れたし、なおかつ朝霧を追いかけて悪夢の繭の内部に飛び込んだ影響で全身がぐっしょりと羊水で濡れているのだ。とっとと部屋に戻って風呂に入りたいところである。他の問題児も異世界文化『ピニャータ』を思う存分に楽しんだり、朝霧をぶっ飛ばすのにも活躍したので疲れているのか、一言も発することはない。
グローリアは「さてと」と切り替えた様子で、
「年越しパーティーを仕切り直さなきゃ。君たちはどうするの? 参加する?」
「しねえよ」
疲れている影響もあって、ユフィーリアはぶっきらぼうに返した。
「腹も減ったし、全身は訳分からねえ液体で濡れてて気持ち悪いし。適当に用務員室で飯食って風呂入って寝るわ」
「え? それならご飯ぐらい食べていけばいいのに」
「パーティー用の飯なんざ胃に入るかってんだ。疲れてんだよ、呑気に人質をやってたお前らと違って」
濡れた銀髪を掻き上げ、ユフィーリアは吐き捨てる。
「飯がもったいねえなら箱詰めして用務員室に運んでくれ。エドが食うだろ、どうせ」
「食材がもったいないからねぇ。埃被ってても大丈夫だから食べられそうなものは箱詰めして持ってきてぇ」
「いっぱいピニャータしたから疲れた!!」
「おねーさんも、お化粧を落としちゃったし今更パーティーに参加する気はないわヨ♪」
「初めての年越しパーティーを楽しみにしていたんですけど、疲れちゃったのでこれで失礼しますね。お騒がせしました」
悪夢の繭をボコボコにして『厄災の獣』の孵化を阻止し、生徒たちの窮地を救った問題児どもは疲れた身体を引きずって校舎内に姿を消すのだった。
☆
その場に取り残されたグローリアは「ええ……」と反応するしかなかった。
問題児は毎年、この年越しパーティーを楽しみにしている連中だった。生徒たち以上に馬鹿騒ぎをして、酔っ払って勝手に余興をやり始めて、深夜まで騒ぎ倒してからぷつりと会場のど真ん中で眠るまでが問題児の盛り上げ方であった。
今年に関して言えば異常事態はあったものの、再開する気力があれば再開できる手筈になっている。会場である大講堂は魔法で修復できたし、パーティー会場の料理はあればあるだけ食べるエドワードの存在を見越して大量に発注してしまっていた。「問題児がいるし、大丈夫か」と考えていた節はある。
それに、問題児は功労者である。悪夢の繭の餌にされかけた生徒や教職員を助けて、世界の崩壊の恐れがある『厄災の獣』の孵化を阻止した立役者だ。それらの功績は讃えられて然るべきである。
「ええと、どうすれば……?」
「問題児は参加しないんスか?」
会場の状況を確認していたスカイが、大講堂の外扉を通ってわざわざ出てくる。「会場は問題ないッスよ」と報告を交え、
「まあ、いつもだったら気合いを入れてくる問題児が、化粧も落としてドレスも着替えちまってたッスからね。アイゼルネちゃんも南瓜のハリボテで顔を隠してたし」
「そういえば、今年はアイゼルネちゃんもハリボテを被らずに参加するって言ってたっけな……」
保健医のリリアンティアからの情報をグローリアは思い出す。
今年の年越しパーティーは問題児も身なりに気合いを入れているらしかった。特に問題児の中でもお洒落や身だしなみに厳しいアイゼルネは頭部を覆い隠している南瓜のハリボテを脱ぎ、人前に出られるように特殊な化粧をしてまで酸化すると意気込んでいたほどである。
遅れた原因は身支度に時間がかかっていたからであり、そのおかげでグローリアたちは命が助かった訳だ。ふざけたコスプレなんかしようものなら、問題児も悪夢の繭の餌になっていたかもしれない。いや、討伐経験者のユフィーリアだったら簡単に抜け出しそうなものだが。
すると、
「学院長!!」
「あれ、ハルア君?」
今しがた、校舎内に消えたはずのハルアが走って戻ってきた。戻ってきたのは彼だけのようで、いつもだったらそばにいるはずのショウすらいない。
「リタはどこ!?」
「リタちゃん? えっと、多分彼女は魔力欠乏症で保健室に」
「そっか!!」
グローリアの回答を聞いたハルアはにっこりと笑う。
「リタにね、あとでお見舞いに行くねって言っておいて!!」
「いやそれは自分で伝えた方が」
「お願いね!!」
「ちょっと、ハルア君!?」
ハルアはグローリアの言葉を最後まで聞かずに伝言を頼むと、疲れを感じさせない風のような速さで校舎内に引き返していった。あれほど元気があれば年越しパーティーに参加してもいいような気もする。
「……年越しパーティーはどうするんスか? 魔力欠乏症を引き起こした生徒たちも、もう少し経てば復活すると思うんスけど」
「…………」
グローリアは腕組みして考える。
もちろん、年越しパーティーは参加自由な行事だ。問題児が「参加しない」と表明すれば、それを止める理由はグローリアにない。
生徒たちも教職員も復活するのであれば再開した方がいいだろう。主役は彼らである。生徒や教職員も楽しみにしているはずだ。
それを踏まえた上で、グローリアは「よし」と決める。
「スカイ、年越しパーティーは中止。わざわざ呼んだ楽団とかも、お金だけ払って帰して」
「え、いいんスか。パーティーを楽しみにしている生徒たちもいると思うんスけど」
「どうせ2月に創立記念1000周年のパーティーがあるから、それと合同ってことにするよ。そっちの方を盛大にやろう」
ぽんぽんと手を叩いて「はい、大講堂から撤収」と呼びかける。
用意されていた料理は生徒たちが個々で消費してくれればいいし、余れば全部箱に詰めて用務員室に魔法で送り込めば解決できる。年越しパーティーを中止にするのは可哀想な気もするが、それ以上にグローリアだって悪夢の繭とか八雲夕凪の弟とかの存在で大変だったのだ。正直な話、疲れていた。
こうして、学院長の指示により、年越しパーティーは中止というか持ち越しとなった。
☆
一方その頃、用務員室。
「白麺の優しさが胃に染みる……」
「疲れたわネ♪」
「エド、その角煮ちょうだい!!」
「自分で取りなぁ」
「怒涛の1日だったなぁ……」
重たい身体を引きずって用務員室に帰還を果たした問題児たちは、とっとと風呂に入ってさっぱりしたあとに、乾麺を茹でてずるずると啜っていた。
年越しパーティーが中止になったことなど知らず、彼らは真っ白い麺をひたすら口に運んで空っぽになった胃袋を満たすことに専念するのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】疲れたらやや口調が乱暴になる。とっとと休みたい。
【エドワード】悪夢の繭の体液がかかってきたのでお風呂に入りたい。
【ハルア】リタとの約束を守れなかったので、せめてお見舞いだけは行きたかった!
【アイゼルネ】もうお化粧も落としちゃったので、早く休みたい。
【ショウ】年越しパーティーを楽しみにしていたけど、もうお疲れなので参加は諦めです。
【グローリア】悪夢の繭の遺骸を回収して魔法の研究にばっちり使います。
【スカイ】せっかく余興用の魔法兵器を用意していたのに、パーティー中止になって残念。