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第6話【問題用務員と白蓮の花】

「はい、そんな訳で」



 植物園から用務員室に帰還を果たしたユフィーリアとエドワードは、解除薬の調合に必要な魔法植物を並べる。


 赤くて小さな花をいくつもつけたアリオストロの花、目玉の模様が描かれたメジェドの実、小さな硝子瓶に揺れる薄青の液体である空華の蜜という3つの素材は獲得できた。

 残り1つの素材である白蓮の花弁だけは、あのクソ馬鹿白狐が全滅させてしまったので最初から育てなければならない。種は購買部によってすぐに取り寄せてもらい、小さな黒い種が事務机に置かれていた。


 ユフィーリアはこれらの素材を眺め、



「植物園を根城にするクソ馬鹿狐ジジイが貴重な白蓮の花を全滅させてしまったので、1から育てることにしました。恨むならあの爺さんを恨め」


「いや本当だよねぇ、何でまだ生きてるんだろうねぇ」



 野生味溢れるイケメンと化したエドワードが、冷ややかな視線を黒い種に送る。

 別に黒い種が悪い訳ではない。あくまで悪いのは、白蓮の花を自分自身の怠慢のせいで全滅させてしまった八雲夕凪やくもゆうなぎだ。あとで絶対に学院長には報告してやる所存である。


 ユフィーリアは白蓮の花の種を手に取ると、



「まあ育成増進魔法をかけても、完成するのは24時間後だな」


「明日までかかっちゃうのぉ? 大変だねぇ」


「咲くまでに時間はかかるけど、綺麗な水の中に放置しておけばあとは勝手に咲いてくれるんだよ。水質汚染とか気を遣わなきゃいけねえけどな」



 雪の結晶が刻まれた煙管キセルを一振りし、ユフィーリアは硝子製の壺を目の前に転送する。用務員室の戸棚の奥に眠っていた壺だ。透明だから何か家具の代わりに使えると思って購買部から格安で買ったのだが、結局使わずに戸棚の肥やしになっていたのである。

 透明な壺に魔法で生み出した水を投入し、その中に黒い種をポトリと1粒だけ落とす。冷たい水の中に黒い種は沈んでいき、やがて硝子の壺の底に到達した。


 ユフィーリアは煙管で硝子製の壺を叩き、



「〈すくすく育て〉」



 薄緑色の魔法陣が硝子製の壺の底に出現し、壺全体を透明な膜で覆う。

 じっと壺の底に沈んだ黒い種を見つめていると、ほんの少しだけ表面が割れてきた。緑色の芽がニョキッと生えてきたのだが、そこから成長はやけに遅い。


 硝子製の壺をじーっと見つめるエドワードは、



「ユーリぃ、遅くなぁい?」


「これでも育成増進魔法を全開でかけてるんだよ」



 雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、



「白蓮の花が完璧に咲くまで50年かかるんだぞ。どんなに頑張っても最低24時間はかかるってモンだ」


「それはそれである意味凄いけどぉ」



 エドワードは冷たい水を湛える硝子製の壺を指先で突きながら、黒い種の成長を見守る。



「これを全部枯らした八雲のお爺ちゃんはやばくないのぉ?」


「多分、普段アタシらが問題行動を起こした時と同じぐらいに怒られるんじゃねえのかな」



 ユフィーリアは適当な予想をつける。


 白蓮の花は授業にも用いられる魔法植物だ。綺麗な水がなければ枯れてしまうのに、そんな繊細な魔法植物を気遣うことなく適当に放置して枯れさせたのだ。問題児も結構な頻度で授業に使われる素材を無断で使用するので、同じぐらいに怒られるのではないだろうか。

 あの狡猾な狐ジジイが正座で学院長から怒られている姿を想像するだけで面白い、怒られている場面に遭遇したら全力で揶揄からかいに行ってやろう。



「ユーリぃ、解除薬の完成が遅れることを話さなくていいのぉ?」


「おっと、そうだったそうだった。あのクソジジイのせいで、アタシが怒られたら溜まったモンじゃねえ」



 事務机から小さな手鏡を取り出したユフィーリアは、磨き抜かれた鏡の表面を雪の結晶が刻まれた煙管で軽く叩く。

 すると鏡の表面に青色の魔法陣が浮かび上がり、遅れて鏡に見慣れた学院長室の風景が映し出された。肝心の学院長は立派な執務机で書類仕事の真っ最中であり、ユフィーリアが鏡越しに覗き見していることには気づいていない。


 ここで悪戯心が芽生えてしまったユフィーリアは、



「鏡よ鏡、この世で1番頭が良くて美しい魔法の天才はアータシ?」


『ふざけてないで解除薬を調合して』



 仕事の書類を捌きながら、グローリアは『終わったの?』と聞いてくる。



「それが聞いてくれよ、グローリア。解除薬に必要な白蓮の花を、八雲の爺さんが全部枯らしたんだ」


『はあ!? 何それ、どういうこと!?』



 声を裏返させるグローリアに、ユフィーリアは事の顛末を簡潔に話した。


 解除薬を調合するべく植物園へ向かったが、白蓮の花が咲いているはずの池がものの見事に汚れていたこと。そのせいで白蓮の花が全滅し、茶色くなってカサカサの状態で浮いていたこと。

 授業の素材にも使われる白蓮の花を枯らしたのは、植物園の管理人であり魔法植物の栽培・管理という職務を放棄して酒に溺れた白い狐だということ。


 全てを聞き終えたグローリアは、深々とため息をついた。



『あのお爺ちゃん、こんな昼間っから飲んでたの?』


「飲んでたなァ」


『奥さんに言いつければ聞くかな』


「さあなァ。あの爺さん、300年ぐらい前にも酒を飲みすぎて奥さんに怒られてんのに懲りてねえからな」



 そもそもユフィーリアたち問題児も、日頃の問題行動を怒られても懲りていないのだ。その部分だけ見ればあの植物園のクソジジイと同類だろうが、問題児の方がまだ可愛げはないだろうか?


 グローリアは頭痛がするのか、こめかみの辺りを親指で揉み込んで苦悶の表情を見せていた。

 問題児が派手に問題行動を起こした矢先に別の問題が発生である。魔法学院を運営する彼からすれば、頭の痛いことこの上ない。



『それで? 白蓮の花はどうするつもり?』


「育成増進魔法をかけて成長させてるけど、最低でも24時間はかかるぞ」


『24時間か、結構長いな……』



 グローリアは少しだけ考える素振りを見せ、



『君の魔法薬の餌食になった先生方は、とりあえず教職員寮の自室で待機ということにしておくよ。赤ん坊になった3人の先生方は医務室にでも叩き込んでおこうかな』


「お、完成が遅くなってもいい感じ?」


『君ってば全然反省してないね?』


「滅相もない、今回ばかりは海より深く反省しているとも。だから解除薬をちゃんと調合しようとしてるだろ」



 ジロリと鏡越しに睨みつけられて、ユフィーリアは取り繕うように微笑んだ。とりあえず反省している姿だけでも見せなければ、今月の給料がユフィーリアだけ3割減でご提供である。

 表面上の反省だけでも受け取ってもらえた様子で、グローリアは『まあ、ちゃんと調合してくれるならいいけどね』などと言っていた。よかった、反省の姿勢は通じた模様だ。


 ユフィーリアは「そんな訳で完成が遅くなるから」と言い、



「ちゃんと調合はするから給料減額は取りやめてくれよな☆」


『そっちが目的だね?』


「ぶっちゃけそう」


『はあー……』



 深々とため息を吐いたグローリアは、



『まあ、ちゃんと調合してくれればお給料を減らすってことはしないよ』


「お、やったぜ」


『ただし反省文50枚と校舎の窓掃除ね』


「ヴエエエエ」



 あらかじめ魔法薬の事件を起こしたことに対する罰の内容を提示され、ユフィーリアは思わず潰れた蛙のような声を上げてしまう。反省文50枚なんて何を書けばいいのか。5枚だけ『ごめんなさい』の言葉で埋め尽くし、残りはショウが如何に可愛いかしたためるしかない。

 グローリアが『じゃあね』と言った途端、鏡が元の状態に戻ってしまった。どうやら魔法の内容を理解したようで、一方的に切断されてしまった。


 ユフィーリアは手鏡を事務机に放ると、硝子製の壺から視線を外さずに黒い種の成長を見守るエドワードに問いかける。



「エド、白蓮の花の様子は?」


「順調に成長してるよぉ」



 壺の底に居座る黒い種は、さらに割れ目が大きくなって緑の芽が伸びている。順調に成長している様子だ。水の方にも汚染は見られず、このまま上手くいけば24時間後には咲いてくれるはずだ。

 白蓮の花が咲き切れば、あとは解除薬を調合するだけである。そのあとに待ち受ける反省文50枚と校舎全体の窓掃除の件は、どうにかしてバックれよう。


 白蓮の花が順調に成長していることに安堵するユフィーリアに、エドワードが「ねえユーリぃ」と口を開く。



「さっきの魔法って凄いねぇ」


「鏡を介する通信魔法だよ。鏡があればどこにでも繋がる」


「『鏡よ鏡』の下りが面白かったよぉ」


「エド、お前だったら何て言ってた?」


「ええー?」



 硝子製の壺から視線を外したエドワードは、



「えーと、鏡よ鏡ぃ。えー、世界で1番背が高くてムキムキなのはおーれちゃん?」


「今度グローリアんとこに通信魔法を繋ぐからやってみろよ」


「やだよ絶対に変な目で見られるじゃんねぇ」



 そんなのほほんとした会話を交わす2人だったが、



 ――――ボンッッッッ!!



 用務員室の隣に設けられた居住区画から、何故か爆発音が聞こえてきた。


 現在、居住区画には10歳程度の少女となってしまったアイゼルネの他に、赤子同然まで若返ってしまったハルアとショウがいる。2人の赤子が何かをする訳がないし、足が不自由なアイゼルネは介助なしに自由行動など不可能だ。

 となると、必然的に事件を起こしたのは彼らの監督を申し出てくれた和装美人である。あの天然親父さんが何かをやらかしたか。



「……何だと思う?」


「フライパンでも焦がしたかねぇ」


「見に行きたくねえなァ」


「でも行かなきゃまずいよぉ。元に戻った時にフライパンを使うのは俺ちゃんとユーリだけだよぉ」



 そう、用務員の中でまともに料理が出来る組はユフィーリアとエドワードの2人だけだ。アイゼルネはお茶を淹れる技術は一級品だが、台所には立ったことがないのが実情である。

 ハルアとショウの未成年組は台所に立たせない。2人揃って何をするか分からないからだ。ハルアは包丁を逆手に握りしめて暴走しそうだし、ショウは虐待のせいで食事というものにあまり触れてこなかったので彼には美味いものを食べさせたいという気持ちがある。


 そんなもんで、フライパンをまともに使えるのはユフィーリアとエドワードのみである。そのフライパンを焦がされたら、美味しい料理が作れなくなってしまうのは必須だった。



「……アタシが行くから、エドは白蓮の花を見張っててくれ。入れ替わりに親父さんを連れてくるから」


「はいよぉ、行ってらっしゃいねぇ」



 エドワードに見送られ、ユフィーリアは何だか焦げ臭い匂いが漏れ出る居住区画へ急ぐのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】世界で1番美しくて魔法の天才な魔女。おとぎ話の魔法の鏡を作ったが、夜中に鏡が突然喋り出して怖くて叩き割った。

【エドワード】世界で1番背が高くてムキムキな魔女の右腕的存在。夜中に鏡を叩き割ったユフィーリアを見て戦慄した。


【グローリア】魔法学院の学院長。ユフィーリアの作った魔法の鏡が面白そうで自分も作ってみたが、何故かバグって鏡から腕が生えた恐怖の鏡になった。何故だ。

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[良い点] やましゅーさん、こんにちは! 新作、今回も楽しく読ませていただきました! 仕事の合間にやましゅーさんの作品を読むと、とても癒されます。明るく笑いがあふれる作品をいつも読ませていただき、あり…
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