第5話【問題用務員と悪夢の繭】
事情説明を受けたところ、どうやら締め出したことにはグローリアたちは一切関わりがないらしい。
「――で、原因ってのが爺さんの弟って訳か」
「そ、そうです……」
頭に大きめのたんこぶをくっつけたグローリアが、正座した状態で肯定する。
現在、問題児とその他大勢の立場が逆転していた。いつもだったら問題行動をして正座で説教を受けるのは問題児の方なのだが、今回は大講堂裏に駆けつけた学院長を筆頭とした連中全員に問題児が説教をしていた。
説教をする権利はないだろうが、抗議をする権利ぐらいはある。何せ問題児はまだ何も問題行動をしていないのだ。支度に手間取って年越しパーティーの開始時刻から1時間ぐらい遅れたぐらいだが、元々は参加自由のパーティーである。何時から来てもいいパーティーなのに締め出す方が悪いのだ。
棍棒を肩に担いだユフィーリアは、
「で、あれが悪夢の繭か。へえ、あんな小さかったっけ?」
「き、君に討伐されてから残滓を掻き集めて育成していたみたいだけど」
「ご苦労なこった」
大講堂の外扉を塞ぐように張り付いた巨大な肉塊――『悪夢の繭』を見上げてユフィーリアは鼻で笑い飛ばす。
悪夢の繭とは、魔法動物の中でも最悪を極める『厄災の獣』と呼ばれるものの孵化前の状態である。巨大な肉塊の中には孵化してしまうとこの世の終わりだと言われている魔法動物が眠っており、人間や大地から大量の魔力を吸い上げて成長するのだ。
とはいえ、人々が恐れる『厄災の獣』はどんな状態なのか不明である。ヤギなのかもしれないし、羊なのかもしれない。猫や犬の可能性だってある。見たことはないが、とりあえず恐ろしいものが生まれるのを待っているらしいので人々は恐れるのだ。
そして過去、極東地域で発見されたこの悪夢の繭は、八雲夕凪の神域に根付いたことで一時は八雲夕凪の一族が全滅の危機に陥るほどだった。実際に何人かは魔力を根こそぎ奪われて死亡した、という記憶がある。
「これってそんなに悪いものなのか? 殴っても壊れない頑丈なサンドバッグかと思ったが」
「まあ、まだ卵の段階だからな。『厄災の獣』が生まれたらまずいって聞いたことはあるけど」
棍棒の先端で大講堂の外扉に取り付く悪夢の繭を突くショウに、ユフィーリアは言う。ハルアとショウは未だに悪夢の繭を袋叩きにしており、異世界文化『ピニャータ』を楽しんでいるようだった。
「おのれ魔女め、悪夢の繭を乱暴に扱うとはあががががが背骨が折れる折れる折れる折れる!!」
「折ろうとしてあげてんのよぉ。手加減してあげてるんだから感謝してよねぇ」
「あがああああああああ!!」
そしてそんなトンデモ物体を持ち込んだ八雲夕凪の弟――朝霧とやらは、エドワードがプロレス技でお仕置きをしていた。現在はショウの父親であるキクガ直伝『ロメロスペシャル〜手加減を添えて〜』を食らっている最中である。
四肢と背骨に襲いくる激痛に悲鳴を上げており、実際に彼の身体からみしみしとかめきめきとか不穏な音が聞こえてくる。四肢をもがれて背骨が折られるのも時間の問題だ。まあ神様らしいので簡単には死なないだろうが。
ピニャータにされる悪夢の繭と、プロレス技を食らう朝霧を交互に視線をやったユフィーリアは、
「何これ、地獄?」
「どうするのかしラ♪」
アイゼルネはどこからか太い針を取り出しながら言う。まさかそれで朝霧を鍼灸治療してやるつもりだろうか。その前に死にそうだ。
「うーん、どうするか」
ユフィーリアは首を捻る。
とりあえず、年越しパーティーを締め出した犯人は判明した。グローリアたちが原因でないならば彼らを怒る理由はない。このまま解放してもいいだろう。
ただ、締め出しを食らった影響もあって問題児はすでに年越しパーティーへの参加を考えていない。ドレスも着替えてしまったし、化粧も落としてしまったのだ。今更、これらの問題を解決して「さて、年越しパーティーで馬鹿騒ぎするか!!」という気分にはならない。
そんな訳で、いいことを考えた。
「わざと孵化させて、七魔法王vs悪夢の繭でもやるか。年越しパーティーの余興として」
「止めてよ何考えてるの!?」
ユフィーリアのトンデモ提案を、グローリアは目を剥いて抗議した。
「どう考えても七魔法王では君以外に対抗手段がないよね!?」
「だからアタシは参加しねえよ、お前らだけで頑張って倒せ。さてさて何日かかるかなぁ、ヴァラール魔法学院の校舎が跡形もなく吹き飛ばなきゃいいけど」
「七魔法王ってことはリリアちゃんも表に立たせるつもりな訳!?」
「お前、11歳のうら若き聖女様を矢面に立たせるつもりか? うわぁ、グローリア。お前がそこまで薄情な奴だとは思わなかった」
ユフィーリアはけらけらと笑い飛ばす。
もちろん、最初から最後まで冗談だった。自分を除いた七魔法王が、悪夢の繭に対抗できるとはさらさら思っていない。どう考えても無理難題である事象を押し付けて、相手の反応を見て楽しんでいるだけである。
そもそも年越しパーティーに侵入した朝霧の存在を見抜けなかったことが原因で、ユフィーリアたち問題児は年越しパーティーから締め出された挙句、参加を断念せざるを得なかったのだ。多少の意趣返しをしたっていいだろう。
ぶーぶーと七魔法王から文句が飛んでくる中、どこか悲しそうな表情を見せるキクガが「ユフィーリア君」と沈んだ声音で名前を呼ぶ。
「その、君が怒っているとは思う訳だが……私もかね?」
「お、殺しても死ななさそうな御仁がいつになく弱気だな。大丈夫、大丈夫。孵化前に縛って冥府にでも連れて行けばいいんじゃねえかな」
「そうかね……」
ユフィーリアしか討伐の成功例がない、という事実にキクガは気後れしている様子だった。対処できるか不安らしい。
不安を覚えるのも無理はない。悪夢の繭がどれほどの災害を振り撒くのか未知数なのだ。八雲夕凪の神域に根付いた時は孵化寸前だったので処理は大変だったが、まあユフィーリア1人でも対処できた。今回のこの程度の大きさだったらユフィーリアが手を下さずともキクガや他の七魔法王でも対応できるはずである。
不安げな父親の姿を確認したショウは、悪夢の繭をボコボコにする手を止めてこちらへ振り返った。
「父さん、ファイト」
「息子にも言われてしまった。やはりやらねばならないのか」
「覚悟を決めちゃったよ、この親父さん」
息子から応援されたことで悪夢の繭との対峙に覚悟が出来てしまったらしい、キクガは純白の鎖『冥府天縛』をじゃらりと召喚していた。
「おのれ……!!」
エドワードのプロレス技からようやく解放されて地面に倒れ伏す朝霧は、低く呻き声を漏らした。
黒い髪の隙間から覗く黒曜石の双眸は、ユフィーリアに対する恨みつらみが炎のようにめらめらと燃えている。今まで馬鹿にされた態度と暴力を振るわれれば怒りも増すものである。
朝霧はユフィーリアを睨みつけ、
「おのれ、魔女め。ただで済むと思うなぁ……!!」
そして、朝霧は叫んだ。
「悪夢の繭よ、我が身を捧げます!! あの魔女を滅する力を!!」
すると、その声に呼応するように大講堂の外扉に取り付いている肉塊から何本もの触手が飛び出した。
太い触手は倒れ伏す朝霧の身体に突き刺さると、そのまま彼の身体を引きずって肉塊の中に収納してしまう。ずぶずぶと肉塊の中に飲み込まれていく朝霧は裂けるような笑みを浮かべていた。
朝霧を飲み込んだ悪夢の繭は、明らかにまとう雰囲気を変える。肌を撫でる空気に重さが混ざり、禍々しさに息が詰まりそうだ。
「楽に死ねると思うなよ、魔女めがぁ!!」
急速成長していく悪夢の繭から、朝霧の怒りに満ちた声が聞こえてくる。触手を様々な方向に伸ばして大地から魔力を吸い上げると、草木は枯れ果てて茶色く変色していった。魔力どころか生命力さえも吸い上げているのか。
「…………さて、どうすっかなぁ」
この中で唯一、悪夢の繭の討伐経験者であるユフィーリアは、大講堂の壁を倒壊させながら成長を続ける肉塊を見上げて苦笑するのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】悪夢の繭討伐経験者。通りすがりで辻斬りの如く首を突っ込み、討伐して去った。エドワードと出会う前の話である。
【エドワード】悪夢の繭って話だけは聞いたことあるけれど、その被害には遭ったことがない。
【ハルア】これサンドバッグじゃないんだ!
【アイゼルネ】あらあらどうしましょうこレ♪
【ショウ】サンドバッグだと思ったが、実は生き物の卵だったのかぁ。
【グローリア】今回悪くないのにぶん殴られた。
【スカイ】同じく悪くないのにぶん殴られた。
【キクガ】ユフィーリアに煽られて悪夢の繭の討伐に乗り出す、気力はある。もちろん殴られた。
【八雲夕凪】馬鹿な弟に巻き込まれて殴られた。
【朝霧】性悪神様。プロレス技なんて初めての体験。